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白金の医術師 黄金の薬術師  作者: 木瓜
第一章 山中の民家
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1-1

話しの都合上、第一章は主人公ではない人物の視点です。

初めて書いたものなので、至らぬところだらけですがよろしくお願いします。

 日をまたいだ頃から降りだした雨は強さを増し、窓の外から聞こえる雨音は一層激しくなってきた。


 今日もまた生き永らえてしまった。


 一日の終わりにこう思うのはここ数年の癖のようなもの。ダリヤはゴホゴホ咳き込みながら、床に就くために寝室に向かってゆっくり歩き出した。


 その時、玄関の扉がドンドンドンと大きな音をたてて揺れ、ダリヤは足を止めた。扉越しのくぐもった声がダリヤの幾分遠くなった耳にも届く。


「夜分すみません! 旅の者です。家の中にお邪魔させていただくことは叶いませんでしょうか?」


 若い男の声だ。非常に切羽詰った様子である。

 ダリヤはいっとき思案するが、寝室へ向けていた足をそのまま玄関の扉に向き直した。

 扉を開けると雨と風がびゅうと入り込み、あっという間に服を濡らす。


「早く入りなさい」


 ダリヤが身体をずらすと、扉を叩いていたとおぼしき男は、外套を目深に被ったもう一人の男を促し家の中に入ってきた。

 二人とも風雨に長時間さらされたのか、外套の中の服や手首の包帯までぐっしょりと濡れてしまっている。


「ご好意有難うございます」


 男は外套のフードをはずすと、ダリヤに向かって頭を下げた。

 声の通り20代半ばの青年で、茶色の髪に茶色の瞳。顔立ちは整っているが、あまり印象に残らない地味な容姿だ。


「強い雨風で難儀していまして、招き入れていただき助かりました。私は……」

「いや、自己紹介は構わんよ。それより私はもう寝たいから、あんたらもそっちの客間で勝手に休んでくれ」


 茶髪の男はダリヤの態度に少し戸惑ったようだが、「それではお言葉に甘えて」と連れの男と客間に入って行く。

 その様子を見守った後、ダリヤはふぅと息を吐くと今度は台所へゆっくりと足を向けた。






「入るぞ」


 掛け声と同時に客間の扉を開けると、「うぁあ! 」と間の抜けた声をあげ、茶髪の男は連れの男にシーツを被せる。


 どうやら、濡れた外套と服を脱いだ男を拭いてやっていたらしい。自分は濡れた外套のまま茶髪の男は相手の世話を優先させている。左手首のまだ真新しい包帯が濡れて血が滲んでいるにも関わらずだ。


 二人の関係は主人と従者というところだろうか。従者を持つような身分の者がこんな人けの無い山奥を真夜中に旅をする理由について考えながら、ダリヤはお湯の入った桶を茶髪の男の足元に置く。


「湯だ。冷えた身体を……温めるほど無いが……、使ってくれ」


 ダリヤは乱れた息を整えながらゆっくりと言う。

 最近はただ歩くだけで息が上がる。忌々しく思いながら主人とおぼしき男をチラリと見て、今度は息が止まった。


 切れ長の瞳は薄い紫、腰まである癖の無い髪は黒。この大陸では珍しい色味の瞳と、整いすぎて作り物のような顔は、ダリヤに見覚えのあるものだった。

 いや、この男と顔見知りという訳ではない。これとよく似た人間を知ってるのだ、ダリヤにとってとても大切だった人間の。


「失礼だが、貴方は癒しの巫女の血縁者であらせられるか?」


 そうダリヤが尋ねると、無表情だった男の紫の瞳が驚きできらめいた。





 ダリヤ達の住む大陸で、一番多くの人間に信仰されている宗教にアーリリア教がある。癒しの巫女とは、そのアーリリア教の象徴である唯一無二の人間である。


 その瞳は紫、髪は白金。容姿は神の子の名に相応しく、この世の人とは思えぬ美しさだと伝えられているが、教会の象徴たる最大の理由は、その能力にある。


 どんな病気や怪我もたちどころに治す不思議な力を持ち、幾多の命を救ってきたのだ。その力は一子相伝で、癒しの巫女の娘一人だけしか受け継ぐことが出来ない。

 ただ、彼女の血縁者の一部には巫女ほどではないが、人の身体を癒す力を持った者が稀に現れ、その力を持った血縁者は髪が必ず白金であるため白金の徒と呼ばれている。





 茶髪の男はダリヤの視線から彼を庇うように前に出て、ダリヤの左手を取った。


「事情がありますので、内密に願いますが、確かに彼は癒しの巫女の血縁者です。しかし、どうしてそのことを貴方はお分かりになったのでしょうか?」


 この大陸に癒しの巫女とその血縁者以外、白金の髪を持つものはいない。だが、紫の瞳は珍しいながらも皆無ではないのだ。彼の瞳が紫であるからといって、癒しの巫女の血縁者だと思うものは多くない。


「以前、教都の神殿で働いていたからな。昔会った癒しの巫女の血縁者たちと顔立ちがよく似ている」

「そうでしたか。血縁者たちとお会いできるなら、かなり高位の神官殿でいらっしゃったんですね」

「君達の事情に興味はないよ。だから、私のことも詮索しないでくれ。

 ところで……」

「そうですか。ならばこれ以上この話はいたしません。

 なんでしょうか? 」

「――何をしているのかね。人の手を握って」


 茶髪の男は、話しながらダリヤの手首をずっと掴んでいた。


「勝手に脈をとらせていただいておりました。失礼ですが、幾つか質問させていただいても?」

「――なにかね」


 ダリヤは不機嫌そうに顔を歪めたが、承知した。


「先ほど、息切れをされていましたが、普通の速度で平地を歩かれても、あのような状態になりますか?」

「――最近は」

「尿の量に増減はありませんか? 」

「ここ数年昼間行く回数や量もは減ったが、夜中寝ていると度々行きたくなるな。まぁ年が年だから……」

「就寝中息苦しくて飛び起ることや、仰向けで寝ると苦しく、座った状態の方が楽ということはありますか?」

「――ある」

「痰が頻繁に出て、それに血液が混じりピンク色をしていたことはありませんか?」

「ここ一週間ばかり、血が混じる時がある」

「足を触っても良いですか?」

「断る!」

「セクハラじゃないですよ」

「分かっとる! 足ならむくんでおるわ。貴様医術師ならば、医療行為の前にまず名乗って了承を取るのが常識だろうが!」

「先ほど、自己紹介は必要ないと申されたので、省かせて頂きました。求められるならば、勿論否やはありません。それでは改めまして……」


ダリヤが激高しても、茶髪の男は全く動揺する様子もなく、懐から輝くメダルを取り出しダリヤの前に掲げた。


「私は白金の医術師 アルツと申します。

 最後の質問です。簡単な問診と脈のみで断言は出来ませんが、心臓の機能が著しく損なわれていると思われます。ここまで自覚症状があるにも関わらず、医療院に行かれないということは、回復される意志がないということで良ろしいでしょうか?」


 ダリヤは目を細め、「裏も見せろ」と要求した。茶髪の男、アルツは求めに応じてメダルの裏側もダリヤに掲げる。


「本物のようだな。その年で白金とは信じ難いが……。

 命が惜しいなら、こんな夜中にお前たちのような人間を家に招き入れんよ」


 ダリヤが薄く笑って答えると、今まで黙っていた紫の瞳の男が、アルツを押しのけて声を上げた。


「症状がとても進行しています! 何時倒れてもおかしくありません。アルツはとても優秀な医術師です。わ、わたしは……」


 紫の瞳の男は首にさげていた金のメダルを引き出し、アルツと同様ダリヤに掲げた。


「わたしは黄金の薬術師 シアルフィーラといいます。

 アルツに診断させてもらえれば、すぐに薬を調合できます。ここから教都の医療院まで、馬で半日もかかりません。明日にでもすぐ……」


 必死に言い募るシアルフィーラの肩に、アルツは手を掛けた。


「シア。医術師も薬術師も、治りたい意思のない人間に無理やり医療行為は出来ないよ」


 シアは、先ほどまでの人形のような無表情から一転、真っ青な顔でダリヤを見つめる。

 誰がどんな表情で言い募ってもダリヤは平気だったが、ダリヤの大切な人間と同じ顔のシアに、そんな表情をさせるのはひどく忍びなかった。


「どんな病気にも効くという薬草シアルフィーラから名前を貰ったのだね、良い名だ」


 神話に出てくる薬草の話をすると、シアの顔はぱぁっと明るくなる。


「はい! 大好きな名前です」


 そして、アルツを振り返ってニッコリ笑う。

 ダリヤはそんなシアを眺め、とてもとても大切だった人間、妻と娘達の笑顔を思い出す。


「もし、シアルフィーラが目の前にあっても、私はそれを飲まないよ、シア」


 シアは再度ダリヤを見つめると、今度は静かに尋ねた。


「理由を聞いても良いですか?」

「シア!」


 厳しく諌めるアルツに、ダリヤは「かまわんよ」と笑う。


「妻と娘に先立たれてね。もう私に生きる気力は無いのだよ。本当ならば、自ら命を絶ちたかったが、それでは常世で彼女らに会えない。十数年前に心臓に欠陥が見つかって、これ幸いと誰にも邪魔されず死ねそうなここに越してきたんだよ」


 神官だった時は、経典に書かれていたことを露も信じていなかったのに、『自殺者は常世へ行くことが出来ない』の文言にダリヤは縛られてしまった。


「納得出来ません! 貴方が亡くなって、ご家族以外に悲しまれる人が全くいないと言い切れるのですか!」


 シアの失礼とも取れる非難に、ダリヤには何故か胸が温かくなる。


「喜ぶ輩は多いだろうが、悲しむ人間はどうだろうな。死んでみないとわからん」

「わ、わたしは……」


 言いかけたシアの耳元に、アルツは何かを囁いた。シアは、その言葉に少し首を傾げながらも、言いかけた言葉を口にする。


「わたしは、おっ、おじいちゃん? が亡くなってしまったら、すごく悲しいです。名前を褒めてくれた人は初めてなので、すごく嬉しかったんです。会って、少ししか経っていませんが、わたしは、こんなふうに話しをする相手がほとんどいないので、おっ、おじいちゃん? がいなくなったら、わたし……」


 シアの言葉は、とても嬉しい。嬉しいが『おじいちゃん』の言葉を言わせたのが、そこの茶髪の男であることは明白で、ダリヤはアルツを睨み付けた。そして、優しい顔に戻してシアに向き直る。


「気持ちは嬉しいが、ずっと待ち望んでいたことなんだよ。

 そうか、何時倒れてもおかしくないか……。心臓に問題があると聞いた時は、すぐに死ねると思ったんだが、十年以上かかったな」


 嬉しそうに間近に来た死を語るダリヤに、シアはこれ以上言葉が出ないようだった。


「シア、こんな夜遅くまで起きているとダリヤさんの体に良くない。今日はもう休もう」


 アルツはシアの肩を優しく抱き、ダリヤに深く頭を下げた。


「お宅に招いて頂いた恩を仇で返す無礼な数々、申し訳ありませんでした」

「いや、医療従事者が病気の人間を前に何もせず、見過ごせねばならんのは嫌なことだろう。気にするな」


 アルツの詫びを軽く流すとダリヤは、深く沈んでいるシアに優しく声を掛ける。


「心配をしてくれたのに、応えられなくて済まない。

 その若さで、巫女の血縁者にもかかわらず、黄金を取るのは大変な努力が必要だったろう。君はたくさんの患者の命を救う素晴らしい薬術師になれる。私のことはどうか気にやまないで欲しい。君の活躍を祈っているよ」


 そう伝えると、ダリヤは客室をそっと出た。




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