6、地下室
目を覚ますと、目の前に錆び付いた天井。
ここは、どこだ。
黴臭い臭いと、水の腐ったような生臭い臭い。
おれは、何をしていたんだ。
どうしてこんなところにいるんだ。
動けない。おれの手は、頭より上で拘束されているようだ。
首を曲げる。手には、鎖も嵌められていないし、縛られてもいない。
だのに、動かない。見えない力に抑えつけられているのだ。
ここは、どこなんだ。
となりに、金属の手術台のような台が置かれている。たぶん、俺も同じものに寝かされているんだろう。その台の上には、赤い肉片と物凄い量の血液……。肉片は、見たくもないが、指とか頭とか、そういうものを見る限りでは人だろう。
俺も、あんなグロテスクな肉の塊になってしまうのか。
それは絶対に嫌だ。
一刻も早く、こんなところから脱出したい。
ぴたぴた。ぴたぴた
なにかが歩いてくる。
おれの頭の方から来る。首を曲げるが、姿は見えない。
「もう……めりゃんどるかろぢ、を解いても、いいだろう」
意味不明な言葉が聞こえてきた。
一応、日本語を喋っている。人間か?
俺を見下ろす形で、いきなり何かが現れた。
俺のすぐそこに、声の主がいたのだ。
いままで見たことも無いような、不気味な生物だった。
全部で三匹いる。
身長は二メートルくらい。肩幅はあるのに、まるで厚みのない体、体の何倍も長い腕、タコの頭を潰したような顔。
こいつらはたぶん、知的生命体、宇宙人だ。
「なんだ、お前たちは」
言葉が通じるか試した。出した自分の声が震えている。
「なんあ、おあえ、たち、は」
俺の言葉をふざけて真似したようだ。三匹はタコのように体をくねらせた。それが奴らの笑い方らしい。
「われらは、しゅあやらあ、どこ、あてああ、いつ」
意味が理解できない。
奴らはきちんと会話をするつもりはないらしい。
事務的に、ペンほどの大きさのものを取り出した。
もしかして、メスかなにかか?
「俺を、どうする気だ?」
時間稼ぎのつもりで、奴らに話しかけた。その間に、俺の手足の拘束が取れないか試してみる。
奴らは顔を見合わせて何か話した。話し方が気持ち悪い。言葉を発する度に、ウネウネと腕を蠢かす。
「じっけん」
意外にも、はっきりと言葉を発した。
「やまたこくの、ひみこ、は、にんげん、もっと、だしたのに、いまのやつ、ださない。だから、さらって、じっけんする」
邪馬台国の卑弥呼は人間もっと出したのに?
そう聞こえた。
「しゅあやらあ、じっけんし、しゅあやらあ、はってん、する」
そう言ってから、さっきのペンのようなものを俺に近づけた。そのペンのようなものの先端から赤い光が出ている。レーザーメスなのか。
俺の腹を切り開こうとしている!
「待て、ちょっと待ってください! もう少し、何か話してください。あなたたちのことが知りたいんです」
と、口からでまかせに、時間稼ぎをした。
だが、奴らの手は止まらない。
突然、奴らの腹が爆発した。内臓が飛び散った。奴らは驚いて、自分の腹を見た。それから、タコのような赤茶色の頭が豆腐のように飛び散った。
一体何が起こったんだ。
「無事デシタカ?」
声が聞こえた。俺はもう、拘束されていなかった。がばっと起き上がる。全身が恐怖で震えていて、力が入らなかった。
緑色の目をした金髪の美女と、我々人間が大抵想像する、小柄で目が大きく、灰色の肌の宇宙人が二人いた。
「私ノ言語、ハ理解デキマスカ?」
一人の宇宙人が言った。もう一人の宇宙人の方は、腕を組んで俺を見ている。その手には、リモコンのようなものが握られている。
「アナタタチガ、私タチヲ、グレイタイプト呼ンデイルコトハ、知ッテイマス」
今度は金髪の美女が喋った。
「この宇宙人たちは、悪質な種類のエイリアンなのです。我々は、こういう悪い人たちを取り締まるために、地球を見張っている連合軍です」
金髪の美女の方は、日本人と全く変わらない喋り方だった。
「こいつらは、大昔から俺たち人間を誘拐して、実験台にしているようなことを言っていた。それは本当ですか?」
金髪の美女が答えてくれた。美人なのはいいが、全く表情が無い。
「残念ですが、彼らの言ったことは本当です。古代から地球の色んな場所で、エイリアンは人体実験をしているのです。我々宇宙人と、人間のDNAは99.9パーセント同じなので、実験結果が得やすいのです。あなた方も、医療のために、動物を使って実験するでしょう。彼らにとっては、あなたがたが、実験動物なのです」
「そうだったのか……」
俺は、独り言のように言った。
「あなたたちは、俺たち人間の味方の宇宙人ということなんですね?」
「ソチラガ、ソノ、ツモリナラ」
灰色の宇宙人が答えた。金髪の美女が、また言った。
「あなたの味方という認識で合っています。でも、あなたはちょっと知りすぎましたね」
金髪の美女が言った。なんだか、美女の無表情に、寒気がしてきた。
まだ、体が震えている。いや、これは新しい震えなのか。
「俺を……殺すのか?」
金髪の美女は、俺をじっと見つめてから言った。
「いいえ。あなたが体験したこの記憶を抹消します。あなたがこの記憶を持っていることで、また彼らを呼び寄せることになりますから」
灰色の宇宙人が、手にしたリモコンを俺に向けた。
「怖がらないで。心配はいりません。前の記憶は残してあげます。暮らしは何も変わりません。こんなに長い時間、人間と話せたのは、初めてです。それではさようなら」
金髪の美女が、少しだけ笑ったような気がした。
「パパ、パパ?」
声がする。誰の声だ。俊夫の声だ。
「どうしたの?」
俺は、帽子を握りしめて、閉園した遊園地の柵の外にいた。俺はたしか、風に舞って遊園地の中に入った帽子をとってきたんだっけ。
「え、なにが?」
「帽子、取ってきてくれたの?」
「ああ、とってきたよ」
「ここ、遊園地? やめちゃったのかな?」
「そうみたいだね。帰ろうか」
「うん」
何かがいるような気がして、一度、廃園の方を振り返った。でも、やっぱり何もなかった。




