窮鼠、獅子を噛む
「レオ! 罠だ!!」
間に合わない。また先手を取られた。
「獣の力を我が物とした我々の真髄、とくと見よ!」
術機巧には、使用者が魔力を込めて起動するものと、予め込められた魔力で起動するため誰にでも扱えるものとがある。今起動させられたのは前者らしい。
表面に刻まれた魔術回路が光と熱を帯びると同時、地下室が大きく揺らいだ。天井に亀裂が走り、上からの超荷重に耐えきれずたわむ。そして。
「ゆけ、奴らを噛み殺せ!!」
「獅子の石像……ガーゴイル!?」
天井を破り現れたのは、翼を持つライオンの像。神殿の屋根にでも鎮座していそうなそれが、明確な敵意を持って僕らに牙を剥いた。
「クラトスさん、下がって!」
「レオ! 待って!」
あれは、さっきまでの即席魔物とは格が違う。そう制止する間もなく、全身に光を纏ったレオが突貫した。
「っ! 痛ぁ……!!」
優速を活かして脳天に叩き込まれた拳が難なく弾き返された。光の奔流も石の表面を撫でるばかりで意味を為していない。その光の残滓すらも、怒気を孕んだ咆哮が上がると跡形もなく消し飛んだ。
「レオ、大丈夫!?」
「ええ。でも、これはなかなかカタいッスね……」
「レオの攻撃で欠けもしないなんて、あれはただのガーゴイルじゃない。伝記で読んだガーゴイルはもっと小さくて、攻撃的ではあっても敵意や殺意なんて持たないゴーレムに近い存在だったはずだ」
外敵を排除する任を与えられた神殿の守護者、それがガーゴイルだ。魔王の魔力に汚染されて人間を見境なく襲うようになった例もあるけど、それにしたって所詮は人形。狂気の目で睨み、怒りの咆哮なんてものを上げるとは思えない。
「それをただの石くれと思うな。黒曜石の素体に、魔力と獣の力を惜しみなく注ぎ込んで生み出した超常の魔物。獣型の石像ではなく石の獣、グランドガーゴイルよ!」
硬いけど脆い黒曜石に獣の因子を入れることでしなやかさを付与したのか、あるいは内包する魔力の桁が違うのか。いずれにしても、尋常じゃない強度の持ち主だ。レオの攻撃で砕けないとなると、僕らのパーティには、いや、もしかしたらリンバス全てを探しても、あれを倒せる冒険者はいないかもしれない。
「こんのぉ……!」
「どうしたどうした野生児! さっきまでの威勢はどこへ行った!?」
レオも流石に攻めあぐねている。今は攻撃を躱して凌いでいるけど、彼女の身体だって本調子ではないのだ。そう長くはもたない。
まずい。これは本当にまずい。レオに倒せない相手なんてそういないと思っていたからこそ少し気楽に構えていたけど、これほどの敵が現れるなんて。そうと分かっていたら、不用意に地下へ潜ったりしなかったのに。
「クラトスさん! あたしはまだ負けてないッスよ!」
「ッ! ごめん!」
レオに怒鳴られて、ハッと我に返った。
今は、後悔している時じゃない。旗色は悪いけどまだ負けてないんだ。
考えろ。どうすればいい。どうすればあの石の魔物に勝てる。こんな時、過去の英雄たちはどうしていた。かの豪傑たちは、どうやって強敵を斬り伏せていた。
「……いや、違う」
今の僕が倣うべきは、一騎当千の戦士ではない。思い返すのは、絶望的なまでに不利な戦況を知恵と機転で切り抜けた英雄たち。記憶にある『軍師』の背中を必死に追う。
思い出せ。軍師たちが編み出した数多の戦術の中で、もっとも効果的かつ基本的な逆転術は。
「夷を以って夷を制す……!」
強大な敵がいるなら、敵同士で争わせてしまえばよい。
勝機が、見えた。
(またあとがき抜けてた)
昨日評価くださいって書いたらホントにくれた方がいらっしゃる……ありがとうございますありがとうございます
もう少しで今の章が終わるので、改めてお付き合いいただけると幸いです。
ちなみに今回登場した名言『夷を以って夷を制す』は、ゴカーンの書のトーウ・デンという話に出てきます。後漢書じゃありません、ゴカーンの書です。




