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獣姫と歩む英雄譚 ~調教スキルで勇者討伐~  作者: 黄波戸井ショウリ
第1章 獣使い、捨て猫幼女をひろう
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ダイヤモンド・リリー

「じゃあ、行ってくる」


 幸運なことに、翌日は快晴だった。正午近くの太陽は高く、汗ばむ陽気を送っている。

 おかげで道中は難なく進み、僕らは今、リンバスの西にある寒村、カシア村の近くにいた。


 カシア村がリリアーナの故郷であることは、彼女の口から確認がとれている。今さら行きたくないというリリアーナを説得するのには苦労したが、最後にはスズがどうにか聞き出してくれた。

 とはいえ村にいきなり連れて行くのはリリィの身に危険もあるだろう。そう考えた僕らは、まず僕が両親に話を聞きに行くことにした。


「クラトス殿なら危険は無いと思いますが、くれぐれもお気をつけて」


「…………」


 心配してくれるスズと何も言わないリリアーナを後に、村へ向かう。青空の下、やや高台から下る形で、田舎道とも獣道ともつかない道が村へと続いている。

 そうして村に近づいてみて実感したのは、地図に書いてあったのが不思議なくらいの本当に小さな農村だということだ。一面の麦畑の中に点々と家が散らばっているだけで人通りもろくにない。でもおかげで、リリアーナの家の場所はすぐに分かった。

 粗末なドアの前に立ち、深呼吸して、ノックを……。


「では、私はこれで」


 しようとしたら、中から開いた。


「おや、どなたかな」


 出てきたのは、立派な髭をたくわえたお爺さんだった。服装からして立場のある人に違いない。たぶん、この村の村長なり長老なりといったところだろう。


「あ、えっと、僕はクラトスと言いまして、冒険者です」


「冒険者が、うちに何か御用でしょうか……?」


 家の中から顔を見せたのは、二十代半ばの男女。リリアーナの両親だろう。ふたりとも薄い金髪なところを見るに、白髪のリリアーナはその薄さを父母から受け継いだらしい。かといって似ていないということは決して無く、瞳の色は母似、目元は父似だった。


「娘さんの、リリアーナさんのことでお話しが」


 リリアーナの名前を出した途端、三人の顔が険しくなった。どうやらしくじったらしいと気づくがもう遅い。


「帰ってくれ」


 両親の態度が、明らかに硬化した。


「いえ、でも……」


「あの子は、リリィはもう死んだんだ。何の用があったのか知らないが、帰ってくれ」


 父親が閉めようとするドアを掴んで押しとどめる。女神からの託宣を受けていないのだろう、腕力では僕に分がある。


 地域によっては、「女神の託宣を受けることは、魔物と戦い世界を守ると誓うことだ」という考えが根強いと聞いたことがある。そういった地域では生涯を通して職業(ジョブ)を得ずに暮らす人が大半だという。ギルドのあるリンバスからほど近いこの村がそうなのは意外だったけれど、今回はそれが幸いした。


「頼むから手を離してくれ。娘は死んだって、そう言ってるだろ!」


「死んでません!」


 閉じようとするドアを強引に開け放ち、大声でそう叫んだ。

 両親の動きが止まる。


「死んで……え?」


「娘さんは死んでいません。僕らが保護して、今はリンバスにいます」


「そんな……」


 驚きか、喜びか、あるいは恐怖か。母親が口元を抑えている。


「よければ、娘さんがあんな場所にいた理由を教えていただけませんか。もし何か事情があったのなら、僕が力になります」


「理由は、その……」


「横から失礼。それには私がお答えしよう」


 言いよどんだ父親と僕の間に、老人が割り込んできた。異様に鋭い目と魔法使いのようなヒゲのせいだろうか、放つ威圧感がすさまじい。

 たじろいだのを悟られないよう精一杯平静を装いながら、僕は老人に向き合った。


「えっと、あなたは?」


「これは失敬。このカシア村の長を務めている者です」


「改めまして、冒険者のクラトス・メイヴです」


 やはり村長だった。眉間に刻まれた皺がその思慮深さを物語っているようだ。たまたま居合わせてしまったのは不運か、それとも幸運か。


「さて、なぜあの娘を村から追放したか、でしたな。それは貴方もご存知でしょう。このふたりの娘リリアーナは、身体が獣のそれに変わる奇病に冒されたのです」


「獣化症候群、ですよね。頭に耳としっぽが生える」


「左様です」


「では、その対応は間違っています」


 僕の否定に、老人は小さく眉をしかめた。


「間違っている、とは?」


「獣化症候群は無害な病気です。外見が変わるだけで痛みも苦しみもないし、人から人へ感染ることもありません」


「はい、そう云われていますな」


「……え?」


 さも当然といった様子の村長に、今度は僕が当惑した。

 僕やスズはてっきり、獣化症候群への無理解が原因だと思っていたのだ。だから正しい知識を伝えれば解決するかもしれないと、そう踏んでいた。証拠となるよう、リンバス・ギルドの事務主任にして獣化症候群患者であるアリシアさんの署名ももらってある。


「三ヶ月ほど前から王都を中心に流行しだした奇病。患者数は、一ヶ月前の時点で千人ほど。次第に感染は広がっていますが、この病気による直接の死者は今のところ無し。そう聞き及んでおります」


「そこまで知っていて、それなのになぜ発症したから山に捨てるだなんてことを……?」


「逆に尋ねますがクラトスさん、なぜ安全だと確信できるのです」


 そう聞かれて、僕はとっさに答えられない。


「後から、実は有害であった、人同士で感染る病気だった、そう分かる可能性をなぜ否定できるのです」


「それは……」


「カシア村は見ての通り寒村です。仮に疫病が発生したとて、王都が救いの手を差し伸べる保証はありません。ですから、切る。それが、この村の長たる私の責務なのです」


 言い返せない。

 獣化症候群が見つかって、まだたったの三ヶ月。分からないことだらけのこの病気が牙を剥いた時、僕に責任をとることはできない。


 それでも。


「……それでも僕はリリアーナを助けます。来るかも分からない未来を怖がって、目の前で雨に打たれている子供を見捨てるなんて出来ない」


 奥で母親が震えているように見えるが、表情は伺えない。


「クラトスさん、貴方はまだ若い。子供を育てるというのは、そんな容易いことではないのですよ」


「そうかもしれません。でも、ここでリリアーナを見捨てたら、きっと僕はこの先すべてを妥協してしまう。そうはなりたくないんです」


「左様ですか。ならば私から言うことはありません。あとは当人たち次第ですな」


 それだけ言い残して、村長は一歩引いた。


「……帰ってください」


 薄暗い家の中から両親が言うことは、やはり変わらない。


「もう一度だけ訊きます。娘さんといっしょに、他所でやり直すことはできませんか」


「私たちは十年前にこの村に来て、最近になってようやく十分な麦がとれるようになったんです。この村を追い出されて、また一から畑を作るような蓄えはもうありません」


「今の俺たちには、リリィを捨てるか、一家心中するかしかないんだ。どうしようもないんだ、どうしようも……」


 僕はもう何も言わず、来た道を歩き出した。




「……クラトス殿、お疲れ様です」


 村外れまで戻ってきた僕をスズとリリアーナが出迎えた。ふたりとも、顔に表情がない。


「ごめん、説得できなかった」


「申し訳ありません、知っております」


「え……?」


「リリアーナの希望で、私の【潜影】を使って近くから聞いておりました。耐えきれず途中で戻ってきてしまいましたが……。勝手をしてしまい、本当に申し訳ありません」


 気配を消す職能(スキル)だ。全く気付かなかった。

 でも、それで僕の後をつけていたということは。


「り、リリアーナ……?」


 両親の言葉を、リリアーナは聞いている。聞いてしまっている。


「どうかしましたか? もともと分かっていたことです。今さら気にすることでもありません。さあ、リンバスへ帰りましょう」


 顔を伏せたまま早口でそう言い、前に立って歩き出す。

 言葉は強気でも、声と背中は小さく震えていた。


 当然だ。望んでついてきたということは、ああ言いつつも少なからず期待を持っていたはずなのだから。


 どんな言葉をかければよいのだろう。

 僕とスズには、黙ってリリアーナのうしろを着いてゆくことしかできない。それでも、何も言ってやらないわけにはいかない。


「あ、あのさ、リリアー……」


「……マタロー?」


 僕の言葉が届く前に、リリアーナが足を止めた。

 見つめる前方には栗毛の馬が一頭、木に繋がれていた。


「知ってる馬なの?」


「うちで飼っていた馬です。なんでこんなところに」


 近づいてみて、気づいた。

 たてがみに、花が挿してある。


白百合の花(リリアーナ)……!」


 思わず声が出る。

 間違いない。リリアーナの両親が先回りして、置いていったものだ。


「もしかして、リリアーナを助けたお礼ってこと……?」


「手切れ金というわけですか。畑と交換でやっとゆずってもらった馬なのに、なにをしてるんですか……!」


 僕も田舎の生まれだから分かる。農家にとって、馬は家や畑と並ぶ大事な財産だ。気安く手放せるようなものではない。


 それを前にして、リリアーナの表情は晴れない。その怒りをどこにぶつけていいのか分からなくなっているのかもしれない。


「手切れ金というわけでは、ないかもしれませんよ」


「スズ?」


 後ろで見ていたスズが、馬に近づいてゆく。そのままたてがみから花を外すと、リリアーナに手渡した。


「白百合にも様々ありますが、これはダイヤモンド・リリーという花です。かつて異国から持ち込まれ、今では野山でも見かけるようになりました。大切な人との別れに贈る花とされています」


「大切な人との……?」


「その意味は、『また会える日を楽しみにしています』」


「……!!」


 諦めていない。

 リリアーナの両親は、リリアーナと暮らすことを諦めていない。


 貧しい現実はすぐには変わらないし、今は三人で村を出ることはできない。けれど、いつかきっと会いに行く。そう言っているのだ。この馬は手切れ金でなく、養育費の頭金だ。


「何を、言ってるのよ……。毎日毎日畑を耕して、それでも食べていくのがやっとで、何年もかけて手に入れたマタローまで人にあげちゃって、それなのに、それなのに……!」


 張り詰めていた糸が切れたのだろう。

 初めて、リリアーナの涙を見た。歳相応の話し方を聞いた。


「スズ、ありがとう」


「クラトス殿?」


「スズの言うとおり、来てみてよかった」


「……こちらこそ、我侭に付き合っていただいたお礼を言わせていただくほうですよ、リーダー殿」




「さあ、名残惜しいけど、日が暮れる前にリンバスまで帰らなきゃ」


「そうですね」


「……うん」


 敬語をやめたのは、彼女なりの意思表示だろう。まだちょっとぎこちないけど、それはこれから次第だ。


「しかし、こうなってはやはり依頼は諦めるしかないですね……」


「そうだね。でも、それ以上の成果はあったわけ……」


 足を止めた。

 足りなかったパズルのピースがはまるように、僕の中で考えが組み上がってゆく。


「クラトス殿?」


「できる」


「できる、とは?」


「依頼をこなす方法が、ある」


 その日、僕らは急いでリンバスへと帰り、閉まり際の市場で持てるだけの鍋と花火を買い込んだ。

ダイヤモンド・リリーは正式名をネリネという、実在の多年草です。白やピンクの花がボール状に密集して咲くのが特徴とされます。花言葉は作中の通り。

遺伝子解析に基づく現在の分類ではヒガンバナ科に分類されていますが、それ以前の分類はユリ科でした。なので本作でもユリということにしています。

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