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職人ギルド

 レオとの別れから二日が経った、道行く人もあくびするのどかな陽気の午後。


「ごめんくださーい?」


「おう、来たな! 入ってくれ!」


 石造りの建物の中では、十人ほどの男たちが金槌を振るっていた。炉と男たちの熱気に包まれた身体が汗を吹き出す。


 僕とスズはヨハン・スチュアートさんを尋ねて、彼の職場であるリンバス工業組合(ギルド)の鍛冶工房へと来ていた。ちなみにリリィは置いてきた。


「すみません、お仕事中に」


「他でもない命の恩人の頼みだからな! 聞かないわけにいくかよ」


 煤にまみれた顔でニッと笑うヨハンさん。二週間近く地下に閉じ込められ、解放されてから四、五日しか経っていないのにこの元気とは恐れ入る。


「今日お邪魔したのは、こちらの素材を見ていただきたいからです」


「こいつは……黒曜石かい?」


「そうです。魔力と、あと獣の力とかいうよく分からない力が込められているみたいで、結構な価値のある素材らしいんですが」


 立てれば僕の腰くらいまでの長さがある、ひまわりの種にも似た扁平形の黒い石の塊。そう、グランドガーゴイルの破片だ。


 僕らを瓦礫の雨から守ったあの石像、実は素材として相当の価値があったらしく、その所有者つまり討伐した僕らはとんでもない額の臨時収入を得ることになった。

 が、その大半は借金の返済に充てられてしまい、かろうじて僕らの手元に残ったのがこれだけだったというわけだ。借金といってもレオが負っていた四百六十万ミルカの話じゃなく、僕らの捜索費用なのだからごまかしようもない。むしろ、それだけ大掛かりに捜してもらえただけありがたいと思うべきだろう。第一級のレオが一緒にいて幸いだった。


「これで武器か防具を作りたいってことだよな?」


「はい、そうでなくても何か有用なものに加工できないかと思って相談にきたんです」


 ここは鍛冶屋といっても鉄だけでなく魔物由来の素材を扱っている工房だと聞くし、きっと何かいいアイデアがあるだろうと思ったけど……ヨハンさんは腕を組んで難しい顔をしている。


「うーん、そうか。特殊な黒曜石か……」


「扱えませんか?」


「いや、加工することは俺でもできる。だが、たぶん先に『機術士』(エンチャンタ)に見せたほうがいいだろうな」


『機術士』(エンチャンタ)?」


「道具に、色んな力を付与できる職能(スキル)を持ってる連中だ。親方なら腕のいいのを知ってるだろうから、ちっと行って聞いてこよう」 


 程なくして、ヨハンさんは地図の描かれた木の板を持って戻ってきた。✕印で示された店の名前は『機術工房パンゴ』。工房(ここ)からそれほど遠くないし、すぐ歩いていけそうだ。


「そこである程度まで加工してもらいな。今より扱いやすい状態にしてくれるだろうから、そしたら俺のとこで仕上げや装飾までやってやるよ」


 そう言ってくれたヨハンに別れを告げ、『機術士』(エンチャンタ)がいるという店へ。目抜き通りからは少し離れた人通りの少ない場所だけど、どうやらちょっと特殊な装備や装飾品を扱う店が集まる区画らしい。


「あれは……。ご覧ください、クラトス殿」


 ふと立ち止まったスズが視線で指す先には、銀でできた簡素ながら上品な髪飾りが売られていた。欲しいのかなと思ったら、どうやらそうではないようだ。


「あれがどうしたの?」


「あの髪飾りは王都で侍従が付けているものです。それも、王城で王家や将軍家に仕えるような。決して払い下げで出回るような品ではないはずなのに、どうしてこんな場所に……」


「詳しいね、スズ」


「これでも、生まれた家だけは立派でしたから」


 彼女の生まれたクゼハラ家は、大英雄ヤマト・クゼハラの末裔にして現在も将軍や近衛を輩出する騎士と戦士の家系。いろいろあって今は冒険者だけど、幼いころは召使いに囲まれた生活だったのだろうか。


「たまにはそういうこともある、ってことじゃないの?」


「あれはただの髪飾りでなく、密偵の侵入を防ぐ身分証として、また狼藉者を発見した際の武器として機能するよう、種々の術式が埋め込まれた術機巧(パターンド)です。故に取扱は厳重なはずなのです」


 確かに、悪用されれば不都合の多い道具だ。そんな高度で大事なものがこの田舎町の片隅で売られているのは不思議ではある。


「どうする? そんな危ないものなら、一応買いとっておく?」


「あれひとつ持っていた所で侵入できるほど王侯貴族の警備は脆弱ではありませんが、物が物ですし……。いえ、しかしよく見れば金額が」


「あれ?」


 安い。いや、銀の髪飾りとしては高めだけど、スズの言うほど大層なアイテムにしては破格だ。単に価値を知られていないか、あるいは……。


「偽物、とか?」


「いえ、しっかりと術式もかかっているようですし、これは確かに……」


「うーん……」


「仲睦まじくアクセサリーを眺めるような仲だったんだね、キミたちって」


 後ろから突然声をかけられて飛び上がった。慌てて声の主を確認すると、見覚えのある女性が立っていた。


「クニーさん?」


「やあ、先日はどうも。無事に救助されたとは聞いていたけど、お見舞いにいけなくてすまないね」


「クラトス殿、お知り合いですか?」


「そっか、スズは薬で眠らされていたから知らないんだね。この人はクニーさん。あの地下牢にいた人で、スズとレオの居場所を教えてくれた人だよ」


「そうでしたか。私はスズ・クゼハラ。遅ればせながらお礼させていただきます」


「ボクはクニー・パンゴだ。こちらこそお礼を言いたいところだけど、ともかくよろしく」


「パンゴ?」


 クニーの姓は初めて聞いたけど、その単語には聞き覚えがある。たしか、ヨハンさんのところで教えてもらった店の名前は……。


「もしや、『機術工房パンゴ』の方ですか?」


「おや、ウチの店に御用かい?」


「特殊な素材を手に入れたから、見てもらいたいんです」


「なるほど、ボクもちょうど帰るところだったから案内するよ」


 正直助かった。こういう裏路地みたいな場所はたいてい、目的地の近くまで行ってからが本番なのだ。隣の通りだと気づかず、見当違いの場所を何度も何度も往復してしまった経験は誰でも一度くらいはあるだろう。


「それで、評判の『機術士』(エンチャンタ)というのは貴方のお父上か誰かなのですか?」


「いいや? ボクはひとり暮らしさ」


「え、じゃあ……」


「おっと、着いたよ」


 どうやら店は本当にすぐそこだったようで、もう着いてしまった。木製の煤けた看板に『術機巧のことなら貴方のパンゴへ』と書かれている。


「ようこそ、『機術士』(エンチャンタ)クニー・パンゴの工房へ」

前話がプロローグ的な部分で、本話からが時系列順の話になります。分かりにくかったらすみません。


ちなみに『パンゴ』は、センザンコウの英名『パンゴリン』から取りました。声に出したい語感のよさですよねパンゴリン。


(追記)

この話で10万字越えてました! それだけの文字数をお付き合い下さり、ありがとうございます!

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