カロネード
レナウンのレイジー化計画は順調に進んだ。
前例の無い工事だったが、カイルの作成した緻密な計画書が提出され関係各所を説得するのに役に立った。
何より旧式で戦力外と思われる軍艦一隻が占有しているドックが直ぐに空くことが決め手となりレナウンのレイジー化は承諾された。
直ぐに作業が進められたが短時間で終わりそうだった。
何しろ元々取り付ける予定だった甲板が一つ無くなり、現状のまま進水できるからだ。
作業自体もほぼ出来ている船体の不要な部分を切りそろえたり、継ぎ足したりして整える程度で済む。
その作業を進めると共に、進水の準備を始める。
ビルジウェイ――進水台、木製のレールを敷設し船体を乗せたクレードル――船架が滑らかに滑って行く様に滑らかにすると共に石鹸や獣脂を十分に塗っている。
そしてクレードルの土台の前端には木のブロックがボルト止めされて進水まで動かないようにしていた。
一通りの準備が済むと海軍大臣宛に工廠長を通じて進水許可を求める。
進水には海軍大臣の許可が必要だからだ。
対ガリア戦を意識して整備の必要な艦は多いのでドックが一つ空くことに異議は無く直ぐに許可が下りた。
進水は迅速に行われ、レナウンは洋上に浮かんだ。
だが進水を喜ぶ暇も無く、すぐさまグレービングドックへ移動させて船底の整備を行う。
グレービングとは船底を焼き焦がして清掃し、タールを塗り込むことだ。
こうすることでフナクイムシを排除する。
アルビオン海軍ではここで更に銅板を張ってフナクイムシが付着することを防いでいる。
それらの作業を行わなければならない。
そして問題は傾船作業中に判明した。
「大砲が無い?」
傾けて船底を見せ作業がし易くなったレナウンを前にカイルは、驚きの声を上げた。
「どうしてそんな事に」
知らせを持ってきたクリフォード海尉に尋ねる。
「再建造の為、大砲を下ろしていたんだけど、工期が長かったので新造艦の方に流用されたみたい」
工廠の責任者が戦力になるか解らない旧式艦より使えるであろう新造艦に装備を優先した、と言う訳だ。
カイル自身も同じ立場なら同じことをするだろう。
「しかし大砲が無いのはキツいですね」
「とりあえず二四ポンド砲二六門はあるわ」
「上砲甲板に載せる分だけですね」
屋根付きの甲板に載せる主武装の二四ポンド砲が二六門。その上の甲板に乗せる大砲がない。
「他に大砲が無いか探してきましょう」
そう言ってカイルは造船所の中を探し回った。
しかし、他の艦へ装備が決まっている大砲が殆どであり、レナウンに回ってくる大砲は少なかった。
「全部抑えられているか」
出来れば更に一八門搭載したい。それも軽い一二ポンド砲クラスを。
しかし小艦艇の大砲としても需要があり、倉庫には残っていなかった。
「うん?」
その時倉庫の片隅に白い布に覆われた何かがあるのを見つけた。
「何だこれは?」
疑問に思ってカイルが白い布を取り払うと臼のような太く短い大砲が現れた。
「おい、そこの工員! これは何だ」
ガキに言われて露骨に顔をしかめた工員だったが、カイルが海尉心得と知ると姿勢を正して答えた。
「カロネード砲です。軽量で大威力の大砲が作れないかと海軍本部から言われて、工廠で試験的に製造されました。けど作ってみては見たものの射程が短かったので搭載しようとする艦は少なくて、倉庫に保管されています」
「何ポンドあるんだ?」
「二四ポンドです」
「よし、搭載するから準備をするんだ」
「気は確かなの?」
カイルがカロネードを持ち帰ったのを見てクリフォード海尉は叱責した。
「カロネードの事は私も知っているわ。けど、射程が短いので補助兵器扱いよ。正式な大砲として認められず搭載数も少なく評価されるのよ」
「はい。しかし、砲身も重量も従来の大砲の半分なので上の甲板に搭載しても大丈夫です。何より投射量を増やすことが出来ます」
例えば三二ポンド砲の通常砲が自重二.五トンに対してカロネードは〇.八トンと軽く、砲身長は三メートルに対して一.二メートルと短い。
更に衝撃吸収装置が付いたスライド式固定砲架のため少人数で運用可能。前部を軸に左右への指向が容易な構造のため、射界は広い。
「欠点を補って余りある長所があります」
「解ったわよ。あなたが言うんだから根拠があるんでしょう。艦長に伝えてみるわ」
話しを聞いたサクリングは、すぐさま許可を出して搭載を開始した。
「本当にカイルって凄いわね」
宿泊施設のラウンジで休憩していたレナはエドモントに話しかけた。
「航海技術が凄い事は知っていたけど、船の構造とかにも詳しいのよね。本当に何でも出来て凄いわ」
「全くですね」
「よそよそしいわね。いつもの上官風はどうしたの?」
「今はあなたが上官です。失礼」
そう言ってエドモントは席を立った。
「畜生」
失礼とは解っていたが、あのままでは酷い悪態を吐くので離れたかった。事実、誰もいない甲板でひとしきり悪態を言い放つ。
「どうしてカイルばかり昇進するんだ」
一通り悪態を言った後、ポツリとエドモントは呟いた。
エドモントは、紡績工場を営む商家に生まれた。
羊毛や麻をはじめとする繊維加工産業が盛ん、と言うよりそれしかまともな海外に売り出せる産業の無いアルビオンでは地方での紡績が盛んで、外貨獲得のため海外への輸出も行っていた。
エドモントの家も貿易会社や海外との取引が多く子供の頃から海外との触れ合いはあった。
そうした中で海軍に入ろうという思いはあった。
三人の兄がいるのでそのまま紡績会社に入るより一人くらい海軍に入った方が内紛とかないし、自立できると思ったことも確かだ。
商家のため計算や読み書きが得意だったし、海外のことも下手な貴族より知っているという自負もあった。そうした打算から父親に頼んで海軍に入れて貰った。
幸い、海外との貿易や商品の受注などで海軍との伝手もあって、エドモントは知り合いだったレナウンの艦長に頼み込み一〇歳で士官候補生のリストに名を連ねた。
だが、これは海軍での先任序列を意識したものであって、実際に乗艦したのは一年ほど前の一四歳の時だ。
その四年間の間に、身体を鍛え、会社の伝手を使って海外の事情を学び、算術に磨きをかけ満を持して乗艦した。
記録上は四年前に乗艦した先任となっており、先に乗り込んでいた候補生より上位のハズだった。
しかもレナウンは予備艦であり、任務に出て行くことは殆ど無く、海軍の中にあって安全な配置。再び戦争になれば現役となるが、入隊時の国際情勢、百年戦争末期の十年戦争が終わり各国の平和が保たれている状況であり心配なかった。
それなのにレナウンが再建造になる事が決定してフォーミダブルへ移ってから、流れが変わった。
ゴードン・フォードという当時海尉心得の候補生いびりが酷く、何度バッターで叩かれ尻が腫れ上がったのも一度や二度ではない。
それはまだよかった。
頭が悪く、上回っているのは腕力と家柄と年齢と先任序列のみで、何度も任官試験に落ちている下等な奴と見下せた。時折やって来て鬱憤晴らしをしているだけと冷めた目で見ていた。
だが、あとから来たカイルは違った。
確かにエルフという忌まわしい種族だ。だが自分の方が年齢も海軍での経験も上なのに知識も技量も自分より上。
それが虚構でないことは先の海賊討伐で示していた。そして今階級でも追い抜かれた上に、今また軍艦に対する造船知識まで備えている事を示されている。
一方の自分、エドモント・ホーキングには何があるのだ。
ただの商家出身のありふれた士官の一人に過ぎない。
それとも、あんな化け物で無ければ海軍士官が務まらないのか。
サクリング艦長も候補生になる前から異様な程の行動力を見せていた。
レナだって火船の時、異常なくらいの行動を見せて勲章を貰って昇進している。
自分もそんな事をしないといけないのだろうか。
エドモントは自問自答したが答えは見つからず、士官集合の声が掛かるまで悩み続けた。




