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鐘と光

 ……こちらの事情まで知った上で、あえてこの町を戦場に選んだか。


 半分の驚き。だがもう半分は、人型の魔族であれば何をしても驚かないという事だ。


「初めてその姿を見た時は、人型でありながらもう少し人からは離れた存在であったのでがな」


 ……今では、もはや完全に人間だ。目さえ見なければ、見分けなど付かないだろう。


「悠久の時があろうが、我らの23年と人間の23年に変わりはない。ただ、あれから23年経った……それだけの事だ。それで、そうするのだ」


「やる事は何一つ変わらない」


「人はもう少し、自らの血縁を大切にするものと思ったのだがな」


「それはこの町、そして周辺の村に住む人間だけではない。全ての人間が全てそうだ。私個人の事など関係はない。誰もが自ら肉親だけでなく、隣人を愛し、守る。故に、ここで貴公を倒す事に躊躇いはない。より多くの被害を失わせるために」


「さて、実際に出来るかな? 言葉だけの人間も多く見てきたが」


「出来るかどうかなど関係ない。ただやるのみ」


 ガラ―ン、ガラ―ン、ガラ―ン……。


 どこからか鐘の音が聞こえる。だがどこからかは分からない。

 そもそもこの鐘の音を聞いた事がある人間は少ない。

 この国の国教はイーネリアンス聖教ではあるが、この町はエンフォゼル教を信仰している。

 13の神を信仰する多神教だ。


 元々は魔物により分断されていた世界。

 大抵は昔からの自治区であり、現在のマーカシア・ラインブルゼン王国に吸収されてからも改宗していない町は多い。

 それだけに、その意味さえも知る者はいない。

 この音も、隣の町どころか近くに村にすら届かない。

 だから誰も知らない。この鐘の音の意味を。


「鐘の主……本当にここでやるとは」


「やれないと本気で思ったのか?」


「人とは哀れだな」


「たとえ一部の個が失われても、人という社会は死なない。例え一部が悲しみに包まれようが、全てがそれを支えるのだ。あの時は仕留め損ねたが、ここで決めさせてもらおう」


 その瞬間、世界が光に包まれた。

 何の音もなく、何の衝撃もなく、ただただ目も眩む眩さがコルネハイマの町を包む。

 その光はここだけではない。周辺にあるいくつもの村も包みこんだ。


 眩いばかりの光と静寂。

 その輝きが消えた時――そこには何もなかった。

 かつて町だった場所。かつて村だった場所。丘も、森も、林も、川も、畑も、何一つない。

 ただ風に吹かれ、地平線の彼方まで永遠に続くかに見える、真っ白い大地から輝く砂が宙を舞う。

 ただ一面の、白い世界。


「”十星”」


「ここに控えておりますよ」


 応えたのは、少し甘い、大人的な静かな女性の声だった。

 いつの間にか、”鐘の主”の背後に一人の人間が控えている。

 だが、光る砂には何の足跡もない。

 鎧やマントは”鐘の主”と同じ、王室特務隊の制服だ。

 背は150の後半だろう。細身の女性で、僅かに見える顔からは美女を思わせる。

 もっとも、呼んだ”鐘の主”は振り向きもしないが。


「倒したか?」


 それが何の事か、聞くまでもないだろう。


「失敗しましたね」


 いつ取り出したのか、風に吹かれて揺れる小さな布切れを見ながら感情の無い声で答える。

 それは先ほど、人型の魔物が来ていたコートの切れ端。

 とはいえ、もう興味は無いというように手放すと、風に吹かれていずこかへ消えていった。


「やはりそうか。だが逃がす気はない。場所は分かるな? “絶懐不滅”、”暴鬼”、”無色無響”、”無在”、 “流間”の状況は?」


「既に向かっております。その辺り、”魔略”の予定通りですよ。貴方が倒せない事も含めて……ですが」


「恥ずることはない。分かっていた事だ」


「……その剣、抜きませんでしたね。事前に”魔略”から聞いていなければ少しは驚いたところでしたが」


「残念ながらここで抜いても倒せぬ――ましてや今後に差し支えると“魔略”が言ったのだ。出来るものなら抜く事に躊躇いはない。だが、私は自分の感性よりも“魔略”の│言葉ユニークスキルを信頼している」


 ……確かに、“魔略”の言葉にはそれだけの価値があるか。

 “十星”としては、他に代替案は無い。同意なのだから仕方ないのだ。


「確かに、自分でもそうするでしょうね。“魔略”より正確な判断を下せるものはいませんし。ただ予定外なのですが、“滅びの舞い”、“変主”、“犠死”、“歪みの繭”が派遣されました」


「予定の策には無いな。“魔略”は何と言った?」


「想定以上の成果が上がったため、こちらへの投入を決めたとの事です」


「やはり幾つもの可能性は試していたか。しかしこれほどの戦力を投入するだけの勝算……何があったのか。いや、良い。何があったか等はどうでも良い。では私も行くとしよう。たとえこれ以上の犠牲を出したとしても、世界が亡びるとよりも遥かに良い」


 ……世界が亡びるのは嫌ですが、貴方と共闘も嫌ですけどね――と思いつつ、“十星”は再び足跡さえ残さずに消えた。


「全ては“魔略”が考えた最良の策」


 それでも、最初は成功率など3割有るか無いかだと言っていた。

 あれだけの相手だ。人型の魔物相手に3割の勝率があれば十分すぎる……と、自分を納得させるしかなかった。

 だが、最終的な犠牲が大きすぎる。

 やらない訳にはいかないが、多くの王室特務隊が失われる事も分かっていた。

 しかし、“魔略”の最高の策と犠牲でも3割かと少しの落胆があったのは事実だ……が。


「何処まで手を打っていたのか……」


 果たしてどれほど勝率が上がったのか。

 そして、今度はどこまでの犠牲を前提としているかは気になる所ではある。

 だが、目的からすれば全てが些細な事だ。


「母上、私は行きます。全ては人の世のために」


 そう言いながら天を仰ぐ。

 王室特務隊ナンバー1。最強と呼ばれる通称“鐘の主”。

 そのユニークスキルは一時的に天界とこの世界との間に針ほどの穴を空ける事。


 本来であれば、天界から微かな天啓を受けられるだけのユニークスキルだった。

 だがある日、少年のそれは突如として変わる。

 どんな変化があったのか? 天の気まぐれか?

 普通に遊んでいただけの幼き日。だが突如として天界に穴が開き、少年の周りには光る砂となった平坦な大地と、1本の剣が刺さっていたのだった。


 天界はこの世界や異界と同列にある関係と扱われるが、その実はまるで違う。

 天界の持つエネルギーは、小さな穴から一瞬漏れるだけで、1つの町周辺を消し去ってしまうのだ。

 人が行く事の出来ない世界――それが天界である。


「もっとも、そこへ行ったのが”神知”と”魔略”なのだがな」


 それに比べ、異界との穴はいわば魔物の世界とこちらの世界を繋ぐ穴。

 そこからは向こうの世界の魔物が湧き出て来る。放置すれば、時間をかけて世界が滅ぶ穴だ。

 人間は、古来より必死になってそこから現れる魔物と戦ってきた。


 しかし、異界の穴に関しては転機が訪れた。レベル屋だ。

 一介の人間が、突如勇者に変わる。

 決して近づく事も出来ず、ただ多くの屍の壁で進行を食い止めるしかなかった異界。

 それは長い人類の歴史の必然。だが、それはもう過去の話となった。

 まさに人類技術の革命と言って良いだろう。





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