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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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潜入Ⅲ

 

「―――⁉」


 遥斗が面食らうほどに、騎士の動きは俊敏(しゅんびん)だった。

 振り向き様に大鎌を放り捨てると、伸ばした(てのひら)から触手型生命体を生み出すや否や、柊へと投擲(とうてき)

 直後に発砲音が鳴り響くが、銃把(じゅうは)を圧し折るほどの衝撃によって、弾丸はくの字に折れる彼女の前髪を(かす)めるのみに留まった。


「柊さん‼」


 叫び、遥斗は右手を突き出す。

 背中を向けた騎士の体躯(たいく)を、魔術を(まと)った右腕が()ぎ、そして通過する。


「柊さん、大丈夫ですか⁉」


 遥斗は倒れ伏す柊へと駆ける。

 右掌に握っていた気色の悪い塊を放り捨て、横倒しになった彼女を抱え起こすと、


「……げほっ………。平気……。ちょっと息が詰まっただけだから……」


 遥斗は安堵(あんど)に笑みを(こぼ)す。


「またそんな無茶して……。本当に死んじゃったらどうするんですか?」

「……そうね。そうなったら……、怒られる。迎えに来てくれれば、だけど……」


 小さく口の端を微笑(ほほえ)ませる柊に、遥斗は初めて等身大の彼女を見た気がした。

 ()せた肩。

 細い胴回り。

 衝撃か、それとも死の瀬戸際に触れたせいか。震えている両手。

 (たくま)しさを覚えたことを恥じ入ってしまうほどに、彼女は華奢(きゃしゃ)で柔らかかった。


「……ハウザーは?」


 問われて、遥斗は首を傾ける。

 騎士は、片膝をついて虚脱していた。泡が弾ける異音と共に、兜の隙間から大量の紫血が吐瀉(としゃ)される。


「……何をしたの?」

「もうご存じでしょうが、僕の魔術は、僕自身だけなく僕が触れた対象も透過することができます。透過、解除、透過と繰り返せば、対象から特定の臓器を選んで抜き出すことも……。擦れ違い様、心肺と思しき臓器の大部分を抜き取りました。夜魔の再生力がいくら凄くても、主要器官の喪失から立ち直るには(しばら)くかかるでしょう」


 遥斗は立ち上がり、(きびす)を返す。


「……止めを刺しておきます」


 退路を確保し、追跡から逃れるためには、始末は必須だ。

 生かしておく道理はない。


「……」


 彼女は無言だ。肯定も否定もしない。黙って瀕死の騎士を見詰めている。

 虜囚(りょしゅう)として扱われている間に、柊がこの夜魔とどのような関係を築いたのかは知らない。

 ただ、白と黒の二色で単純に色分けできるようなものではないことだけは解る。

 だから、尋ねはしない。

 薄羽を伸ばし、遥斗は粛然(しゅくぜん)(たたず)む騎士へと歩み寄り―――


「……あ、ぐぁああああぁぁぁっ⁉」


 耳を(つんざ)くような大絶叫。激刺激痛の阿鼻叫喚(あびきょうかん)に、驚き振り返る。


「はあ……、はあ……。もう……、私ってば人並み以下の体力しかないんだから……。はあ……、全力疾走なんか……させないでよ……」


 顔面蒼白で胸を掴み、痙攣(けいれん)発作に(あえ)ぐ柊。

 その背後から橋梁(きょうりょう)の階段を昇って、何者かが現れる。

 綺麗に梳けばさぞかし豪奢になるだろうぼさぼさの金髪に、豊満な胸元が零れるままの半脱ぎ状態の防護服。

 肩で息を切る女夜魔が掲げる掌には、青白く不気味に輝く、梵字(ぼんじ)めいた印が光っていた。


「……はあはあ……、マジで……、備えあれば憂いなし……。霊体構造分析のついでに一応の用心として作っておいたんだけど……、まさか役に立つとは……。グッジョブ、私……。先見の明ありまくりじゃん……」


 疲弊(ひへい)しながらも自画自賛する女夜魔。その顔には見覚えがある。

 神体頭部の橋梁に群れていた連中の一人。筐体(きょうたい)に接続した端末相手に八面六臂(はちめんろっぴ)の奮戦を見せていた技術者だ。

 気付けば、橋桁(はしげた)に一(そう)の高速艇が浮いている。あれに乗って大急ぎでやって来たのだろうが、迂闊(うかつ)だった。騎士との戦闘に集中するあまり、周囲を警戒することを(おこた)っていた。

 幸い、この女夜魔以外に新たな気配はない。

 が、しかし、今はそれよりも――


 遥斗は思い出す。

 刑部宵親との会話。

 遥斗が終生の恩人と慕う騏堂成叡に対し、柊は怨念めいた怒りを抱いていた。

 その原因に心当たりがないかと尋ねた時、刑部は考え込むようにしてこう言った。


『……火津摩柊の身体には自由行動を縛る印呪が刻まれている。【百手縛】って言う強力な首輪だ。少しでも反抗的な態度を見せれば、すぐさまあいつは御屋形様に殺される……。そして火津摩は騏堂成叡によって強制的に魔術師へと仕立て上げられた……。俺が知っているのはそれだけだが、これだけでもなんとなく解るだろ?』


 女夜魔の軽やかな声色が、遥斗を現実に引き戻す。


「さてと、六紡閣の魔術師君。君の反応から察するに、これがどのようなものかは理解しているようだね。そう、これは柊ちゃんの身体に刻まれた人工霊絡網――印呪を支配する制御術式。回避不可、迎撃不可の霊体腕を彼女の体内に直接出現させるものだ」


 こんな風に、と女夜魔の掌が青白く輝くと同時、柊が苦痛の絶叫を上げる。


「うーん、良い悲鳴。この術の面白いところは霊体腕の感触までフィードバックされることだねー。新鮮な臓器のプリプリした弾力や、爪で引っ掻いた時のコリっとした血管の手応えも、実際の開腹手術と何ら変わらないよ。さーてと、おっと、これは膵臓(すいぞう)かな。それとも十二指腸? ちょっと(ひね)って確かめてみようかなー?」

「やめろ‼」


 思わず叫び、遥斗は失態に気付く。

 得体は知れないが、女夜魔の個としての力量は夜魔騎士より数段低い。警備兵と比べても、身体能力、魔力量共に見劣りする。

 柊の悲鳴に足を止めるのではなく全速力で駆け抜け、有無を言わさず女夜魔の首を撥ね飛ばすべきだった。

 いや、今からでも遅くはない。


(夜魔は柊さんを生体部品として使いたいはずだ……。殺しはしない……)


 脅迫は、ブラフ。

 遥斗は看破し、跳躍疾走と虚駆真影のための力を全身に(みなぎ)らせる。

 が、(わず)かの差で、女夜魔が口を開く方が早かった。


「伏見遥斗君、取引しよう。君がそこから動かないでいてくれるなら、我々は君のお祖父さん、伏見孝俔氏の身柄解放を確約しようじゃないか」


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