【番外編】獣使い、約束は守る男になる
他の方の作品によく番外編ってあるので、章が終わったこの機会に書いてみました。
ニーコ回です。
「リリィ、平気ですか? 疲れてはいませんか?」
「へいき」
「うーん、前に来た時はこの辺にいたんだけど……」
獣道すら無い山を、早朝からかき分けかき分け進んで数時間。リリィの体調に気を遣って休憩を挟みながらここまで来たけど、目的の人物が見当たらない。
どこに行ってしまったのだろう。そう思って周囲を見渡す僕らの後ろでは、なぜかオルさんロスさんほか数人の冒険者と町民が列をなしている。
「おいおい、無駄足かよトッシー」
「有翼人種の歌が聞けるっていうから来たのによー」
「あなた方は勝手についてきたんじゃないですか……」
僕らは今リンバス南西の山中、前回ニーコと出会った場所に来ていた。その目的は他でもない、『歌を聴きに行く』という約束を守りに来たのだ。
といってもあれから数日が経っているし、彼女のことだから約束のことなんて綺麗さっぱり忘れているだろうと正直思う。でも、相手が忘れていたからといって約束を破っていい理由にはならない。言ったからにはやるのが筋というものだ。
そしてそんな僕らの行動をどうやってか嗅ぎつけ、勝手にくっついてきたのが後ろの人たちである。
「トリの人、いない?」
「どうでしょう。たまたま狩りにでも行っているのかもしれませんが、そもそもここに定住しているという確証もありませんし」
「まさか、もうどこか遠くに行っちゃったんじゃ」
「いないの……?」
リリィの顔に落胆が浮かぶ。
この子は一度、ニーコの歌に惑わされてフラフラと宿を抜け出し、自失状態で発見されたことがある。要するに有翼人種の歌が効きやすい体質なわけで、山中の危険も考えたら町に残っていてほしかったのだけど、自分も行くと言い張って譲らなかった。
そしてそれはリリィだけじゃない。後ろの人たちのうち、半分くらいは一度ニーコの歌に惑わされた人たちだったりする。
要するに、みんな脳の髄までニーコの歌にハマってしまっているのだ。惑わされている間の記憶は曖昧なのに、何かものすごく楽しいことをしていたという感覚だけが染み付いて離れないらしい。
「諦めるのは早いし、少し周りを探してみようか」
「ええ、せっかくなので後ろの彼らにも手伝っていただきましょうか。土地勘のある者もいるでしょうし」
ついてきた冒険者も巻き込んで山を捜索するが、あの緑色の翼を緑の木々の間から見つけるのは至難の業だ。あまり大声を出すと逆に驚かせてしまったり、最悪近くにいる魔物を呼び寄せる可能性もあるから難しい。
何も成果の得られないまま昼どきを過ぎた頃には、一行の間に諦めの雰囲気が漂い始めていた。
「仕方ない、今日は帰って出直そうか」
「そうですね……。あまり遅くなると、町に帰り着く前に夜になってしまいますから」
夜の森はとても危険だ。そんなところを、リリィや一般市民をつれて歩くのは避けたい。
「トリの人の歌……」
「ごめんねリリィ。また今度、ちゃんと約束をしてから来ようね」
「うん……」
トボトボと歩きだす姿が痛々しい。小さい体で頑張ってここまで来たのだから、できれば聴かせてあげたかった。
僕らが戻り始めたのを見て、ついてきた人たちも引き返してゆく。
「しょうがねぇ、俺らも戻るぞ兄弟」
「腹も減ったしな兄弟」
「うん?」
さっきまでの後ろ、つまり今は僕らの前を歩くオルさんロスさんの後ろ姿を見て、僕の頭に何か引っかかるものがあった。
「クラトス殿?」
「……ちょっと、試すだけ試してみようか」
数分後。
渋るふたりをどうにか説得した僕らは、ひときわ高い木の下にいた。
「こんなもんでいいのかトッシー?」
「そうですねー! なるべく高いところの枝まで登ってください!」
木の上には、オルさんロスさんの姿。幸い高所は平気なようで、するすると幹を登ってかなり高い位置に陣取っている。
「高いところから探すったってなトッシー、木の間を飛ばれたら見えないぜー?」
「とにかくそのままキョロキョロしててくださーい!」
「……クラトス殿、まさか」
僕の意図を理解したらしいスズが不安げな顔をする。正直、果たして上手くいくのか、上手くいったとしてそれはそれで大丈夫なのか、僕にも自信がなくなってきた。
やはりやめた方がいいだろうかと、そんな思案を巡らせていた僕らの頭上から、聞き覚えのある声がした。
「でっかいリスーーーーーー!!」
「うおおおおおお!?」
「きょ、兄弟が狩られたああああああ!!!」
腰から緑色の翼を生やした有翼人種が、オルさんをその大きな足爪で掴んでいた。幸い革鎧の上からなのでオルさんに怪我は無いようだけど、今にも空に連れ去られそうなのか必死にしがみついている。
「遅かったかぁ」
「ドングリを食べてまるまる太ったリスが好物ということでしたが、本当にかかるとは……」
そう、オルさんロスさんはリスの獣人。そしてニーコの好物はリス。ふたりに木に登ってもらえば獲物と勘違いして捕まえにくるかなと思ったけど、まさかここまで上手くいくとは。
「おおおおいロス! どうにかしろぉ!」
「待ってろ兄弟! 今助けに行くぞ!!」
「もう一匹いた!」
「ま、待て! 俺らは食い物じゃねえ!!」
「がるるるー!」
がるるるーは鳥の鳴き声としてどうなのだろう。
喧騒を見上げる僕の服を、隣りにいたリリィが引っ張った。
「お兄ちゃん、オルトリス食べられちゃう」
「クラトス殿、ここからの作戦は?」
「用意してあるけど、やってくれるかなぁ」
でも、やってもらわないといつまでも終わらない。僕は上に向かって叫んだ。
「ロスさん、オルさんの身体をしっかり掴んでください! 脚がいいです!」
「お、おう!?」
「掴みましたね? ではオルさん、飛び降りてください!」
「はあ!?」
「いいから!」
「よくねえ!!」
やはり渋るが、下の僕に向かって怒鳴ったのが良かったのだろう。バランスを崩し、オルさん、そしてオルさんにしがみついていたロスさんは木から落下した。その高さ、ふたりの身長の約十倍。
「うおおおおお……お?」
「お、落ち……ない?」
「うん、さすがに大人二人はね」
ニーコの受けている風の加護はとても強く、それを飛行にも使えば相当重い物も持って飛べるだろう。それでも、鎧を来た大の男二人を足にぶら下げてスイスイ飛ぶなんて無理だ。
「ぴぇぇぇ、おもい~~!」
緑色の翼を必死に羽ばたかせ、ニーコがゆっくりと降りてくる。重いのなら放せばいいだろうに、鳥というのは基本的には一度掴んだ獲物を離さないのだ。いや、今は放してもらっちゃ困るんだけども。
やがて、三人は地面へと降り立った。リリィがニーコに駆け寄り目を輝かせている。
「トリの人……!」
その足元には、顔を青くしたオルさんロスさんが汗だくでへたり込んでいた。
「お疲れ様です、オルさんロスさん」
「し、死んだと思った」
「お、お前、いくらなんでも! いくらなんでも!」
「すみません、リリィのためです」
「それを言うのは反則だぜトッシー……」
この二人は、自分らも捨て子だった経験からかリリィに甘い。ニーコの羽根と握手?しているリリィを見て、どうにか怒りを収めてくれた。
「ぴぇー、羽根なしさんがいっぱい」
「ご無沙汰していますね、ニーコ。リンバス城の地下では助けていただいたそうで、まずはそのお礼を言わせてください。ありがとうございます」
「あ、スズちゃん!」
なんと、スズのことを覚えていた。いくら忘れっぽいといっても、さすがにそのくらいは記憶がもつのかな。きちんと会いに来た甲斐があったようだ。
「僕からもありがとう。それで、今日は君との……」
「ぴぇー?」
「ん? どうしたの?」
「おにーさん、だれ?」
予想外かつ呆れるようなことが起きた時、人は本当にずっこけるのだと僕は今日知った。
「ほら、僕だよ。クラトスだよ」
「ぴぇー?」
「何日か前、スズたちといっしょにここに来たよ?」
「ぴぇー??」
「それでほら、地下でいっしょに石のライオンと戦ったよね?」
「ぴぇー???」
「えっと……その前には、歌を聞きに来るって約束した……」
「歌聞いてくれるおにーさん!」
「ああうん、そういう覚え方なんだね。そうだよ、僕が歌を聞きに来る約束だったクラトスだよ」
「クラトスおにーさん?」
「そうそう」
「クラトシーさん!」
「いや、混ざって……」
「トッシーさん!!」
なんだろう、同じ言語のはずなのに、レオのときとはまた違った意味で会話が成立しない。トッシーさんトッシーさんと連呼するニーコと、勝手に大爆笑しているオルさんロスさんの間で、僕だけが頭を抱えている。
「ええと……。そ、それでですねニーコ、私たちは、いえ、私とクラトス殿は約束通り、貴方の歌を聴かせてもらいに来たのです」
「いいよ! スズちゃんとトッシーさんに歌ってあげる!」
スズ、それとなく矯正を試みてくれてありがとう。効果は無かったようだけど。歌ってくれると分かって周りは沸き立っているし、もうそこを蒸し返せる空気じゃなさそうだ。
「トリの人の歌……!!」
「よーし、例の枯れ池に行こうぜ!」
「実は音響いいんだよな、あそこ!」
「でも町に近すぎてまた誰か来ちまうんじゃねえか?」
「あー……」
「どうする?」
「まあ、客が多くて悪いこたあねえだろ」
……まあ、いいか。これから僕のことも記憶に刻んでもらおう。
以前リリィたちが集まっていた枯れ池に移動すると、あの夜と同じようにニーコが空を背に現れた。あの日は満月だったけど、今日は青空。ライトグリーンの羽根が翡翠のように日光を透かしている。
「こんニーコ! みんなー! ステージの時間だよ!」
有翼人種の歌は耳と心に共鳴する。それは時に人を惑わすけれど、文字通り胸を打つ音色となって世界に満ちてゆく。
いや、違うな。もっとこう、神秘的な歌ならその感想でいいんだけど、この躍動する野生のエネルギーを孕んだ力強い旋律を表現できる言葉がやっぱり見つからない。
「あの、クラトス殿」
「どうしたの、スズ?」
「前回はその、少し距離をおいて聴いていたのでよかったのですが、こう間近ですと……」
「うん、僕も同じことを言おうと思ってた」
身体が勝手に動く。声が勝手に出る。これは、抵抗できそうにない。
ステージが始まって十分も経つ頃には僕らの中にあったタガのようなものはすっかり消え、冒険者も町の人も、みんな空に向かって拳を突き上げ謎の掛け声を張りあげていた。
「ウォイ! ウォイ!」
「ウォイ! ウォイ!」
「ウォイ! ウォイ!」
「ウォイ! ウォイ!」
「ウォイ! ウォイ!」
「ウォイ!! ウォイ!!」
「まだまだいっくよー!!」
翌日、参加者全員が腕と喉の痛みで寝込んだ。
誰が人気なのかとか分からないので、とりあえず個人的に気に入っているキャラで書いてみました。リクエストとかもしあれば感想からください。




