呼び出しじゃあ断れねえな
コルネハイマの町が消滅する2か月前。
春も終わり夏へと向かう頃、クラム・サージェス・ルーベスノア伯爵は朝から第四王子であるヘイベス・ライラスト・クラックシェイムに呼び出されていた。
「まあ、立場はあちらの方が上だしなあ……」
一応、今日のレベル屋は任せても大丈夫。
それを理解した上での呼び出しだろうが……。
ルーベスノア城塞都市の領主はクラムではあるが、現在ここは仮の王都。
そしてここには2人の王族が在中している。
一人は第6王女、セネニア・ライラスト・クラックシェイム。
クラムの実質的な上司と呼んで良いが、その関係は謎に包まれている。
元々がその奇行ゆえに行動が読めぬところではあるが、その大半は才女と呼ばれている事に関係する。
王家の姫に求められるのは、婚姻によって他国や自国の有力貴族との絆を深める道具……ではあるが、この姫様は自由奔放。
更に並の貴族程度では相手にならない程の才女ときたものだ。
婚約者を決めるために様々な人間と面談したが、ことごとくその知識で叩きのめした。
メンツを潰された相手としては、悪口を流すしか無いのだろうな。
もう一人は第4王子、ヘイベス・ライラスト・クラックシェイム。
世間的には少し小太りで、温厚な人物だと思われている。
その気さくさから、庶民の人気が高い。
これはかなり異質な事だ。普通は王子が庶民と会う事など有り得ない。
ましてや、ここは自治区でも小国ではない。この大陸では最大の国家だ。普通は雲の上の存在だろう。
この国には、普通の王族はいないのか? と思うが、なにせ子供の数が多い。
王としても、継承上位はともかくその下には自由にさせているのだろう。
全ては実験としてだな。
何が最高の統治をもたらすかなど、誰も知らない。
別大陸ならともかく、ここでは町を幾つも従える大国など無かったのだから。
しかも、この国は大きくなる時間が短すぎた。
結果として、何の知識もないまま魔物から人間への戦争に突入した。
ここから先は国も知らない。貴族も知らない。民衆も知らない。もちろん俺もだ。
さて、どうなるかな。
目的の位置は毎度の役所。
入り口に入ると、大慌てで受付嬢がやって来る。まるで悲鳴を上げそうな顔だ。よほどの非常事態だと思ったか?
普通は事前に連絡も護衛もなしで、ぶらりと領主が来るなどありえないからな。
しかも伯爵だ。
ただ、さすがに慣れろ。これがここの常識なんだよ。
「ヘイベス王子は?」
「は、はい。2階の執務室でございます。た、た、た、ただ今――」
「それには及ばない。既に会う約束はしてある」
呼び出されただけだけどな!
しかも絶対に碌な話じゃない。
茶飲み話じゃない程度の事くらい分かるわ。
ここに初めて作られた市庁舎の2階へと向かう。
町はかなり大きくなったし全体の作りも変わった。
だが、ここは全く変わらないな。
その分、1階の受付はすさまじい混雑ぶりだ。受付嬢の精神が気になる。
まあ壊れたら使い捨てになるのだろうけどな。
一方で、2階は静かなものだな。
ヘイベス王子の執務室となれば、更に輪をかけて静寂な雰囲気を醸している。
普通の人間では気が付かないだろうけどな。
この異様な雰囲気は、3匹の怪物が放つ気配――いや、それに気圧され虫すらも近づけぬ故か。
しかし――。
「入りますよ」
俺にとっては今更の事だ。
「やあ、待っていたよ」
いつもよりも少し暗めの照明の中、手を組んで座っているヘイベス王子の左右に立っているのは”神知”と”魔略”。
何で変な雰囲気作っているんだよ。
つか、2人ともお子様にしか見えないだけに、むしろ変態度が上がっているぞ。
「呼び出しとは珍しいですね。いつもは書面ですのに」
「大切な話でね。実に恐縮なのだが、以前言った事を覚えているかな?」
「全部覚えていますがどの話でしょうか?」
「それはそうだ。君の行動に干渉しないという話だよ」
あー、あれか。
何せ魔女がらみの誓約だ。そして俺は魔法も呪術も、そういった類は全く分からない。
最初からさほど信じていなかったから気にもしていなかったわ。
それに、もし姫様に敵対行動をとれるなら、そんな誓約などチャラと言う事だろう?
「それでね、君に頼みがある」
「頼み?」
「我々の間には制約があるからね、こちらは君の行動に何一つ干渉は出来ない。だがこうして来てもらう事や、頼み事くらいは出来る」
「つまりは、こちらに拒否権の有る指示は出せると」
「指示というと少々語弊があるが……確かに、実際にこうして呼び出したのだ。間違ってはいないだろう」
素直に認めたが、これは内務を仕切っている王族から領主への報告だ。
しかもその領主は、全部投げっぱなしと来ている。
元々、来いと言われれば拒否は出来ない案件だがね。
しかし何かね? レベル屋の没収はないだろうが、経営権だけの徴収はあるかもな。
それとも誰かの暗殺か? それなら本職だ。
しかしあまり長時間、ここを離れることは出来ないぞ。
「それで、何があったんだ?」
「東にあるテーマス男爵領の件だよ」
ああ、遂にこの日が来たか。
最初にこの村に来た時、ここを治めていたのはオハム・コーロン・ゼンリッヒ・テーマス。
東に広大な領地を持つ、テーマス男爵家の4男だったが、ヘイベス王子が到着する寸前に姿を消した。
俺が調べた限りでは実家に帰ったわけだが、そんな事は“神知”なら調べるまでもなく“知っている”だろうさ。
しかしそうか……ついに動いたか。
まあ最初から分かっていた事だから驚きはしないがね。
ただこのタイミングというのに何の意味があるのやら……まあアレだろうが。
政治は姫様に丸投げだからな。確実な事は知らん。
ただテーマス男爵家は、フェンケの実家でもある。
いつかこの日が来るとはわかっていても、ちと複雑だね。
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