レイジー
「レイジー――切り詰めるだと? どういう事だ?」
カイルの意見をサクリング艦長は尋ねた。
「現状、下層の砲甲板のみが出来ています。甲板をその一層のみに限定し工事を切り上げれば、工期を短縮し進水できます。木材も最小限で済むので在庫に左右されません」
「それでは大砲が十分に搭載できないわ」
カイルの案にクリフォード海尉が反対意見を述べる。カイルから色々教わっていたが、初めて聞く方法に彼女は戸惑っていた
「上層甲板の大砲は搭載しません。大砲の数を減らします」
「攻撃力が低下するじゃ無いの」
しかしクリフォード海尉は反対した。
大砲の搭載数が事実上の戦闘力、攻撃力であり、それが低下することを海軍士官として許容する訳にはいかなかった。
「はい、減らします。しかし、大砲の搭載数を減らし、甲板も一つ減るため艦の重量が削減され全体的に軽くなり艦の機動性が上がります」
「前例が無いわ」
「いえ、海軍ではありませんが海賊達が捕獲したガレオン船の船首楼、船尾楼をノコギリや斧で切断するなどして成功させています」
海賊は大型船を捕獲したが白兵戦を想定して塔のように高い船首楼、船尾楼が伸びている船で取り扱いが難しかった。
しかし大型船は容積と安定性が良いため捨てるには惜しかった。そこで不要な船首楼、船尾楼を切り落とした。
切り落としたことにより
トップヘビー――船体上部が重いことが解消されて安定性が増した。
船首楼に受けていた風圧が無くなり、切り上がり――風上に向かう性能が増した。
船尾楼が無くなり、後ろのマストの操作が容易になった。
などの改善点が見られている。
「でも攻撃力が減ったら攻撃されるわよ」
「現状では戦列艦として運用するにしても六四門しか無いため、敵主力の七四門艦に比べて攻撃力が低く劣勢です。かといってフリゲート艦を相手にするにしても速力が低すぎて追いつけません。ならば多少攻撃力が下がっても速力を上げてフリゲート艦を攻撃するほうが役に立つと思います」
「大砲はどれくらい減るの?」
「甲板一つ分ですから、二〇門ほどですね」
「それじゃあ、等級が一つ下がるじゃないの」
大砲の搭載数によって艦の等級が変わる。
現在は六四門で三等級だが四四門に減るとフリゲート艦の扱いになる。
そして海軍では指揮する艦の等級で艦長の格が決まる。
見栄というのは意外に無視できない要素で発言権や物資の調達などで優先度が変わる。
「構わんよ」
だがサクリングはあっさりと認めた。
「鈍い艦より素早く動ける艦の方が私は好きだ。」
「けど、上手く行くの? 浮きすぎて転覆するかもしれないわよ」
クリフォード海尉は懸念を示した。
船というのは沈みすぎても困るが浮きすぎてもバランスが悪くなり転覆しやすくなる。そのため重量が増えることを承知で船底にバラストを敷き詰めて重心を下げる事さえしている。
そのバランスは長年の経験から割り出す必要があるため下手に動かせない。
まして甲板が一つ無くなると重量配分が変わるためバランスが変わってしまう。下手をすれば進水して直ぐに転覆する可能性さえ有る。
そのような危険を冒す訳にはいかなかった。
「大丈夫なハズです。浮きすぎは船倉にバラストを余計に積む必要が出てくると思いますが全体的に軽くなるはずです」
だが、カイルは自信を持って自分の案を推した。
「確かなの?」
「一晩時間を下さい。大まかな数値ですが出せると思います」
「一晩!」
カイルの言葉にクリフォードは驚きの声を上げた。
確かにカイルの計算能力は高い。天測してから短時間で艦位を測定することに優れている。
だが、艦のバラストを計算するのは別の困難さがある。
船体構造の知識などの高度な知識が必要とされ、熟練の造船官でもバランスを決めるのに何年もかかる。
それを一海尉心得が出すと言っていることにクリフォードは驚きを隠せなかった。
「出来るのかね?」
サクリングはカイルに尋ねた。
「レナウンの設計図があれば何とか。大雑把な数値ですが、最適なバランスと速力が出せると思います」
「解った、やってみたまえ。ここにある設計図で大丈夫かね。足りなければ工廠に命じて出させよう」
「ありがとうございます。出来れば再建造の前、解体したときに切り出した部材の重量があれば良いのですが」
「手配してみよう。無駄かもしれないが」
「ありがとうございます」
「本当に出来るの?」
「細かい数値は出せないけど出来るはずだよ」
会議が終わった後、心配そうに尋ねてくるレナにカイルは答えた。
確かに現代の造船所が行っている様なグラム単位、ミリ単位の計算など無理だろう。
しかし大まかな数字を使えば高校物理程度、いや梃子の原理さえ解れば小学生でさえ重心位置の計算が出来る。
重心計算は要はバランスだ。梃子と同じように距離と重量を掛け合わせて数値が同じなら梃子は釣り合う。この原理を応用する。
まず船に付いている全ての部材の重量と重心位置を特定する。
船の構造は曲線が多かったり小さな部品の集合体甲板の板などがある。カイルはそれらを直線に置き換えたり、大きな塊として捉えて計算する。
そして基準面、通常は首尾線上を中心にXYZの三面を基準とする。
基準となる三面からの対象となる部材の重心までの距離に部材の重量を掛ける。これを全ての部材で行う。
数値が出たら、その数値に計算した部材の合計重量を割れば、その面から重心までの距離が解る。
これをXYZ全ての面で行えば、重心の三次元的な位置が判明する。
そして重量を知れば必要な浮力が解る。
浮力はアルキメデスの原理に基づき押し退けた海水の重さと同じ大きさで上向きの力を受ける。つまり水の重量と同じ体積分、船体が海水に浸かる部分である。
そして浮力の中心は浸かった部分の中心。
浸かるであろう部分を重量計算と同じように数値を出して行き、距離で割れば良い。
重量が水だけなので計算は楽だ。
手計算なので大雑把に空間を区切ったり、重量を切り上げたり、重心までの距離の精度が悪かったりするが、それでも大体の位置を決めるには十分だ。
大枠さえ間違っていなければ、細かい部分は後の調整で何とかなる。
転生前、現役航海士の頃、コンテナの重量計算やバラスト水の注水計算をしていたし本店配属時には設計や新造船建造の助言者としての造船所へ出向するなど、船の重量計算に関しては十分にしている。
計算は全てコンピューターがやってくれるが設定や入力などに間違いが無いか確かめるため、自分で大まかに計算して検証してきた。
間違いは出て来ないはずだ。
エドモントなど計算の出来る乗組員に手伝って貰った事もあり作業は順調だった。
驚いたのはウィルマが率先して計算を手伝ってくれたことだ。
特に計算を教えた覚えは無いのに、彼女は正確無比な素早い暗算能力を見せカイルの舌を巻かせた。どうやっているのか尋ねると足し算引き算が出来るだけで、かけ算は単純にその数を足し上げる――六かける九だったら六を九回足すという力技で計算しており、さらにカイルを唖然とさせた。ちなみに割り算は引き算を繰り返して、その回数と余りを言う――五〇割る七なら五〇から七を引き続けてその回数を答えとして、残った数を余りとして出していた。
レナについてはお察し下さい、としか言いようが無かった。
「これが計画の概略です」
徹夜仕事となったが、カイルはレナウンのレイジー化計画の概要をサクリングに提出した。
搭載される予定の大砲の数と乗員数。
そして工期が何時までに終わるか、も記述していた。
「良く出来た計画案だな。これほどまでの計画書を見たことは無い」
最低限の基準書と勘や経験だけで建造されている海軍では、カイルが出してきた程の計画書を出していない。
「造船官になれば良かったのではないか?」
「海に出る方が好きなので」
「はは、それほどまで好きか。ならばこの素晴らしい艦を操れるよう建造を行い給え」
「はい」
快活に笑うサクリングにカイルは真面目に答え、工廠と計画を話し合うべく席を立った。 こうしてレナウンのレイジー化計画は始まった。




