異邦からの訪問客
冒険者の朝は早い。
日の出前に起きて装備の点検をし、冒険者ギルドへと朝のトレーニングを兼ねて街の中を走る。
なので、そんな冒険者たちのモーニングに合わせて開店するこの喫茶店の朝も、やはり早い。
「おはようございます、マスター」
店の更衣室に入ると、ちょうど頭巾をつけていたアンバーに遭遇した。
うちの店には制服というものがない。
強いて言えばエプロンと頭巾程度だ。
制服も作ってみようか、なんて思ったことはあったが、面倒くさいので見送りにしている。
「あぁ、おはようございますアンバーさん。
っと、そうだ伝えないといけないことがあった」
挨拶を返して、ロッカーに手をかけた所で昨日の出来事を思い出す。
「連絡事項ですか?」
「まぁ、そんな感じです。
例の魔石の鑑定の話なんですけどね──」
俺は昨日の出来事を彼女に話した。
実はあの魔石は誰かの所有物だったこと。
それならまだ落とした方が悪いということもできたが、実はそれが人型の精霊で自由意志を持つ存在だったこと。
既に魔石がオーナーを決めていたこと。
「それで、もし気に食わないとか何か話があるなら、おそらく近日中にはそのオーナーの人がこっちに来るから、その時に話し合って欲しいんです」
「そうでしたか……。
わかりました、私は特に意見とかはありませんので、そのようにお伝えしておいてください」
「ありがとう、助かるよ」
彼女ならそう言うとは思っていたけど、これはこれで安心した。
これでもしフェーデだ!とかになったら面倒だからな。
何が面倒って、相手はAランクの冒険者で、彼女はEランクの冒険者。
喧嘩した所で彼女に勝ち目はないし、対して男の方もそれに応じるかどうか。
まあ、彼女がそんな強欲な人間ではないことくらいは知ってるし、だからこそ彼女に師匠から受け継いだ魔法の技術や知識を継承しているのだから。
エプロンを身につけて頭巾で髪を隠すと、扉を開けて店に入る。
まず最初に喫茶店内の掃除をして、厨房を掃除する。
終われば各テーブルにメニューや食器、お好みでふりかけられる調味料セットを配置する。
準備は完全に整った。
「じゃあ、アンバーさん。
今日もよろしく頼みます」
「はい、任されました!」
さて、すべての準備ができたら開店時間まで常連客用の料理を準備する。
マフィンにサンドイッチにパンケーキ。
マッシュポテトやフィッシュアンドチップスなどもテキパキと作り始め、出来上がった段階で全て時間凍結して冷凍庫に保管しておく。
あとお昼食べるためにと弁当を買っていく常連客もいるため、その人達用の弁当も誂えておく。
弁当、と言っても日本で食べられるような感じのものでは決してない。
あのようなものを持って迷宮探索なんかに出掛けた日には、中はもうぐちゃぐちゃになること間違いなしだし、サンドイッチだってつぶれて食べにくくなっているものだ。
では何を用意するのかと言うと、冒険者用のレーションである。
作り方は簡単。
材料はジャガイモの粉末と大豆粉、それから餅粉に塩。
これらを水と卵で混ぜて焼き固める。
基本的に無味なものだから、好みに合わせてココアパウダーだったり香草の粉末だったり、砂糖だったりを入れたりする。
元の世界の感覚で言うなら、カ◯リーメ◯トの冒険者版、と言ったところか。
彼らはそれを自前の干し肉と一緒に食べたりして昼を過ごすのだ。
前までは黒パンが主流だったが、日を跨がない短期の依頼の場合は、今ではもっぱらこのレーションが主役になっていたりする。
まあ、黒パンが使われていたのも、日持ちするからっていう理由からだしな。
一日二日程度なら、このレーションでも充分保つ。
「よし、レーション完成っと。
アンバー、包むの手伝ってくれ」
「はいっ!」
いつも通り各テイスト五十個ずつを焼き上げると、時間凍結を施してアルミ箔に包んでいく。
ちなみにこのアルミ箔は錬金術師ギルドに頼んで作ってもらっているものを安く買い取っているものだ。
……え?
なぜアルミがこの時代にあるなかって?
何、師匠から教えてもらったレシピを旅の資金にするためにちょっと錬金術師ギルドと商業ギルドに売っただけさ。
特許を取った後は、そりゃあもうガッポガッポとお金が入ってきたね。
ちなみに金が入ってくるのは最初の二年間だけで、今はもう失効している。
さて、そんなアルミ箔で角柱状のレーションを包み、さらにその上から植物紙で包んでのりで封をする。
こののりは自家製で、小麦粉と水を混ぜて作っている。
所謂でんぷんのりというやつだな。
……っと、そろそろ時間か。
「アンバーさん、看板裏返してきてください」
「はーいっ!」
アンバーが今日も元気に店の扉を開け、『ᛟᛈᛖᚾ』と書かれた看板を表にする。
「本日喫茶店『蜂蜜の砦』、開店しましたぁ!
皆さん、どうぞお越しくださぁい!」
彼女の合図を幕切りに、近くの商店街も声を上げて客の呼び込みを開始した。
さぁ、モーニングの時間だ。
いつもの客が、扉を開け、ドアベルを鳴らしながら入店してくる。
「やぁマスター。
いつものを頼むぜ」
「承りました」
「おっす!
俺もいつものコーヒーとパンケーキ頼むわ!」
「マスター、レーション四つくれ」
「マスター」
「マスター」
「マスター」
さてさて、騒がしい朝だ。
支援職とは言え冒険者は冒険者だ、彼らも相応にものを食う。
俺は彼ら常連客たちに、開店前に事前に用意しておいたメニューを振る舞っていく。
それを配るアンバーも、いつものように忙しそうだ。
フィネはもう学校に向かっている。
学校が始まるのはもう数時間ほど遅いのだが、彼女は日課の訓練のために朝早くに家を出て街中を走り、公園で型をなぞり、郊外で魔法の練習をしてから友達と学校に向かうのだ。
この日課は俺が彼女に与えたものだ。
最初のうちは公園での魔法の特訓に留めさせていたのだが、すぐに公園でできる分では訓練の足しにならなくなってしまい、今では街の外に出ての鍛錬をしている。
ちなみに、何かあってはいけないので一応護衛として俺のゴーレムである白騎士を同伴させていて、いつでもその様子を視界共有の魔法で確認することができる。
少しだけ、その様子を覗いてみることにしよう。
何、仕事そっちのけで見てるわけじゃない。
意識を二つに分割して同時に別々のことに活用しているのだ。
同時多重思考演算は、Sランクの冒険者ならば基礎中の基礎の技術だしね。
閑話休題。
──場所は、街から東に二キロほど離れた平原で、街道から少し離れた位置だ。
周囲には足の短い草とまちまちに生える細い樹木程度しかなく、視界を遮るものは遠くの森や山脈を除いて一切ない。
そこに、背の低い赤い髪の少女が立っている。
俺──もとい視界を共有しているゴーレムの白騎士から見て、百メートルほどの地点だ。
服装は、冒険者育成学校の制服であるセーラーワンピではなく、体操服の白の木綿シャツと紺のブルマー。
そんな格好で彼女は何をしているのかというと、両掌を向かい合わせて、その空間にファイアボールを維持させていた。
「もっと、もっと圧縮率を上げて──」
いつもの編み込みポニーテールがゆらゆらと魔力の波に揺れている。
「……っくうおおお!!
もっと、もっと小さく小さく……っ!」
彼女が今やろうとしているのは、俺が彼女に課した試験課題である、火属性魔法の中で最も難易度の高い魔法の一つ、エクスプロージョンの実践である。
その魔法の発動の仕方というのが、まずファイアボールを小さく圧縮させ、それを着弾地点で一気に解放させるというものなのである。
なので彼女には『ファイアボールを真球になるくらい圧縮させることができる』ということをまず目標課題として提示していたのだ。
……が、どうやら梃子摺っているらしい。
「ダメだ、火の威力が全然足りない……。
最初からもっとおっきいの作らなきゃダメなんだ……」
これ以上は圧縮するのが今の自分には難しいと踏んだのか、発動中の魔法に使っていた魔力を徐々に解いて体内に魔力を戻していく。
ふむ、魔法の魔力分解は及第点か。
これ、実は結構難しい技術なんだけど、この歳でそれができるというのは、結構な才能だぞ。
普通の魔法使いが修行して習得できるようになるまで、だいたい二年は掛かる。
初めてフィネが弟子になった時には全くと言っていいほどできなかったそれを、よもや一ヶ月という期間で獲得できるようになるとは、恐ろしい才能だ。
ちなみに俺は一年かかってやっと獲得できた。
これでも師匠には『ふむ、まあまあの才能かの』と言われたのだから、もし彼が生きていれば『素晴らしい才能じゃな』……いや、『なんと恐ろしい才能じゃ!?』と驚くくらいはしたかもしれない。
フィネは、今度はさらに大きな火球を作り出した。
サイズは直径一メートルほど。
さっき作っていたのが五十センチくらいのもので、それを拳大にまで圧縮していたのだが、今回はその二倍のサイズ。
さて、彼女はどこまで圧縮できるのか。
──と、そんな時だった。
ドアベルが鳴ってそちらの方へと視線を向けると、昨日の例の三人組がやってきていた。
「これはこれは。
ようこそいらっしゃってくれました」
「約束だからな。
元Sランク冒険者のオサム・マトー。
念のため、あんたの事は一通り調べさせてもらった」
言いながらカウンター近くのテーブル席に腰を下ろす三人組。
そこへアンバーがお盆に水を乗せてやってくる。
「どうぞ」
「……頼んでない」
フードの人──声からして女性──は、アンバーの方を向いて抗議する。
「お冷は無料なんです」
「……なら、ありがたく」
木製のコップを両手で抱えて、口につける。
「……冷たい?」
「冷やしてますからね」
そんなやりとりをする二人。
その一方で例のグラトニー幼女はといえば、手を挙げて『私、オムライスがいいわ』と注文してきていたが、無視して男に反応した。
「そりゃあどうも。
何かいいものでも見つかりましたか?」
「いんや、あんたがSランクの冒険者で、今は引退してこの店で店主をやってるってこと。
そして出身地が俺と一緒ってくらいしかわからなかったさ」
後半の一文だけ、日本語で話しかけられて確信する。
もしかしてとは思っていたが、この男。
転移者か。
「ふむ、その話、後で詳しく聞きましょう。
とりあえず何か注文をしてくれれば嬉しいのですが」
前半だけ日本語で返答して、注文を促す。
「そうだな。じゃあ俺はこのフレンチトーストを頂こう──」
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