Episode84/3.崩壊の兆し
しばらく、沈黙が場を支配する。
「ゆ、豊花……事情がどうあれ、豊花……おまえは罪を犯したんだぞ!? そ、それも、殺じ……なんとも思わないのか!?」
「大丈夫。豊花が、捕まることはないから」
「六花ちゃんは黙ってなさい! 捕まらないなら犯罪者じゃないなんて思っているのか!? 豊花!」
「うっう……!」
六花が擁護しようとするが、話を遮り、父さんは話を聞いている最中に溜めていたのだろう。その怒りを、とうとう爆発させる。
裕希姉は再び泣き始めてしまう。
ここまで、大惨事になるなんて、思っていなかった。
家族に拒絶されて、家族全員から拒絶されて、私は……私はなにも、言い返せなかった。
最悪、縁を切られても仕方ないと覚悟していた筈なのに、私は……。
情けない気持ちと、悲しい気持ち。そして、逆ギレに近しい怒りの感情まで沸々と湧いてしまう。
「だからなに? 私の家族を殺した犯人。私を誘拐して監禁した犯罪組織。でも、私を助けたのは、警察じゃない。犯罪者側の人間。愛のある我が家の……澄だったよ?」
「六花ちゃん、きみはまだたしか12歳だ。六花ちゃんには難しい問題かもしれないけどーー」
「だったら、私は小児性愛者に、売られて、好き放題されるほうが、よかったの?」
「……狂っている」
「うん……」
六花と父さんが言い争いをはじめるなか、私の心は様々な感情が渦巻き、冷静さを欠如し始めていた。
と、母さんはなにも言わず呆けた顔で立ち上がる。
「裕美花?」
母さんはそのまま、ふらふらとした足取りで、なにも言わずにリビングから出ていってしまう。
「おい、しっかりしろ!」
それを父さんは支えながら、おそらく寝室へと誘導した。
六花は、裕希姉と私の二人を無言で見つめる。
「……豊花が、愛のある我が家なんてものに関わらなければ、私の友達も、助けてくれた男の子だって、あんな被害には遭わなかったんだよ……?」
……。
ーー豊花?ーー
裕希姉も遅れてリビングから退出する。
六花は、自然な成り行きで裕希姉の後を付いていく。
それを、裕希姉は別に拒絶しない。しかし、内心まではわからない。
…………。
ーーおい、豊花。腹は決めた。覚悟した。そう言っていただろう?ーー
「ーーごめんなさい」
私は誰も居なくなったリビングで、そう言い残し、自室へと足を運ぶ。
部屋のドアを開けて、ベッドに上半身だけつけるよう倒れ込んだ。
ーーッ!
私は布団を拳で何度も何度も、何度も何度も何度も何度も殴りつける。
その後、両手で頭を抱え絶叫する。
「だったら! だったら私は裕璃を助けなければよかったって言いたいの!?」
枕を手に取り壁に投げつけた。
「裕璃は死んだほうがいい人間だって言いたいんだねみんなは!」
髪をがしゃがしゃと掻きむしり、立ち上がるなり部屋を歩き回るッ。
ーー豊花! 豊花落ち着け!ーー
「神無月の仲間になってあんな異能力者以外家族でも誰でも死んでも別にいっかーっな奴らと一緒にみんなみんな仲良く今よりもっと市民を殺し回ったほうがよかったんだねーああそっかみんなそう言うんだ!?」
壁に額を思い切り叩きつけたあと、痛みがぶり返した左腕を、わざと掴んで力を入れて、痛みを増していく!
ーー異能力を使え! 落ち着け!ーー
「そっか! そうだよね? 私なんていまこの場で自殺したほうが父さんも母さんも裕希姉だって幸せに暮らせるもんね!? それでみんなみんなみーんなっ満足なんでしょ私が死ぬだけで解決する話じゃんなーんだ簡単なことだ!」私はスカートを捲りナイフを取り出す。「ああああっ! バイバイみんな私は愛してたよさようならごめんなさいね地獄行きだからみんなには会えないけどあの世で一生謝罪するから許しーーッ!」
私が自身の喉元にナイフの切っ先を向け、それを突き立てる直前、ユタカが肉体から離れる独特な感触に邪魔され、ナイフの狙いが真横に逸れる。
首の薄皮が切れ、少量の血液が流れるだけで済んだ。死に損なってしまった……。
キッとユタカを睨む。
『恨むなら私を恨め。母親は言っていただろう。“息子”は犯罪者じゃない。犯罪者なのは“娘”だと……つまり、私がきみに憑依なぞしなければ……“豊花”は静謐な日々を過ごし、安寧な生活を迎えられたのだ。責めるなら私を責めろ!』
「“ユタカ”のせいじゃないの! そんなのわたしわかってるの! ぜんぶ、ぜんぶわたしのせいなんだってぇえぁああああっっ!!」
私は耐えられなくなり、ナイフを床に落とす。
そのまま泣き崩れるようにベッドに頭をつけ、涙をユタカに見せないようにする。
ユタカが私の背中を擦る錯覚を感じた。
『とにかく、いまは感情の異能力を唱えるんだ。あと、アルプラゾラムも服用しろ。ブレクスピプラゾールもついでにな?』
「……“感情”」
あらゆる感情でぐちゃぐちゃになっていた頭が、少しずつ、ほんの少しずつ、落ち着いていくのが自覚できた。
まぶたを擦り立ち上がると、鞄の中から頓服薬のアルプラゾラムーー抗不安薬と、ブレクスピプラゾールを取り出し、机にある飲みかけのお茶で胃に流し込む。
「…………」
嗚咽を響かせないよう、ベッドの上で体育座りで壁に背を預け、うつ向き声を抑える。
隣にユタカが座った気がした。
実際に座ったらしく、私の頭を撫でてくる。
……なにが覚悟を決めた、だ。
私は、気にしない素振りでいようと、必死に堪えていただけじゃないか。
本当に最悪縁を切られても仕方ないーーなんて本心から思っていたら、こうも頭が感情で支配されることはないだろうに……。
そんな折、誰かが部屋のドアをノックした。
鼻水を啜り、なんとか声を出そうとする。
幼子みたいに泣き喚いた己に恥じ入りつつ、どうにか返事をした。
「……なに?」
「ゆったー……強く言い過ぎた。いまはまだ許せない。けど、ゆったが助けてくれたのは事実だし……そのお礼だけ言っておく。ありがとう」
「…………」
「あと、お風呂沸かせてるから、入る気になったら……なんでもない」
裕希姉もまだ泣いているらしい。
言葉の節々からそれを感じる。
既に部屋の前から立ち去ったらしく、声はもう聴こえてこない。
……私はキッと目線を前に向けた。
『豊花……?』
スマホを取り出すと、沙鳥にベルベルでメッセージを送る。
あとで連絡するように言っていたんだし、ちょうどいい。
家族に責められて怒り狂う自分の情けなさは受け入れるしかない。
理不尽な目に遭う理解を求めるのも、今なら無理があると理解できる。
けど、私は怒りに燃えていた。
相手は家族に向いてはいない。
元凶と言えなくもない沙鳥にだって抱いていない。
もちろん、ユタカの責任だなんて微塵も思っていない。
『落ち着け……可愛い顔が台無しだ。まるで般若のような顔をしてるぞ? 幼い女の子みたく喚くのはいい。だが、怒りに任せて自害をしかけたのを、二度目は許さない。代わりに一生、私を責めつづけて構わない』
「違うよーーユタカならわかっているでしょ?」
一心同体なんだから……。
沙鳥に送るメッセージを打ち終え、文面を確認して送る。
『沙鳥さん。もう家族になんて思われてもいいです。何人殺そうと構いません。家族や瑠璃たちもなにをしてでも守り抜きます。ただ、お願いしたいことがあります』
しばらくすると、沙鳥から返信が届く。
『お願いとはなんでしょうか?』
その返信をすぐに打ち始める。
怒りで満たされた脳内を、直接文面にしたかのような内容をーー。
『神無月だけは、沙鳥さんがどう考えていようと、私自身の手で殺します。必ず私自身が、神無月を惨くぶち殺す。だから手を貸してください。そして、余計な手は貸さないでください』
私は床に落ちたナイフを拾い上げたあと、つづきを書き殴る。痛む左腕をわざと強く布団に叩きつけて、怒りが冷めないよう努めるみたいに……。
『だから、お願いします。私の手で、神無月を処分させてください』
メッセージを送ると、沙鳥から直接電話がかかってきた。
すぐに画面をタップし、通話に出る。
『お気持ちお察しします。ちょうど、神無月の持つ異能力のヒントを、捕らえた文月と話をして得られています。本当なら、帰宅前に話すべきでしたが』
私の嫌な予感を知り、早めに帰してくれたのだろう。
「いえ、ありがとうございます」
『しかし、厄介な部下が、神無月にはまだ三人ほどいます。そちらは善河潔ーー異能力結社の代表が葉月から吐かせた情報から得られています』
「……はい」
あの三人以外に、まだ少なくとも三人も部下がいるのか。
というより、葉月と文月は既に捕らえられたのか……。なら、残る異能力協会は十人……まあ、私は異能力協会の構成員“神無月”と異能力犯罪組織“神無月”だけに集中したいけど。
『まず、余計な負担を減らしましょう。豊花さんの家族の護衛は六花さんに任せるとして、ご家族とお姉さまには、有給などを使い、最低十日、可能なら二十日は家から出ないよう頼んでください』
「二十日……」
『自宅に籠るための代金は明日必ずお渡しします』
文化祭は11月9日だから13日先だ。
さらに今回は、メインのひとつに祭り上げられちゃったけど……文化祭なんてもう、いい気がしてくる。
宮下は大怪我負わされたし、参加できるかわからない。
瑠璃と関われなくなるのは嫌だけど……。
『文化祭までには……なんとかしましょう。無理でも、前日と文化祭当日は、登校できるよう配慮します』
「え……」
電話越しなのに、心を見透かされたかのような気分に陥る。
『貴女を無理やり仲間に引き入れたのは私です。そして、貴女は私たちの家族です。貴女が今まで行った罪の所在は、すべて私にあります。そう、すべては私の罪。豊花さんが無意味に苦悩する必要なんてありません。家族を説得するために利用できるなら、好きなだけ私の顔に泥を塗り、言い訳してくださっていいんです。ですからどうか、少しだけ冷静さを取り戻してください』
私のメッセージの文面を読んだからか、私の声色のせいなのか、沙鳥にまるで私がまともな心理状態じゃないのが伝わったかのように、ユタカ同様、沙鳥からも暗に“落ち着け”と言われてしまった。
心にもないことなのか、本心からの言葉なのか、沙鳥はときどきわからなくなる。そのようなことを言い出す。
『詳しい話は明日、来れるなら第二拠点に来てください。守りと攻め、そして工作。これからの策を話します。神無月に関する情報も、そのときお伝えします。そのあと、可能であれば、一緒に教育部併設異能力者研究所に同行してください』
「はい……なんだか、ありがとうございます」
私は電話を切り、なんだか落ち着いてきたのを感じた。
私は再び、家族に頼み事を伝えるとき錯乱せずに済むように、アルプラゾラムを追加で二錠服用した。
ーーおい、用法を破るんじゃない。ーー
別にいいよ、このくらい……。
そして、私は家族に“家に居るように”と頼み事を伝えるため、自室のドアを開ける。
いまの私の敵は異能力協会じゃない。
異能力組織“神無月”。
私の真の敵は、異能力協会の構成員“神無月”だ。
楽しめる気配がしてきた非日常を壊し、私はまた日常に戻っただけの話。
でも、文化祭までに殺してやる。
部下だって全員殺す。
ありすの忠告が、脳裏を過る。
ーー平然と人殺しをするようになったら、杉井は晴れて殺人鬼の仲間入りだから。気をつけてねー。
もうどなってもいい。
殺人鬼?
それで構わない。
無法が許される立場と状況。
私は……私のためだけにーー神無月を惨たらしく殺す。
絶対、必ず、なにをしても、あいつを殺す……ぶっ殺してやる!
私は意識していなかったが、限界まで力を入れて、歯を食い縛っていた。




