つなぐ一撃
「自慢の拳も石は砕けず、苦し紛れに魔法を唱えたと思えば芋も焼けん火力ときた! いよいよ万策尽きたか!」
男が叫ぶが、気にしない。万策尽きているのは向こうの方だ。たしかにグランドガーゴイルは強力な魔物だけど、相手にとっては正真正銘最後の切り札。ああして安い挑発を繰り返ことしかできないのがその証拠だ。その最後の切り札も、これから打ち破ってみせる。
「レオ、もうちょっとだけ引きつけて!」
返事がない。魔物を翻弄し続けているレオも限界が近い。
「急がないと……ニーコ、お願い!」
「吹ーけー! 吹~け~~!!」
小さな竜巻が起こり、床の埃や小石を巻き上げる。その程度、グランドガーゴイルにとっては耳をフーッとされたくらいのものだろうが、狙いはそこじゃない。
「ニーコ、落として!」
「てい!」
「何? ぐわ!?」
降り注ぐ。敵の頭上に雨となって降りかかったのは、さっき奴がレオに向かって投げた薬ビンの中身と破片だ。これも打ち合わせどおり。
「いいぞニーコ!」
「ぴぇー、つかれた」
「こ、小癪な……!」
さて、ここからが大詰め。イフリートの詠唱から始まった茶番劇もクライマックスだ。
「かかったな! これでお前は終わりだ!」
「なんだと?」
「お前があのグランドガーゴイルを操っているカラクリを見切ったのさ! それだけの薬品を浴びた今のお前に、グランドガーゴイルは従わない!」
自信満々に言い切った僕に、敵がぽかんとした顔になる。そしてその顔はすぐに呆れと嘲笑に変わった。
「何を言い出すかと思えば、我が研究成果も舐められたものだな!」
「なんだって!? でも、あんなに薬品が」
「ふん、多少上塗りしたとて、匂いの判別には支障ないのだよ!」
「……そうだったんだね」
もらった。
敵将を詰めるための駒が揃った。
「レオ、これが最後のお願いだ! 魔物の鼻先をあの『薬剤師』に向けさせて! 【教練の賜物】!」
「残りの全力……持ってけドロボー!」
強化されたレオの拳がグランドガーゴイルの横っ面に直撃し、追撃の光が強引に身体の向きを変えさせた。言葉通り全ての力を使い果たしたらしくそのまま前のめりに倒れる。
「ニーコ! なんでもいいからめちゃくちゃに風を起こして!」
「こーれーでーさーいーごー!」
吹きすさぶ風に埃が舞い上がる。
「何をするかと思えば、この埃に紛れて逃げようとでもいうのかね!? ……な、なに!?」
敵が驚愕の声を上げ、声色に恐怖が混じる。まあ、それも無理はない。さっきまでレオを追い詰めていたグランドガーゴイルが、自分に牙を剥いているのだから。
「気になっていたんだ。お前がどうやって、そのグランドガーゴイルを戦わせているのか」
グランドガーゴイルの背中越しに語りかける。そろそろ、種明かしの時間だ。
「ポイントはふたつ。どの程度のレベルで操れているのか、そしてどうやって操っているのか、だ。ひとつめについては、イフリートの詠唱で簡単に分かった」
僕の詠唱に怯えながら、奴はグランドガーゴイルに僕を攻撃させることをしなかった。つまり奴は攻撃の対象にならないだけで、自在に魔物を操れるわけじゃない。
「ふたつめの疑問は厄介だった。鍵になっていそうなアイテムが、最初に浴びた薬と、ガーゴイルを呼び出した術機巧のふたつもあったから。でも、さっきのお前の言葉で分かったよ。お前は薬の匂いで魔物を遠ざけていたんだ」
「ぐっ……!」
睨むだけで何も言い返してこないのは正解を認めたも同然だ。
「でも風が吹き乱れるこの状況じゃ、いくら嗅覚が鋭くても匂いは関係ない。ガーゴイルは視覚を頼りに獲物を探すだろう。そして今、視力は高いけど視野の狭い獅子の目に映る獲物はただひとり」
お前だけだ。
僕がそう言うと同時、グランドガーゴイルが地を蹴った。轟音を上げて突進する先は。
「ひ、ひいいいい!」
「お前らの実験で犠牲になった人たちの怨嗟を、身体で思い知れ!」
「て、停止! 緊急停止!」
震える手で術機巧を操作すると、男の目と鼻の先まで迫っていたグランドガーゴイルが動きを止めた。安全装置か。
「ま、間に合っ……」
「てない!」
緊急停止くらいは想定内。全速力で駆け寄り、術機巧を力一杯に蹴飛ばした。これで魔物はもう起動できない。
「ぐっ、だが貴様の仲間ももう戦えまい!」
その通りだ。ここまで戦ってくれたレオもニーコも体力を使い果たして倒れている。でも、だからこそ。
「みんながくれたこの一撃を、僕が当てなきゃいけないんだ!!」
右手の拳に渾身の力を込め、男の顔面へ叩き込む。
「こ、この……!」
「まだまだ!」
第二級の『薬剤師』と第五級の『獣使い』。等級は違えど所詮は生産職と使役職だから、近接戦闘力に大差はない。組み合ってしまえば、あとは意地の戦いだ。レオのように一撃必殺とはいかなくても何度でも何度でも打ち込み続ける。
大きく後ろへよろめいた男は、しかしその隙をついて懐に手を入れた。
「舐めるなよ、小僧!!」
「刃物!?」
懐から抜いた短刀が、僕に向けて振りかぶられる。
「……【つぶての名手】!」
「ぐっ!?」
飛んできたナイフが、男の腕に刺さり短刀を止めさせた。
「スズ!」
「クラトス、殿……止めを……!」
まだ薬の抜け切らない身体を引きずるスズに背中で返事をし、拳を振りかぶる。
「これで……!」
「ひっ」
「終わりだ!!」
男の顎が砕けた感触が、僕の右手に伝わった。
ここで曲がりなりにも肉弾戦を経験したことが、後々になって身を助ける……かも。
やっぱり上に立つ者、指示を出す者は人を殴る痛みを知らないといけないと思うのです。
さて、この小説を読んで下さっている中に理系学部の学生、卒業生がどのくらいいるか分かりませんが、そういった方々には『いろんな薬ビンが頭の上で割れてガラス片と一緒に降ってくる』という状況の恐ろしさが分かるのではないかと思います。
少なくとも、私は平静を保つ自信がありません。




