姫様が無事ならそれで良いがね
だが多少疑問は出るな。
「侯爵はかなり慎重そうだったが、なのにアレを味方と思っていたようだ。ロータスツリーに変容された奴を信じるかね。しかも、いかにも人間ではありませんって顔だぞ」
「まあよほどレベルが高くない限り、全部同じ植物人間ですからね。例外は見分けられなかったんでしょう。それに元々は、人型の魔物が背後にいたようですね。それが侯爵をここへ非難させ、変容したクランツ王子と、彼の護衛としてあれを送り込んだようです。特に何も言っていませんでしたが、侯爵も人型の魔物が2体いると感じたようですね」
「随分と詳しいな。そんな事まで分かるものかね。それに、俺なんかに話していいのか?」
「この程度の情報、誰が話さなくても、貴方が”神知”と出会えば彼女は即座に全てを理解するでしょう。隠すだけ無駄ですし、それでこちらの心証が悪くなるのは避けたいものですよ」
「どうせ命令があれば殺し合うんだろう?」
「いえいえ、そんな命令が出る事など普通はありませんしね。これでも王室特務隊は意外と仲が良いのですよ」
白々しいとも思うが、一方で間違っていないとも思う。
命令があれば道具として殺し合いもしよう。だがこいつらは、代えが聞かない貴重品すぎる。
しかもミスれば、誰が命令したかは一発だ。
”不浄の繭”とこんな所で会ったのも、死なないって事もあるが例の件のペナルティを主人が受けたって感じか。
名誉挽回といきたいだろうが、ここは思ったよりも厳しいぞ。
「それで、人型の魔物は?」
「ここでやり合った後、完全に姿を消しました。色々やってはいますが、おそらく駄目でしょうね」
「そうか……」
連中の思考を推測する事自体が危険だし意味はない。我々とは全く違う存在だからな。
常識で図ろうとすれば、そのままずるずると思考の沼に嵌ってしまう。
ただ向こうは人間を理解するだけの知恵を持っている。いやだねえ。
しかしまあ、侯爵の死によって何かの目的が終わったか、それとも移ったか。その辺は間違いないだろうね。
「それで、ここからどうするんだ?」
「それに関しては目的を果たしたようですので、予備のゲートまでご案内いたしますよ」
「それはありがたいね。入手したのは卵だから時間はあったが、一度孵化したら死を撒き散らす羽目になるんでな。ただ、ここをこうした人型の魔物はどうなったんだ? お前が撃退したのか?」
「それは無理というものですねえ。こちらよりもセネニア姫様の方が強いんですよ」
「随分謙虚だな」
「強がっても仕方ないでしょう。単純な戦いなら勝ち目はありませんよ」
つまり正面からでなければ勝ち目はあるって事か。
確かに姫様はまだ素直な戦いだけだからな。
だが、今の姫様はユニークスキルに覚醒している。
敵対しただけで全ての力を失う恐ろしいユニークスキル。一度敵意を向けたが最後、ただの愚者と化して襲い掛かってしまう。多分、俺でも防げないな。
一方で、こいつは俺でも存在を見失いかねないユニークスキルの持ち主。
確かに殺意も無く“事故”を起こさせればこいつが有利だろうが、こいつは見た目の穏やかさに比べてかなりの戦士だ。
それはこの惨状でも姫様が逃げられたという状況から想像できる。
ただそれだけの実力者だけに、もし姫様から殺意を向けられたら逆に平静でいられるかどうか。
「まあいいや。こんな所で無駄話をしていても仕方がないからな。予備とやらのゲートに行くとしよう。ただ、ここをこんなにした奴はどんな奴で、どうやって撃退したんだ?」
「そうですねえ……白髪に短いけれどごつい髭。見た目の年齢は50歳ほどですか。それに立派な燕尾服。身長は180センチを超えていましたが、もし魔物で無ければ高貴な老紳士に見えたでしょう」
「それだけか?」
「他に言うなら相当な強さでしたね。ただゲートは知らなかったようで、意外と簡単にこちらを攻撃してくれました。様子見って感じでしたが、全周囲への魔法弾でしたのでセネニア姫様の素早い行動が無ければ逃げ切れなかったでしょう」
その後は気配を消して逃げ切ったのだろうが……。
「それだけだと普通に人間の様だが?」
「そりゃあ”人型”ですからね、人モドキとは違います。亜人なんかも人型とは呼ばんでしょう?」
「そりゃ違いないが、簡単に見分ける方法はないのか?」
「それは問題ありませんよ。目を見れば分かります。特徴とか、そういったのは無いんですけどね。ただ本能が警告するんですよ。こいつは違うってね」
「成程。これからは目に気を付ける事にしよう」
人の形をしていれば”人型の魔物”と思っていたが、知識不足だったな。
亜人は亜人であってそういうものという先入観があった。
なるほど。確かに、見た目が人間と明らかに違えば個体名がつくか。
◆ ◆ ◆
そんな事を話しながら、別の部屋にあった隠し階段から下へとひたすら下る。
「そういやベイトンだったな。異名は何ていうんだ?」
「あららといいますか、セネニア姫様に本名を呼ばれていましたね。ちょっとからかい過ぎましたことは反省していますが、よく覚えているものです」
「お前みたいな危険人物の本名なんて、1度聞いたら忘れるかよ」
「危険人物ですか? 傷つきますねえ。これでも役には立っても、敵対した事はないんですけども」
「確かにな。だけど、王室特務隊が隊員同士でも殺し合う道具となれば別だ」
「実際やっちゃっていますしね。”不浄の繭”は死なないのでどうでも良いとしても、“千里眼”を倒したのには驚きましたよ」
「ありゃババアの差し金だ。怨むならあっちにしてくれ」
「怨みなんてありませんよ。そちらの言う通り、こちらはあくまで道具。持ち主の考え次第で敵にも味方にも成るってだけです。そうそう、こちらの異名は”無在”ですよ」
「いいのかよ」
聞いておいてなんだが、素直に答えるとはね。
「本名を呼ばれても、知っている人間なんて限られていますからね。”無在”であれば王室に深く関わる人間なら大体知っています。それこそ将軍や宰相なんかもね。逆に本名なんて、あって無いような物ですよ。セネニア姫様も、王室特務隊全員の本名なんて知りはしませんしね。そんな訳で、情報としての価値はあまり無いでしょう」
「まあそうだろうな」
名前なんて、基本的に対象を確認するための記号だ。いざ戦いとなれば、それに何の価値もない。
どうせ本名かもわからんし、大体こいつらの素性を調べても何も出やしないさ。
「さて、着きましたよ」
長い階段を降りきった先には、小さな部屋と、これまた小さな人形が置かれていた。
土で作られたような、輪郭も曖昧で顔すらない粗末なものだ。
「こんなのがゲートなのか?」
「いや見れば――っと、魔法は全く駄目だったのでしたね」
「もう聞いていると思ったがな。内側にある魔女の呪いが強すぎて、外にある魔法の感覚なんぞ簡単に打ち消しちまうんだよ」
「まあその体を維持しているものですからねえ。実際、そこまで複雑な構成を定着させているのは驚きですよ」
「そこまで生き延びたのは俺だけだがな」
「意外な事は何処にでもあるもので」
「意外ついでに一応は聞いておこう。今のお前は、敵じゃないで良いんだな?」
「さて、どっちだと思います?」
さすがに1日3回も全力で戦うのは難しい。
返答次第では――ここまでだな。
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