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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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潜入Ⅰ

 

 伏見家の相伝魔術・虚駆真影(きょくしんえい)

 この魔術の本質を一言で表すならば、それは、あらゆる干渉からの透過にある。

 術師はこの魔術を発動している限り、刀で斬られようが、銃で撃たれようが、決して死ぬことはない。衝撃も、毒霧も、氷炎も、深海圧も、いかなる影響も与えることなく突き抜けてしまう。

 攻撃の無効化。それだけでなく、道を(ふさ)ぐなどの障害物も意味を成さない。

 壁を擦り抜けることだけでなく、その中に留まることだって出来る。魔力が尽きるまでという制限はつくし、埋もれている間は呼吸ができないので数分が限度だが、巡回する兵士をやり過ごすことくらいなら朝飯前。透過中でも霊力波だけは感知できるよう、魔術の仕様を(いじ)る訓練もやって来た。

 壁の中――深淵の中で息を(ひそ)める。

 遠ざかっていく夜魔二人分の魔力波長。周囲を慎重に探る。誰もいない。


(………)


 遥斗は石壁から回廊へと脚を伸ばす。

 足裏の力場――これがないと無限に身体が沈み込んでしまう――を解放するタイミングを測りながら全身を壁から引き抜き、魔術の稼働を一時停止。石畳へと着地する。

 照明乏しい、暗澹(あんたん)たる通路。元が地下空間にあったせいか、空調用の通風孔こそあれ、窓の類は一切ない。外界との通用門を探そうにも、触手型生命体を建材として利用しているくらいだ。この魔術がなければ侵入にはさぞかし骨が折れただろう。


(ここまでは上手くいった……。だけど、ここからだ)


 わかっている、と遥斗は自分自身に言い聞かせる。

 あの夜魔騎士は、柊を盾にすると言っていた。

 そのために、生かして連れ去った。

 妙蓮も連れ去られるところだったと言っていた。


(炎術師を使って、何かを製造しようとしている……)


 そして、赫船慈榮。本当に若返っていたかは遠目からは確認できなかったが、あの魔力量は尋常ではなかった。あれが夜魔の改造の結果だとすれば、断片を神威倶化していることも含めて、夜魔は恐るべき知見と霊性技術工学を有していることになる。

 とすれば……。


(分析、実験、実用化……。それを行うための研究機関に相当するものが必ず何処かにあるはずだ。柊さんはそこにいる可能性が高い……)


 魔術師である祖父にもその可能性がある。夜魔に捕縛されているとすればだが。


(問題は、どうやってその場所を探し当てるかだけど……)


 案内表示板でもあればいいのだが、そんな便利なものがあるとすれば夜魔の脳内だけだろう。それに首尾良く捕らえたところで、彼等は気位が高い。魔術師に屈するくらいなら自決を選ぶか、死を覚悟して仲間を呼ぶだろう。

 幸い、夜魔は文書類にも古英語を使っているし、軍隊には現代的な統制管理を敷いている。事務処理関連の施設を探して、書類面から見当をつけることができれば……。


(運頼みなのは織り込み済み……。兎に角、今は前に進もう……)


 警備は手薄だった。

 王の直掩に結構な人数が割かれているせいか、大動脈と思われる回廊を闊歩(かっぽ)しているにも関わらず、姿を隠す必要性に迫られたのは二回だけ。

 それだけで王城の中心地点へと辿り着けた。


(……奈落。まるで地獄へ繋がる穴みたいだ……)


 人目を避けて、手摺(てすり)に近づき、(のぞ)き込む。

 それは、巨大な虚無の柱が(そび)える深淵の(ふち)。見下ろせば、同じく手摺欄干(らんかん)で舗装された下階層が一望できる。


(穴の上には、岩盤の天井……。この上にフェルキア王がいるのかな……)


 夜魔騎士の口ぶりからして。柊は王への献上品。

 もし既に捧げられているとすれば、取り返すには王の元へと乗り込むしかないが……。

 いざとなれば……。いや、無謀か? 相手は、欧州を席捲した怪物の王。次元破断の断片も有しているし、眷属の軍勢もいる。炎術師でもない自分が立ち会うには……。だけど……。


 その時だった。

 背後に沸いた気配に、遥斗の感覚野が警告を告げる。


「……っ‼」


 振り返るなどという悠長なことを遣っている暇はない。

 瞬時に、虚駆真影を発動。底なし沼へと沈むように、石畳の真下へと全身を潜航させる。

 降りた先は、まったく同じ構造をした一階層下の奈落展望区画。今度は振り返り、瞬時に警戒態勢を取るが、付近一帯に気配はない。


「………」


 遥斗は沈黙に徹したまま、上階の様子を五感で探る。

 ややあって、複数人が語り合う声が聞こえて来た。


「……そうか。おまえのところも結構な人数を割かれたな。こちらも半数が引き抜かれた。確かに稼働していない眷属精製工場に過度な人員は不要かもしれんが、万が一の事態に対処するのも施設警備の一環だろうに。堕とされてからでは遅いのだぞ」

「その通り。インフラもそうだ。簡易型の火力発電には限度があるし、地下水源の汲み上げも、もってあと数か月。なのに横柄(おうへい)な騎士どもときたら、俺らの労苦も知らずに不便だ、貧相だ、様式美の欠片もない粗雑なつくりだと文句ばかり。建造部門を何だと思っていやがる。俺らは便利な小間使いじゃねーんだぞ!」

「あー。わかるわかる。あいつら、面倒臭いんだよなー。常在戦場に美味は過分とか言いながら、ジャガイモ料理を出すと決まってケチをつけるんだぜ。そんなら食うなって話だよな」


 遥斗は、ほっと胸を()でおろす。自分の存在がバレた様子はなさそうだ。

 暫く話を盗み聞くが、どうやら違う部門の仲間が久しぶりに顔を合わせたので、休憩がてらそれぞれの不満不平を愚痴り合って親交を温めよう、みたいなことらしい。

 夜魔もこういうところは人間と変わらないんだな、と親近感を覚えながらも、鋭敏な感覚野が告げるいくつもの警告に、遥斗は手近な柱の裏へと身を隠す。


「お、あっちの対岸、見ろよ。樹海の警邏部隊がさぼって見に来てやがるぜ」

「作戦司令部の事務官たちもいるな。見慣れない奴等もちらほら……。なあ、あそこの嬢ちゃんたち、あれ、新顔だよな?」

「本当だ。どこの部署だろ。あとで声掛けに行こうぜ。ちょうど三対三で合コンできるし。はーい。俺、真ん中の娘ね。早い者勝ちだから、おまえらは手を出さないように」


 汚いぞ、ちょっとモテるからって調子乗りやがって、という罵声を無視し、遥斗は慎重に対岸を伺う。

 見れば、奈落に続々と夜魔たちが集まって来ている。

 なぜ? 休憩場所としてはメジャーなスポットなのだろうか? 

 その時だった。


「お、来たぞ。ようやくのお出ましだ」


 遥斗は足元が微かに揺れていることに気付く。

 地震、ではない。一定のリズムでゆっくりと、地下深くで何か蠕動(ぜんどう)している。

 奈落に集った夜魔たちが、深淵の底を覗いている。


(なんだ? 何が起きている?)


 身を乗り出して確認するわけにはいかない遥斗だったが、上階の雑談が答えをくれた。


「へえ……。あれが技術部の神体建造区ねぇ。遥々研究棟から触手型生命体を使って運び込んだみたいだけど、なんというか……、想像していたよりも地味じゃね?」

「まあ、今のところ、穴の底に銀色の金属板が嵌っただけだからな」

「肝心なのは、あの中身だろ? しかし、本当に完成したのか?」

「最終調整がまだらしい。なんでも王が決闘を前倒しでやるから、技術部総出の急ピッチでやっているんだとか」

「え、それって現在進行形で……? おいおい大丈夫かよ」

「総監が、技術部の威信に賭けて間に合わせてみせるって豪語したそうだ。これまで好き勝手に予算をふんだくってきたんだ。それに見合うだけの成果を見せてもらわないと」

「ああ。我らが王の乗騎にして、神へと昇華するに至る超常の肉体――神体。夜魔再興の化身たるその姿。しかと拝見させてもらおう」


「………」


 遥斗は静かに決意を固める。

 柱の裏から飛び出すと、そのまま一足飛びに欄干へ。そして手摺を乗り越えると、そのまま虚空に全身を投げ渡す。


「……⁉ おい、誰か落ちたぞ⁉」

「身投げ……いや、誰だ、あいつ‼ 夜魔じゃなかったぞ‼」


 風切り音の彼方にそんな声が聞こえた気もするが、もはやどうでもいい。(さい)は投げてしまったのだから。


(柊さんがいるとすれば、あそこだ……)


 根拠はない。単なる直感だ。だけど、当たっているならば、神体の調整とやらで場が乱れているだろう今を逃してチャンスはない。

 最速、最短距離で奪還を目指す。


「………あれか」


 重力に引かれての自由落下の中、遥斗は身体を回転させて、真下を見遣る。

 話にあった通り、奈落の底には銀色に鈍く光るマンホールの蓋のようなものが。中央部に開閉式のシャッターのような機構が見られるが、土中を進んで来たばかりということもあって開口はしていない。

 が、遥斗には関係ない。虚駆真影にて蓋を透過。堅牢で分厚い外殻構造体をあっさりと突き抜ける。同時に透過度を調整して、加速度的に増す落下速度を減退させることも忘れない。


(ここが、神体建造区……)


 予想以上に、広々とした空間だった。

 眼下に広がるのは、湖とも見間違うばかりの広大な水面。


(いかだ)に、潜水艇……。壁から生えた巨大な機械のアームが何本も集まって水中を(まさぐ)って……、何をやっている?)


 高みから睥睨(へいげい)すればこそ、その全貌が判別できた。

 水中に、何か沈んでいる。巨大な女性……? いや、あのうねる触手は、蜷局(とぐろ)を巻く芋虫のような異様な半身は、いったい何だ……?


(あれが、神体……)


 見れば、神体頭部の部分に、バイザーのような機械式の橋梁(きょうりょう)が浮かんでいる。筐体(きょうたい)が多数置かれ、電源ケーブルを繋いだ浮船やマニピュレータを生やした潜水艇など、人員もそこに集中しているようだ。

 一心不乱に複数のコンソールを操っている女夜魔。他の面々も慌ただしく動いている。

 水面から突き出した触手によって船が転覆するが、誰も気にする様子はない。日常茶飯事なのか、それどころではない程に忙しいのか。


(巨人の下腹部あたりにも、橋がもう一つ……)


「……っ‼」


 見遣って刹那(せつな)、遥斗は懐に忍ばせていた短刀を鞘から引き抜く。

 今回の出立にあたり、騏堂成叡から餞別(せんべつ)として供された神威倶・薄羽(うずばね)

 その権能は、己の意と魔力によってどこまでも延びる刀身にある。刀身を伸ばせば伸ばすほど強度は落ち、刀身自体の厚みも薄くなってしまうが、だからこそ有用に使える場面もというのもまたある。

 遥斗は薄羽を伸長させ、手近にあったアームの駆動部へと刃先を向ける。

 切断するためではない。鞭のようにしなる薄羽の刃先を巻き付けてぶら下がり、再跳躍のための方向を調整するためだ。


 巨人の下腹部に置かれた、もう一つの機械式橋梁。

 そこには、全長五メートルはあるだろう、海月にも似た球体型の肉腫が、無数の機材に拘束されるようにして吊り下げられていた。

 肉腫の前で佇むのは、端末機器を携えた防護姿の夜魔たち。

 彼等は、橋梁の階段を進む一団――猿轡(さるぐつわ)を嵌められて拘束帯に四肢を繋がれた一人の少女が鎖に引かれて運ばれて来るのを、今や遅しと待っている。


(――見つけた!)


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