2-11
ちょっとしんみりした気分で部屋を出たが、宿を後にし月夜の中歩いていると、なんとか誤魔化せたことに安堵が込み上げてくる。
オレとシアとの馴れ初めや、オレの奥神殿への不法侵入などは、別に話してもシアに大した打撃はないので構わないが、この旅の理由であるシアの男性化だけは信頼のおけるガレルド監視院長といえども漏らしたくはなかった。こんな事態が万が一知られでもしたら、シアの名に傷がつく。念のため、男性化の魔具もつけていて助かった。公衆の面前で突然女性に戻る可能性も考え魔具を着けていたが、こうした場合の免罪符にもなってくれそうだ。
しかし、ダリヤのじいさんの話を出さなかったらガレルド監視院長も誤魔化されなかったかもしれない。色々な状況を想定してもっと話を練っておかなければならない。
そう思い頭を巡らしていたオレは、それが声を発するまで全くその存在に気付かなかった。
「下手をうちましたね」
男のオレでさえ一瞬聞き惚れそうな、艶やかなバリトンが暗闇に響く。
ハッとなり声の方を振り返ると、公園の中央に据えられた彫像の上に腰掛け、こちらを見下ろす一人の男らしき影がある。
月明かりの逆光の中その顔形ははっきりしないが、等身大の彫像の上という不安定な場所に当たり前のように座っているその姿は、ひどく異様だった。
「お前は……なんだ?」
そうオレが尋ねると、男はククッと愉しそうに喉を鳴らす。
「私が何なのかは貴方の心次第。貴方が望むのならば、私は希望にも、絶望にも、預言者にも、断罪者にも、天使にも、悪魔にも、神にさえなりましょう。
さあ、貴方は私に何を望み、何を見ますか?」
その影は詠うように愉しげに、その言葉を綴った。
オレは身体中からじっとりと滲む汗を感じながら、冷静に考えるんだと自分を叱咤する。これは誘う者だ。人ではない、人の理から外れた何かだ。対応を間違えれば何が起こるかわからない。
「オレはお前に何も望まない。お前に何も見ない」
それだけしか答えないオレに、その影は更に上機嫌な声を掛けてくる。
「それは残念です。貴方が望むなら、私は何時でも貴方の心を映しましょう」
それだけ言うと、影はするりと彫像から滑り降り、地面に着く直前黒い何かに姿を変えると空に舞い上がった。
「私の名はレ―ヴァン。若い守護者殿に助言を差し上げます。
貴方はまだ試されています。その言動を、覚悟を、心すべてを。あのお方を望むのでしたら、心して臨んでください。私は貴方を応援していますよ」
それだけ言うと、黒い何かは夜の闇に消えてなくなった。
あの黒い何かは……、
「――鴉?」
その問いに答えるものは、何もない。




