第14話 手に入れたいもの
なんでも願いが叶う薬はないかとぼやいたリュミエルは、リュシアンが言っていた言葉を思い出した。
『“天空の宝”――それがあればどんな願い事でも叶う』
※
決意のこもった翠の瞳で見あげてくるリュミエルを、リュシアンは瞠目して見つめ返した。
「おい、急になに言いだすんだ……」
強張った表情にふっと苦笑を浮かべて、リュシアンが言う。
冗談で言っているとリュシアンが思っていることに気づき、リュミエルはつかつかと部屋に足を踏み入れ、リュシアンの前に回り込む。
「冗談なんかじゃないないわよ?」
一人掛けのソファーに足を組んで座ったリュシアンの前に立ったリュミエルは、真剣な眼差しでリュシアンを見据える。胸の前で固く手を握りしめた。
「私はどうしても手に入れたいものがあるの。そのためには王立魔術学校に入学しなければならなくて今まで一生懸命勉強してきたけど、このままじゃたぶん王立魔術学校には入学できない。もう残された時間があまりに少なすぎる、でも、天空の宝を見つけられれば――?」
一縷の望みを見つけて、リュミエルはぎゅっと唇を噛みしめる。
「天空の宝があればどんな願いでも叶うのよね? それなら、もう私には天空の宝に望みを賭けるしかない。私も一緒に天空の宝を探すわ――」
言い切ったリュミエルに、リュシアンは鋭い眼差しを向ける。
リュミエルの言動の真意を測るように、一つ残らず真実をすべて見抜くような眼差しを向けられて、リュミエルは内心どきっとするが、自分の決意が本物だとリュシアンに認めてもらえるように強がってリュシアンを睨み返した。
「本気で言ってるのか? そんなどこにあるかもわからないものを探すと――?」
「本気よ。どこにあるかはわからないけど、その存在は確かなんでしょう? だって、だからリュシアンはそんな必死になって探しているのでしょう?」
まっすぐ向けられたリュミエルの翠の瞳に光が反射してきらりと瞬いた。
しばらくリュミエルをじっと見ていたリュシアンは、やがて諦めたように横に視線をずらしてはぁーとため息をついた。
「……まあいいか。もともと気安く天空の宝のことをリュミエルに話したのは俺なんだし。だけどそんな簡単に決めていいのか? 探すったって、王都の採掘場に行くのとはわけが違うんだぞ? 何年も、何十年もかかるかもしれないのに、親御さんは許してくれるのか?」
「それは……たぶん、大丈夫だと思う。私……」
そこまで言ったリュミエルは、くしゃっと顔を泣きそうに歪めて俯いた。
「私は薬屋の本当の子供じゃないから……、どうしても行きたいって言えば、許してもらえると思う……」
今まで両親はリュミエルがやりたいと言ったことには快く承諾してくれた。夜中に急にオムレツが食べたくなった時も母さんは嫌な顔一つせずに美味しいオムレツを作ってくれた。王立魔術学校に行きたいと言った時も頑張れと応援してくれて、高い予備校の学費や受験料も払ってくれた。薬屋の手伝いをすると言うと、勉強を優先しなさいと言ってくれた。少しでも学費の足しになればと、自分で作った薬を混ぜた“恋の叶うクッキー”を売ってみたいと言った時も、新しくていいと褒めてくれた。
そんな優しい両親が自分の実の両親でなかったなんて信じられないが、リュミエルが天空の宝を探しに旅に出たいと言ったとしても、両親は反対しないだろう。
「…………」
リュミエルの話を聞いて、リュシアンはなにか考えるように黙り込んだ。
あんまりリュシアンが黙っているので、リュミエルは焦れるようにじっとリュシアンを見つめる。
その視線を感じてリュシアンが顔を動かすと、じっとこちらを見つめているリュミエルの瞳に言い知れぬ熱が宿っていた。
思いつめたような眼差しが身につまされて、リュシアンはくしゃっと前髪をかきあげて、斜めにリュミエルを見据えた。
「どんな事情があるかわからないが、両親のことは大切にしろよ」
言いながらリュシアンは、あやすようにリュミエルの頭をぐりぐりとなでた。
「とりあえず両親の許可を貰ってこい、それなら俺に文句はない。それに、ちょっとあてもあるしな……」
再び考え込むように言ったリュシアンをリュミエルは見上げた。
※
王都でリュミエルと別行動した時、リュシアンは王都の西側のはずれに来ていた。
「……手がかりを掴んだっていうのは、今度こそ確かなんだろうな?」
険を含んだ声で尋ねたリュシアンは誰もいない路地を睨んだ。
「おいおい、睨むなよな……、いままでの情報が外れたのは俺のせいじゃないだろ?」
「出所のはっきりしない怪しい情報ばかり持ってくるのはどこのどいつだ――?」
リュシアン以外誰もいないはずの路地から、やれやれと苦笑した声が聞こえる。それに対して、リュシアンは威圧的に言い返す。
「俺だって苦労してんだよぉ~」
「一番厄介な目にあってるのは俺だろう……? この前のエリダヌスでだって、お前がミスらなければ俺は近衛兵に追いかけられることもなかったんだぞ? しかも誰かはさっさと逃げてるしな?」
ギロリと鋭い眼差しを向けられて、路地にいないはずの誰かの気配が怯えたように揺れる。
「あっ、はは……、あれは悪かったと思ってるってぇ~。だから俺だって頑張って有力な情報を持ってきたんじゃないかぁ~」
「今度ガセネタだったら覚えていろよ、アルフレッド――」
「分かってるって」
アルフレッドと呼ばれた男が応えるのと同時に、大通りと交差している路地の入口からがやがやと数人の話し声が聞こえ、路地の奥にある居酒屋へと数人の街人が歩いていく。
路地の端に寄って街人を通したリュシアンは、ふっと視線を上げる。
そこにはすでに、アルフレッドの気配はなかった。
お待たせいたしました!
(って、誰も待っていないですか……?)
前回からだいぶあいてしまいましたが、たぶんこれからも亀更新だと思います。
気長にお待ちくださいm(__)m