奴隷勇者
モーニング時のラッシュが過ぎて、アンバーも冒険者としての仕事に出かけた頃。
店内には俺と、例の三人組だけが残っていた。
「やっと静かになったな」
話を切り出したのは、男の方からだった。
「まずは、昨日こいつがやらかした弁償をさせてくれ」
席を立ち、カウンターへハニーブルク金貨一枚を提示した。
日本円に換算して約五千万円である。
請求した金額の数千倍はある。
「かなり多いようですけど」
「心配するな、それは情報料だ」
「……元の世界に帰る方法、ですか?」
彼は俺と同郷の人間だということは、日本語でのやりとりで分かった。
日本語はこの世界にない言語だし、それ故に日本語が使えるということが何よりの証拠になる。
それを使って同郷の人間だと伝えてきたときの、目とそれに伴う意志。
そこから導き出される情報といえば、これくらいしか思いつかない。
「そうだ。
と言っても、帰るのは俺じゃないんだがな」
言いながら、カウンター席に腰掛ける。
「俺は、勇者として召喚された高校生二人に巻き込まれた形で、この世界に来た。
返したいのは、その二人だ」
肩を竦めて言う彼の目には、少しだけ自嘲の色が混じっていた。
一体何を思ってそんな感情を映し出しているのか俺にはさっぱりだったが。
当時の俺なんて『異世界召喚!?マジかよやっべ!?奇跡じゃん最高じゃんっ!?』って、なかなかのハイテンションだったからなぁ。
厨二病患ってたってのもあるが。
「……その二人は今どこに?」
「あぁ。
今は隣のアマイモン王国で、指名手配されてる俺たちを必死に探してるところだろうな、敵として」
……なるほど。
アマイモン王国といえば、最近戦力が大幅に増強されて、隣の大陸にちょっかいをかけようとしてるとかいう話を聞いた気がするが。
その戦力というのが異世界から召喚したらしい勇者であるということなのだろうか。
……だとするとおかしい。
召喚魔法は召喚によって呼び出す相手までこちらが指定できる者ではなかったはずだ。少なくとも師匠が開発した段階では。
それが今になって……というのは、さすがに怪しすぎる。
多少手を加えるくらいならできたかもしれないが……。
とまぁ、それは置いといて。
「殺さずに追い払うためですか?」
最後の『敵として』というフレーズに疑問を抱いた俺は、そんなふうに尋ね返した。
しかし彼は首を横に振ってそれを否定する。
「俺たち三人を召喚した魔法、勇者召喚というらしいんだが、どうもその魔法、勇者として召喚した人間に、隷属と洗脳の呪いを掛けるらしいんだ」
憎々しげに、憎悪を煮詰めたような顔で握り拳を作ってテーブルを叩く。
「隷属と洗脳、ですか」
有名な魔法だ。
ここからさらに東へと向かったところでは奴隷売買が盛んなのだが、その奴隷に強制的に命令を遂行させる為に使っているのがこの二つである。
要するにどんな魔法かというと、文字通り魔法によって対象を術者、もしくは設定された主人に隷属させ、一切の命令に逆らえなくするのが隷属の魔法。
そして洗脳の魔法とは、思考回路だとか精神だとか、人間として理性的に物事を考えるための中枢を毒で犯し、術者の思い通りの思考回路へと変形させてしまうものである。
どちらもこの国を含む多くの国で禁術指定されており、その魔法を使った人物は愚か、その魔法がかけられた道具を使用したり所有することすら許されていない。
彼のいうアマイモン王国はその少数派に分類され、獣人を奴隷として扱うことでかなり有名だ。
「それを解くためには、元の世界に帰る必要がある。
そのために知りたいんだ」
おそらく、彼は元の世界に帰ればその魔法も解けるはずと踏んだのだろう。それでこんな依頼を俺にしてきたのではないだろうか。
……と、最初は思っていたが。
どうやら、元の世界に帰れば解けるという情報は、強ち直感論なんかではないかもしれないな。
少なくとも、何か根拠があって言っているんだろう。
「元Sランクの冒険者で、かつ賢者なんて二つ名を持つあんたのことだ。
何か手がかりくらいは知ってるだろうと思ってな」
元の世界に帰る手がかり、なぁ。
あるとすれば召喚魔法の解析からだろうが、狙って元の座標に帰るのはかなり難しいだろう。
不可能と言っても過言ではない。
俺も厨房に設置してある椅子に腰を下ろす。
「それで、どうなんだ?」
「今のところはないですね。
研究すればあるいは見つかるかもしれませんが、発見を待っていたら、おそらく寿命が先に尽きるでしょう」
世界はここマルクトと元の世界だけとは限らない。
他にも数えきれないほどの異世界が存在している可能性は全く否定できないし、たとえ元の世界へ帰還することができても、到着地点が地球上になるとは言い切れない。
ひょっとすると火星に落ちるかもしれないし、太陽の中かもしれない。
宇宙を彷徨うスペースデブリになることだって考えられる上、運良く地球に帰還できたとしても地中にいるかもしれないし、反対に遥か上空にいるかもしれない。
狙って地球の地上に降り立ったとして、そこが転移する前と全く同じ時間軸にいるとも限らない。
もしかすると江戸時代辺りに飛ばされたり、千年先の未来だったり、マンモスのいる氷河期に飛ばされる可能性も否定できない。
つまり、とても危険度の高いギャンブルになる可能性が否めない。
むしろそうなる確率の方が遥かに大きい。
この広い宇宙の中で、一人漂う異星人の宇宙飛行士を肉眼で見つけようとするくらいには不可能だ。
俺としては勧めることはできない。
そもそも、術式を作れるかどうかもわからないしな。
魔法の法則的な話で。
師匠も、その点で召喚魔法の開発で苦しんだと生前言っていた。
それを俺がやるとなると、一体何年先になることか。
不可能かもしれないし。
まぁ、俺の場合は若返りの魔法があるから寿命を無限に引き延ばせるんだが。
……まだ試したことないから、結果として記憶がどうなるかとかはさっぱりだけど。
「そうか……。
すまない、無理なことを聞いた」
苦笑いを浮かべて謝罪する彼。
そんな彼の姿は、俺の目にはとても哀れに映った。
それは、俺の力不足がそうさせているのかはわからなかった。
わからなかったが。
「待ってください」
そんな彼を、俺は呼び止めた。
何が一体そんなことをさせたのか、明確には自分でもわからない。
道具として利用されているのが数少ない同郷の人間であるからなのか、彼の悲しそうな顔が今の俺の無能感を刺激したからなのか、あるいはそれら全てのせいか。
いや、それもあるだろうが、たぶんこれが一番強い原因だろう。
「?」
振り向き様に首を傾げる男。
そんなかわいそうな青年に、俺は口を開いた。
「その勇者召喚とやらの魔法について、詳しく聞かせてくれませんか?
もしかしたら、なんとかできるかもしれません」
──ここで見捨てるのは、俺の良心が痛むからな。
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