本物の人型魔物
コルネハイマの町。
特に商業都市だの城塞都市だの中継都市だのと言った名前はない。ただのコルネハイマの町。
特別な産業は何もない。ただ周囲を4つの村と多数の集落に囲まれ、農業・酪農の他、僅かの工業でゆっくりと成長した町だ。
ただそれだけに平和で安定し、有名ではないがこの町に住む人々はここが好きだった。
旧王都からは、直線距離で700キロメートほど。馬車で移動すれば、大体18日くらいか。
実際は真っすぐ移動できるわけではないので、25日くらいが妥当な目安となる。
最果ての地であるルーベスノア城塞都市への距離からすれば、四分の一程度といった所だろう。
そんな街中の細い路地を、フードを深々と被った一人の男が歩いていた。
色合いはグレーでさほど目立たないが、厚手で仕立ても良く、高価な品である事は見ただけで分かる。
手は袖の中に入っており見えないが、僅かに見える革のブーツも、決して安くはなさそうに見える。
しかしそれらよりも、今は夏。
どれほど生地や仕立てが良くとも、少し常識から外れているのではないだろうか?
そして190センチを超えるであろう身長。
歩幅は広く、凛とした姿勢で堂々とした歩調。
色合いがどれほど地味であっても、その存在は非常に目立つ。
だがそれらを消し去る程の存在が、その先に居た。
進行先に立つは、一人の男。
オレンジの入った純白の鎧。兜からは切り揃えたグレーの髭が見える。
しかし、その兜が開いているのは鼻から下だけで、上は完全に塞がっている。
そう、この兜には本来あるべき”目”の部分が無いのだ。
首から下は、胴や下半身、手足も金属で覆われたフルプレート。
腰に常人では持てないであろう、超大型の剣を下げている。
通常ならば背負うべき大きさだ。だが、腰のベルトは悲鳴を上げていない。
鞘の重量だけすら、支えきれなそうに見えるのに。
ただそんな事は関係ない。誰もそこを気にしない。人々が気にするのは、その剣が発する威圧感。
それは決して高圧的ではないが、誰もが”それ”が何であるかを理解した。
人であれば、誰でもそうなのだ。その様に、本能に刻まれているのだ。
それ以外には、やはりオレンジのラインの入った純白のマント。
路地を吹く風で僅かにはためくその背後には、人の顔が付いた盾に翼の紋章が入っている。
それが王室特務隊の紋章である事は、この国では有名だ。
ただ、見た人たちの反応は薄い。
堂々たる王室特務隊の紋章。
しかし、それを実際に見た人間などこの町にはまずいない。
王都の出であれば見た事もあろう。
ある程度の金持ちであれば、祭典の時には王都へといった者もいるだろう。
他は精々、長距離を旅する行商人といった所か。
基本的に、町の人間は一生をそこで過ごす。
周囲にある村の民も、精々がこの町に来るかどうか。
ある者は畑を耕し、ある者は家畜の世話をし、またある者は朝早くから店を開け、夜には閉める。
そうやって、生まれてから死ぬまでをそれぞれの地で過ごすのだ。
だから彼らは噂程度でしか王室特務隊を知らない。
その鎧も、紋章も、曖昧な噂話程度の存在でしかない。
ただ以上に目立つ格好――その態度の認識か。
これが王国騎士や将軍ともなれば、また少しは変わって来るのだが。
ただその人物、そして剣が発する気に少し気圧され、近くを通ろうとはしない。
だからある者はひそひそと話しながら様子を見、忙しい者は気にしながらも自らの仕事へと向かう。
誰もが無視は出来ないが、さりとて深くは関わろうとしない中、フードの男の足が止まる。
そして渋いが良く通る声で――だがさほど感情の無い声で、言葉を発した。
「少し老けたか。あれから23年も経てば人はそうなるものではあるが、目にするとやはり違いというものを感じるな」
「悠久の時を生きるモノが、たかだか23年の変化を気にするとはな」
「この世界に誕生して7265年。ただの1日すら忘れた事はない。同じ日は2度と訪れはしないのだ。それでも、人の方がより濃く生きていると思うがな」
「どうかな」
言葉は淡々と、静かな物であった。
しかし、それ程までに長い時を生きながら毎日をしっかりと覚えて生きている。
どれどころか、充実した日々を過ごしている事が分かる。
それは人からすれば脅威としか感じない。
ただただ永く生きているだけのモノであれば、さほど脅威にも感じないものを。
「かつて、貴公たちが我らの世界――異界と呼ぶのであったな。そこに侵入した時は驚いたものだ」
「そこから魔物が出現しなければ、我らは干渉しなかったであろう。我々が行くまで、どれほどの人命が失われたか」
「それは仕方なかろう。君らの言う異界とこの世界。つながるのは自然の摂理であろう。誰かが決める事は出まい」
「故に、我らは自らの同胞を貴様たちから守るために戦う。それが永遠に続くから人は人の世を守るために異界への穴を塞ぎ続ける。むしろ聞こう。そこに何の問題があるというのか」
「貴公の言う事に間違いはない。しかし境界は自然に開くもの。互いに受け入れるものではないのか?」
「それは貴公らの言い分だな。人が受け入れられる話ではない。我らにとって、人の命と魔物の命とは根本的に違う」
「人にとってはそうかもしれぬが、我らにとっては何も変わらぬ。ただ湧いて消える。それだけの存在だ。だがなぜ開くのか――考えなかった事が無いわけでもない。たまには無益な思考も面白かろう。それを教えたのも、また人であったな」
「それはたかだか貴公らの興味でしかあるまい。魔物はこの世界から消えるべきだ。互いの平和とは、互いの世界が完全に分かたれた時でしかあるまい」
「それもまた一つの考えか。だがこちらの考えとは違う。さて、今も昔と同様に動けるのか? “鐘の主”よ。ましてや、ここには貴公の老いた母がいるのであろう?」
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