第六十五話:間違えた選択
人は間違える。
選択を。
言葉を。
距離を。
そして――
間違えたまま進み続けた時、
その代償は、
思っているよりも大きくなる。
放課後。
教室には夕方の光が差し込んでいた。
静かだった。
だが、その静けさは――
どこか不自然だった。
「……」
ラフリはノートを握りしめていた。
ページにはびっしりと記録。
人の動き。
言葉。
違和感。
(見えてきた)
そう思っていた。
(タカハシとキムラの衝突)
(ナカムラの不安定)
(ローズの介入タイミング)
全部、繋がっている。
そう思った。
(なら――)
(先に動けばいい)
それが、
今回の“選択”だった。
「タカハシ」
ラフリは声をかける。
「……なに?」
少し警戒した顔。
「昨日の件だけど」
周囲の空気がわずかに変わる。
キムラも視線を向ける。
「誤解だろ」
ラフリは言う。
「お前ら、話せば解決する」
沈黙。
タカハシの表情が固まる。
「……なんで知ってんの?」
低い声。
(……あ)
ラフリの思考が一瞬止まる。
「いや、その……」
言葉が詰まる。
(まずい)
「関係ねえだろ」
キムラが言う。
「勝手に首突っ込んでくんなよ」
空気が一気に冷える。
(違う)
(俺は助けようと――)
「ラフリ」
今度はタカハシが言う。
「お前さ」
ゆっくりと立ち上がる。
「俺らの何知ってんの?」
その一言。
重かった。
ラフリは何も言えない。
(……知らない)
何も知らない。
ただ“記録”しただけ。
「適当なこと言うなよ」
タカハシの声が強くなる。
「見てただけだろ」
その言葉が、突き刺さる。
「……っ」
言い返せない。
その時だった。
「やめなよ」
声。
ローズだった。
彼女は二人の間に入る。
「ラフリは、心配してるだけでしょ?」
優しい声。
だが。
タカハシは首を振る。
「違うだろ」
「こいつ、“分かった気”になってるだけだ」
その言葉で。
すべてが崩れた。
教室の空気。
視線。
距離。
ユナが小さく呟く。
「ラフリ……」
だが。
ラフリは動けなかった。
(……違う)
(俺は……)
助けたかっただけなのに。
でも。
伝わっていない。
誰にも。
ナカムラも、
セラも、
誰も――
何も言わない。
(……信頼されてない)
その事実が、
ゆっくりと心に沈む。
ローズがふと、こちらを見る。
その目は――
冷静だった。
(……分かってたのか)
最初から。
こうなるって。
その瞬間。
胸の奥で、
何かが軋む。
「……あ」
息が詰まる。
世界が、わずかに歪む。
誰も気づいていない。
だが。
ラフリだけが感じていた。
(……またか)
耳鳴り。
タク……チク……
タク……チク……
時間の音。
「……やめろ」
喉が焼ける。
視界が揺れる。
教室が二重に見える。
ユナがいる。
でも。
どこか遠い。
(まだ……失敗してない)
(ユナは……生きてる)
なのに。
なぜ。
『――対価、回収開始』
声。
空が――
ひび割れる。
ガラスが砕ける音。
ページがめくれる音。
パラ……
パラ……
「がっ……!!」
体が引き裂かれる。
記憶が、削られる。
「……俺……は……」
何かが抜け落ちていく。
名前?
記憶?
感情?
分からない。
ただ。
一つだけ。
「守る……」
その言葉だけが残る。
世界が白に染まる。
そして――
目が開く。
朝。
教室。
黒板。
声。
すべてが――
元に戻っていた。
「ラフリ?」
ユナの声。
振り向く。
そこにいる。
生きている。
「……あ」
ラフリの手が震える。
ノートを見る。
ページは――
白だった。
何も書かれていない。
(……何回目だ)
分からない。
分からないけど。
一つだけ、確かなことがある。
「……また」
小さく呟く。
「やり直しだ」
少年は間違えた。
助け方を。
関わり方を。
信じ方を。
そしてその代償は、
“失敗”ではなく――
“やり直し”として現れた。
だがそれは、本来起きるはずのない現象。
彼女はまだ生きている。
それでも世界は巻き戻った。
なぜか。
理由はまだ分からない。
ただ一つ確かなのは、
代償は確実に積み重なっているということ。
そして少年は、
少しずつ――
自分自身を失い始めている。




