2-10
眠りについたシアの隣からそっと抜け出して、オレはガレルド監視院長の待つ宿へ向う。部屋の居間にノックして入ると、ガレルド監視院長が椅子に座ったまま貧乏ゆすりをしながらオレを待っていた。う~ん、下手な言い訳は出来そうもないなあ。
「一切合財すべからく全部みんな白状してもらうぞ」
「……そんな睨み付けなくてもお話ししますよ」
肩を竦めて、ガレルド監視院長の前の椅子に腰掛ける。オレの口八丁手八丁っぷりを知り尽くしているガレルド監視院長は油断なくを睨み付けた。
今まで色々担いできたからな、ダリヤのじいさんの時みたいに誤魔化すことは難しそうだ。オレは「なんでも知りたいことを聞いてください」とガレルド監視院長に丸投げする。
「あのお方はアルトレーシア様、なのだな」
オレは「その通り」とばかりに頷く。
「そしてお前は……」
「お疑いの通り、先日の退任式のときに彼女の守護騎士に任命されました」
ガレルド監視院長は信じられないと首を振った。
「幾ら優秀とはいえ、出生が不明瞭なお前が癒しの巫女の守護騎士に任じられるなんてこと……」
確かにね。今まで歴代の守護騎士の皆さんを教えてもらったけど、どの方もたいそうな血筋の方々ばかりだった。オレみたいな孤児院出身はおそらく初めてだろう。
「だから、今でも大部分の大神官に反対されていますよ」
もう任命された現在でもね。
「それなのに、どうしてなれたのだ? 守護騎士の任命には大神官の承認は必須だろう」
「正確には『守護騎士候補になるには、最低一人の大神官の承認が必要』です。最終的にその候補から守護騎士を決めるのは癒しの巫女自身ですよ。私はナスカ大神官の承認を得て守護騎士候補となり、アルトレーシア様が選んで下さったから守護騎士に任命されたんです。貴方もご存知でしょう、神殿は巫女が望むことに決して逆らうことは出来ない」
だから大神官たちがいくらオレを認めなくても、シアがオレを望む限り排除することはない。シアが薬術師のメダルを取れたのも、シアが望んだことだからナスカはそれを叶えたのだ。
ガレルド監視院長は目を細め、少しの嘘も見逃さないようにオレをじっと見る。
大丈夫ですよ。こんな所を偽るつもりはない。
「私はお前が三年以上教都に帰っていなかったことを知っている。守護騎士候補とはいえ、巫女さまにお会いできるのは退任する二年前から。お前がアルトレーシア様とお会いする機会はなかったはずだ。なのに、先ほどあのお方がお前に全幅の信頼をおいていることが見てとれた。あれは昨日今日の信頼ではない。
お前はあの信頼を、あのお方から守護騎士に任じられるほどの信頼を、何時何処で得られたのだ?」
鋭く睨むガレルド監視院長に、オレはにぃと笑いかける。
「八年前、奥神殿で」
「奥神殿の結界に入り込んだのか、そんな前から! 貴様、アルトレーシア様に何をしたのだ!」
いきり立つおっさんをどうどうと静め、オレは肩を竦めた。
「十二歳の女の子に不埒な真似なんてしませんよ。別の目的で潜り込んだら、たまたま出会っちゃったんです。したことっていったら、オレの目的の物をくれる代わりに行きたがってた図書館に連れて行ってあげたくらい?」
「貴様、巫女さまを無許可で奥神殿から連れ出したのか!」
静めるつもりが更にいきり立ってしまった。全く堅物は頭が固くていかんね。
「あのねぇ、おっさん。あの頃のシアは今と違って、表情がほとんど変わらない、綺麗な分本物のお人形さんみたいだったんだよ。言葉も昼間怒ってた時みたいな口調がデフォルトで、巫女の仕事以外はな~んにも知らない、自分の名前は「みこ」「かみこ」だと本気で思ってたくらい世間知らずの女の子だったんだ、どっかのじいさんが孫を捨てて逃げちゃったせいでね。そんな子を放っておけるほどオレは酷い男じゃないよ」
思わず素の言葉が出てしまう。子どもの頃のシアを思い出すと、どうしても心が揺れてしまい冷静になれない。ガレルド監視院長は、ダリヤのじいさんのくだりでムッとした顔になった。相変わらずの忠誠心だ。
「……どうして、どうしてあの方は奥神殿を出て旅をしていらっしゃるんだ」
そうだよね、それが一番の疑問だ。普通癒しの巫女は生まれてから死ぬまで、一歩も奥神殿から出ることはない。
「アルトレーシア様は生まれてすぐに母君を亡くされたため、先代巫女からその娘へ引き継がれるべき口伝を受け取っていません。幸いアルトレージュ様の双子の姉君アルトサージュ様に伝えられているため、それを受け取りにアルトサージュ様のもとへ行く旅なんです」
「何故こんな時期に行くのだ? 退任式が終わったばかりではないか」
「こんな時期だからこそですよ。巫女の任期中は公務があり、教都を長く離れられない。退任後なら最低3ヶ月はなんの公務もないですから、行くならば今が最善なんです」
「アルトサージュ様が教都に来られれば良いのではないか?」
「アルトサージュ様が拒否されました。教都に二度と近付きたくない、二度と籠の鳥にはなりたくないと……」
これも偽りではない。以前ナスカが口伝を依頼した際そう断られたと聞いている。ガレルド監視院長はオレの説明に釈然としないようだったが、そのまま別の疑問を口にした。
「――では、あのお姿はお前のまやかしの魔術なのだな。何故術を掛けられた際に、元のお姿に戻られたのだ」
「それは私もわかりません。先日『蘇生の術』を使われた時も同様に元のお姿に戻られました。やはり神の御業なのでしょうか、あの力は。白金の魔術をかき消せるのですから」
「『蘇生の術』を使われたのか!?」
「はい、一昨日ダリヤ=マカロイ殿に」
「な、なんだと!」
ガレルド監視院長が気色ばむ。
よし! 食い付いた。オレは心の中でこっそりガッツポーズをした。
「一昨日ダリヤ殿のお宅にお邪魔しました。雨が降ってきたため休ませていただいたお宅が、偶然ダリヤ殿のお宅だったんです。その際にダリヤ殿が発作を起こし、アルトレーシア様が『蘇生の術』を施されました」
「――ダリヤ様が自ら素性を明かしたのか?」
「いいえ、自分のことをほとんどお話しされることはありませんでした。昔神殿で働いていたことぐらいしか。しかし、以前ガレルド監視院長がダリヤ殿は教都の近くに住んでおられると話して下さったこと。アルトレーシア様を見てすぐに巫女の血縁者だとわかったこと。巫女の事情にとても詳しかったこと。十数年前から心臓を患われていること。などからダリヤ=マカロイ殿で間違いないと判断しました」
「……お前の口車に乗っただけで、話そうと思ったわけではないのだがな」
「その節は、ありがとうございます。お陰で色々助かりました。そうそう、あのお宅の客室にガレルド監視院長は何時もお泊りになっているんですよね。あの寝台をお借りしたんですよ、アルトレーシア様が」
「なっ!」
純情な中年は顔を赤らめる。
「わたしも一緒に使いましたが」
「き、貴様!! アルトレーシア様の同衾したというのか! お前など床で寝ろ!」
同衾……直接的な言葉より卑猥な響きがあるような……
「私は床でと言ったのですが、彼女が許してくれませんでした。おかしな真似はしてませんよ」
ってかオレ、シアの守護騎士なんですが? 子どもを作る相手なんですが? 例えそういうことしてても責められる筋合いはないと思うんですが?
どんだけ石頭なんだよおっさん。
「ダリヤ殿は正体を明かしていただけませんでしたので、こちらもアルトレーシア様だとは言えず、アルトサージュ様の息子シアルフィーラ様だと説明したんです、念のために。ですから、ガレルド監視院長からダリヤ殿に事情を説明していただけないでしょうか? 恐らくもう疑問をお持ちのはずですから、自分の病気が治っていることに」
「ダリヤ様のご病気は治ったのか……?」
「はい。アルトレーシア様が『蘇生の術』を使われたので、すべての病や怪我から回復されました」
「――――ダリヤ様は、死なない?」
ガレルド監視院長は呆然とし、そう自分に確認するように呟く。そして震える両手で顔を覆い、椅子に身体を沈めこませた。
ガレルド監視院長はダリヤのじいさんの元部下だ。ずいぶん可愛がられていたそうで、ガレルド監視院長もダリヤのじいさんをとても尊敬して慕っていたらしい。ダリヤのじいさんが教都を去ってからも定期的に家を訪問し、色々便宜を図っていたようだ。
そんなふうに慕っている相手が自ら死を願い、病んで弱って行く姿を、じっと側で見守ることしか出来ない辛さをダリヤのじいさんは分かっていたんだろうか? 分かっていてもいなくても、それはとても残酷な行為だ。
肩を振るわせ顔を上げることのないガレルド監視院長を置いて、オレはそっと部屋を後にした。




