赴く者、見送る者
宿で疲れを癒やし、迎えた翌日。昼時を前に、宿屋一階の酒場は食堂として賑わいを見せ始めている。
「いいですか、リリィ。食事の代金はもう宿に払ってありますから、毎日二食きちんと食べるんですよ」
「食べる」
「知らない人が来ても、決してドアを開けてはいけません」
「開けない」
「出かける時は人通りの多いところだけ選んで歩くこと」
「そうする」
「危ないと思ったら、迷わず大声を出すこと」
「がんばる」
「ねえスズ、そのくらいでいいんじゃない? リリアーナだって」
「リリィ」
「……リリィだって、もう小さな子供じゃないんだから」
危険な冒険にリリアーナを連れて行くことはできない。なので、三日ほど宿で留守番をしてもらうことになる。その間の注意事項をスズが言い聞かせ始めて、もう二十分が過ぎていた。
黒髪に金眼のスズと、白髮に碧眼のリリアーナ。こうして並んでいると、まったく似ていないのに姉妹みたいだ。町を歩けば美人姉妹として評判になるかもしれない。
いや、年齢差でいえば姉妹なんだけど、雰囲気はどっちかといえば母娘に近いか?
「いけませんクラトス殿。子育てでは『これくらい分かっているだろう』というのはとても危険なのです。少し過保護なくらいで良い塩梅と思って間違いありません」
「リリアー……」
「リリィ」
「……リリィだってわずらわしくない?」
「平気。お母さんはいつも忙しくて口うるさく言われたことないから、面白い」
「素直に聞くのならそれに越したことはありません」
スズはいいんだろうか。すでに比較対象がお母さんになってるけど。
「クラトスこそ、言われなくてもリリィって呼べるようになって」
「う、うん。あんまり人をあだ名で呼んだことって無いから慣れなくて」
しばらくは僕らが親の代わりだよ、と言ったら、なら親と同じようにそう呼んでと言われたのが昨夜のこと。流石に一晩では馴染めない。
スズの方は、もう何の違和感もなくリリィって呼んでるけど。
「こらリリィ! クラトス『さん』だと何度言ったら分かるんです!」
「いいよスズ。僕は別に呼び捨てでも」
「いけません。礼節というのは、子供のうちに身につけなくては一生苦労するのです。今から年上の男性を呼び捨てにしているようでは先が思いやられます」
「やっぱりスズ、うるさい」
「スズ『さん』です!」
「……なんだか、他人みたいでイヤ」
「うっ」
寂しげな顔でそう言われると、親の代わりと言った手前スズも強く出られない。天然なのか計算ずくなのか分からないけれど、この子、割りと末恐ろしい。
「かと言って、呼び捨てを許すのもよくありません。お父さん、お母さんと呼ばせるのも変ですし」
「お父さんとお母さんはカシア村にいる」
「何か他に呼び名があればよいのですが」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん?」
「うん、歳の差を考えれば、それが自然ではあるよね」
「……まあ、当面はそれで行きましょうか」
妥協点が見つかったところで、そろそろ出発の時間だ。ちょっと前段階が長かったけれど、僕らの、冒険者としての初仕事がようやく始まる。
「最後にもうひとつだけ。ひとりではどうしようもなくなった時は、ギルドにいるアリシアという女性を頼ってください。お話しは通してあるので、力になってくださるはずです」
ひとりではどうしようもなくなる時。
その中に、僕らが今回の冒険から帰ってこないことも含まれているのは、おそらくリリィも察している。死が常に隣り合わせの危険な仕事だけど、それでも行くのが冒険者で、見送るのが家族だ。
「うん、そうする。じゃあクラトスお兄ちゃん、スズお姉ちゃん、いってらっしゃい!」
「行ってくるね」
「すぐに済ませて帰ってきますから、いい子で待っているんですよ」
喧騒に満ちた正午のリンバスへ、僕らは踏み出した。
※夕方6時ごろにもう一度更新します。戦闘話です。
ヨーロッパでも日本でも、古くは一日二食が普通だったそうですね。同じ二食でも昼食と夕食だったり、朝食と夕食だったりとパターンがあったようです。
その後、日本では十七世紀(江戸時代)から一日三食をする人が出てきただとか、西洋ではエジソンがトースターを売るために一日三食を励行しただとか、いろんな話があります。この辺りのことは調べてみると終わりがありません。
ともあれ、作中世界は一日二食がメインです。




