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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第六章 湖のある村 セレッソ
42/99

6-3

「サージュ様という女性の方のお宅は、この村のどこにあるか知ってる?」


 オレが朝食を取るためにやって来た宿の食堂で、給仕をしてくれている若い女の子にそう声を掛けると、他の三人はぶっとお茶を吹き出す。


「はい、勿論! みなさま、サージュ様のお客様だったんですね。あっ! もしかして貴方はご親戚の方なんじゃないですか? お顔立ちがそっくりですもん!」


 女の子はシアを見て顔を赤らめながら言った。それに答えて良いかとシアがオレに視線を送ってきたので、オレは軽く頷く。


「はい、伯母にあたります。貴女は伯母のことをご存じなのですね。わたしは生まれて一度も伯母に会ったことがないんです。ですから伯母の話を伺いたいのですが……」


 シアが真実なのだが、前もって決めていた内容を話す。


「はい! もう40歳を過ぎているらしいのに、とってもお若くて綺麗な方ですよ! それに処方して下さるお薬も良く効くので、みんなサージュ様に感謝しているんです。小さな村だから治療所も無くて、今まで隣町まで通っていたから」

「伯母は薬術師ではなかったと思うのですが……」


 驚くシアに、女の子はニッコリと笑い返す。


「はい、ですから最初は急病人にお宅で栽培している薬草を譲っていただけだったのですが、重病人が出た時に街まで間に合わないからと薬を処方して下さって……

 それから薬術師ではないからと固辞するサージュ様にみんなで願い倒して薬を処方していただくようになったんです。何かあった時に、サージュ様にご迷惑かけてはいけないからと、みんな『自分で責任とります』って一筆書いてるんですよ。

 わたし達にはどんな立派な薬術師さまの薬より、サージュ様が下さるお薬の方が何より信頼できるんです」

「……そうなんですか」


 話を聞き呆然とするシアを他所に、ポルテがオレに声を落として聞いてくる。


「サージュって、名前で暮らしてんの? 隠れ住んでるんじゃなかったっけ?」

「サージュ様ぐらいの年の『サージュ』『レージュ』という名前の女性は多いんだよ。巫女が生まれると、それにあやかってみんな自分の娘に同じ名をつけるから」


 だから20歳のレーシアという女の子も多い。アルトサージュ様もわざわざ名を変える必要性を感じなかったんだろう。癒しの巫女は一番最初の癒しの巫女『アルト』様に由来して、みな名の頭に『アルト』が付く。そのため巫女の血縁者など近しい人間はその『アルト』の部分を省略して呼び合うのが通例だそうで、アルトサージュ様も妹のアルトレージュ様も、互いに『サージュ』『レージュ』と呼び合っていたらしい。アルトサージュ様も『サージュ』と呼ばれるほうが慣れているのだろう。


 ちなみに、ナスカはシアのことを『レーシア』と呼んでいるのだが、オレは悔しいから絶対シアのことは『シア』と呼び続けてやると心に決めている。



「お待たせしました」


 給仕の女の子が村周辺の簡単な地図を持ってきてくれた。


「サージュ様のお屋敷は、村はずれにある湖のここから反対側にあります。湖沿いの道を歩いて行かれればすぐわかると思いますよ」

「村からちょっと離れた場所にあるんだね」


 オレが地図を見ながらそう言うと、給仕の子は貶されたと思ったのか少しムキになる。


「はい。でも歩いて30分も無いし、静かで綺麗なところなので、たまに通り掛かられるお金持ちのみなさんも、あの辺りに別荘建てたがる方多いんですよ」

「へえ! でも結局建てないの?」

「湖周辺の土地はすべてサージュ様所有なので、建てられないんです」

「――やっぱりお金もちだねぇ」


 地図で見る限り、湖は村より大きい。湖周辺の土地をすべてなら、いくら田舎といえ馬鹿にならない金額になるだろう。


「20年以上前に、サージュ様のお父様が土地を買ってお屋敷を建てられ、しばらく一緒に暮らされていたんです。サージュ様が成人されて、土地とお屋敷を相続されたそうですよ」

「そのお父様は、もうこちらで暮らしてないの?」

「さあ……、亡くなられた話は聞きませんが、もう10年以上姿を見ていないです」

「そうか、ありがとう。彼はサージュ様とずっと疎遠だったから、色々話しが聞けて助かったよ」


 そういってお金を幾らか手渡すと、給仕の女の子は嬉しそうにお礼を言い、席を離れて行った。


「ねぇ、アルツ。この村なんにも無さそうだから、あたしたちも途中まで付いて行っちゃダメかな? お茶とお菓子持って、湖周辺で時間潰して待ってるよ。景色良さそうだしさ」

「う~ん、それは良いけど、何時話が終わるか分からないからお昼になっても戻らなかったら、先にお前たちだけで宿に戻って食事してて」

「わかった。りょうかい。んじゃ、あたしお茶とお菓子調達してくるね~~。クロト付き合って!」


 そう言ってポルテはクロトと連れ立って、軽い足取りで食堂を出て行く。オレはまだ、呆然としているシアに話しかけた。


「シア?どうかしたの?」

「いえ……。サージュ様がここで薬師して暮らしているのかと知って。

 メダルが無いと薬は処方してはいけないとずっと思っていたので、なんだかショックで」


 シアはもしかしてコズミにウテウオを処方した時のことを考えているのかもしれない。あの時、少しでもシアの心の負担を軽く出来ればと『二人の罪にしよう』と言ったのはオレだが、あれを罪として何時までも忘れられないのはシアだけだ。


「医術師も薬術師のメダルも、アーリリヤ教が独自に発行しているだけなんだから、別に医療行為をするのにこれらが必須というわけじゃないさ。患者と医師や薬師の間にちゃんと信頼関係があれば、メダルなんて必要ないんだよ。

 コズミはあの時、君に信頼を寄せていた。オレもパートナーとして君をずっと信頼している。メダルが無かったなんて、些細なことだ」


 オレの言葉にシアは首を振る。


「わたしはあの時副作用を甘く見ていました。幾ら信頼してもらえていても、わたしに薬を処方するだけの知識も経験も不足していたんです。それなのに驕って薬を処方して、コズミさんを苦しめてしまった」


 オレは思わず机の上に置かれたシアの手を強く握った。


「違う! コズミに直接会って薬の処方を依頼したのはオレだ。副作用について問題ないと判断したのもオレだ。シアに負うべき罪も責任もない。それにあれは、薬の副作用が原因じゃないかもしれない」

「あれから何か分かったのですか?」


 シアが目を見開いてオレを見るが、オレはすぐさま首を振って否定する。


「いや……、まだ確証があるわけじゃないんだ。ごめん、――――忘れてくれ」

「…………はい」


 この旅の中であの時について一つの疑念が出来た。しかし、あくまで推量だ。確証も無いのにシアに話せない。オレは自分の勇み足を後悔する。


「あんたら、よくまあこんな場所でいちゃこら出来るわね」


 いつのまにか脇にポルテとクロトが立って、呆れた顔でオレたちを見ていた。


「どこがいちゃついてるって言うんだい?」

「……思いきり手を握ってるじゃない。注目浴びてるわよ」


 シアがそっとオレの手から自分の手を引き抜き、気まずげに視線をそらせる。

 シアが人目を気にするなんて! もしかして、ポルテの言うことに影響されてる? シアがオレ以外の人間の言動に左右されるなんて正直ちょっとショックだ。


 オレが傷ついた顔をしていたのか、ポルテが「ざまあみろ」と言わんばかりにニヤリと笑った。オレは悔し紛れにパンと手を叩き大きな音を立てる。


「はい! 準備出来たなら、サージュ様のお宅へ訪問します!!」


 そう言って立ち上がる。決してポルテに焼きもちなんて妬いてないぞ!

 ……負け惜しみだけどな。




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