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獣姫と歩む英雄譚 ~調教スキルで勇者討伐~  作者: 黄波戸井ショウリ
第1章 獣使い、捨て猫幼女をひろう
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月下の小さな英雄譚

 時は過ぎ、その日の夜、満月が高く昇った頃。僕らは、目的の森にいた。


「【蛇の眼】!」


 職能(スキル)で視力を強化したスズが、夜の森を疾走する。

 その両手には、鍋。鉄の鍋。それを、離さないようしっかりと握りしめている。


 そう、木だらけの森で鍋を振り回しながら走っているのだ。当然、ゴンガンゴンガンとすさまじいまでの音がする。それが鉄であり、人間の使う恐ろしい道具だと知っている小動物や鳥たちが飛び上がって逃げてゆく。


 だがその中にあって、近寄って来るものがいる。


 人の味を覚えた、己の力に自信を持つ存在。


 つまり、魔物たちだ。


「……敵影見ゆ!」


 スズの目が、月灯りに照らされた灰色の群れを捉えた。そしてその中心には、ひときわ大きな身体と美しい光沢を持つ個体。アントクイーンと、女王を護衛するソルジャーアントたちだ。

 スズは鍋を放り捨て、懐から木の筒を取り出した。筒から伸びた導火線に火を付け、天に向ける。


「後は頼みますよ、クラトス殿!!」


 夜空に花が咲いた。

 冒険者が合図に使う花火だから、決して派手なものではない。でもそれは、僕らにとっては一足早い勝利の花冠だ。


「【猛獣調教】を以って命ずる! みんな、突撃!!」


 スズの役目は、敵を誘い出し、味方にその位置を知らせること。文字通りの『斥候』(せっこう)だ。スズはそれを完璧にこなしてくれた。

 おかげで、敵の場所ははっきりと分かる。ここからは僕の役目だ。


「目標は正面の魔物たち! 全員、全力で突っ込んで!」


 (マタロー)に跨った僕と、十匹の羊がソルジャーアントに殺到する。【教練の賜物】で強化された羊の群れは、猛牛並の攻撃力を誇る。人間であればひとたまりもない。


「ッ! やっぱりこのくらいじゃ怯まないか!」


 だが、敵は動じない。彼らは知っているのだ。多少強化されていようと、羊ごときに自分たちが負けるわけがないと。

 そう、羊や猛牛では彼らに勝てない。魔物に勝つために必要なのは、人間の冒険者か、もしくは……。


「今だ! 散開!」


 マタローが右へ跳躍し、ソルジャーアントの群れの右側へ着地する。

 羊たちが左に逸れ、ソルジャーアントの群れの左側をすり抜けてゆく。

 そして。


「行っけええええええええ!!」


 僕の声に応えるように、森の暗がりから黒い影が次々に飛び出した。


「プギィィィィィィィィィ!!」


 それは魔物の群れ(ブラックボア)。リンバス近くに陣取っていた魔物の群れが、女王を守る兵隊アリへと突っ込んでゆく。

 魔物には、魔物をぶつける。それが『獣使い』(ビーストテイマー)の本領だ。


 作戦の成功に安堵する僕の目の前で、黒のイノシシと灰色のアリたちは大混戦へと陥りつつある。


「アリシアさんの予想は合ってた、のかな。よかった……」


 リリィを拾った日、僕の【猛獣調教】ではブラックボアたちを操ることはできなかった。

 それはなぜか。


 答えは簡単。僕の力、アリシアさんの言葉を借りれば『魅力』が足りなかったからだ。僕らを襲おうという意思を捻じ曲げるには、僕という『獣使い』(ビーストテイマー)の魅力は不足していた。だから僕の命令は無視されてしまった。


 では、それがもしも魅力的な命令だったらどうだろう。

 僕らを追いかけようとする魔物に、こう命じたら、どうなるだろうか。


獲物(ぼくら)はこっちだ、追ってこい!』


 魔物は一心不乱に追ってくるだろうと、僕は考えた。そして、事実そうなった。

 リンバス近郊からこの森まで、ブラックボアたちは僕と羊たちを追ってきて『くれた』。


 あとは、先行したスズが討伐対象を見つけ出すのを待ち、群れ同士をぶつけてやるだけだった。数に劣れど、力は僕の【教練の賜物】で強化済み。三十体を超えようかというソルジャーアント相手に、十数匹のブラックボアたちが善戦している。


「スズ! 今だ!!」


 状況は大混戦。

 普段はアントクイーンを護っている近衛兵も、ブラックボアに気を取られて背後が見えていない。


 僕らは、この状況を待っていた。


「【疾風怒濤】!!」


 【潜影】で背後に回り込んだスズが、アントクイーンの首を刈り取った。

 ひと抱えはある巨大な頭がボトリと落ちると同時、ソルジャーアントに動揺が走る。その隙を逃さずブラックボアたちの牙が見舞われ、ソルジャーアントの数はみるみる減ってゆく。

 ちりぢりになって逃れるソルジャーアントもいるが、群れていない兵隊アリなど敵ではない。スズの刃が月光に煌めくたび、羊たちが突進するたび、為す術もなく倒され積み上げられてゆく。


 結果、アントクイーンが死んでから数分もたたず戦いは収束した。

 後に残ったのは、ソルジャーアント三十二匹、ブラックボア十一匹の死骸のみ。わずかに生き残ったブラックボアもいたはずだが、傷を負って森へ逃れたのか姿は見えない。


「クラトス殿! 素晴らしい、素晴らしいです! あなたの作戦が、あんなにも多くの魔物を討ち取りました!!」


「スズのおかげだよ。アントクイーンを一撃で仕留めてくれて、本当にありがとう」


 追撃を終えて戻ってきたスズが、息を切らせて頬を上気させている。おそらく、僕も同じような顔をしているだろう。


 作戦を立てたのは僕だけど、スズの働きがなくては実現できなかった。リリィと出会わなければ作戦を思いつくこともなかった。

 これは、僕ら三人の勝利だ。


「ではクラトス殿、これで……!」


「うん。初依頼、大成功だ!」


 月の光に照らされながら、僕らは抱き合って喜んだ。

かなり危険な作戦ですが、

①戦闘開始と同時に敵を混乱させ

②指揮官を倒して統率を奪い

③敗走する敵兵を殲滅する

という、戦争の最も基本的ともいえる戦術です。敵同士をぶつけることで、味方の損耗を減らすというのも兵法の基本ですね。


この章もあと少しで終わりです。

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