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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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招待Ⅱ

 

 突如として背中に感じた衝撃に、前のめりにつんのめる。


「ヨイチー! 探したよー! もー、先にこっちに来ているなら言ってよねー! 全然見つからないんだもん! こっちは通路やら階段やら踊り場やら更衣室やら資料室やら観劇場やら事務倉庫やら洗濯室やら縫製加工室やら更衣室やら弾薬貯蔵庫やらダストシュートやら給油所やら電算室やら剣技訓練場やら温水プールやら更衣室やら、それはもうありとあらゆるところ探しまくったんだからー!」


 耳馴染どころではない。

 素肌を貫通して骨の芯にまで染み渡った戦慄(せんりつ)の瞬間を、誰がどうして忘れ去れるだろうか。


(不嶽鍊……‼)


 絶世の美少女に馬乗りにされたまま、妙蓮は全身に冷や汗を(はし)らせる。


「すまんすまん。一応、おまえの控室に行ってはみたんだが、お召替えがまだ済んでいないと言われてな。そのままドアの前で待っていても良かったんだが、淑女の悪戦苦闘に聞き耳立てるも野暮だろ? それでな」

「むー。まあ、そうかもだけどー? でもでも、ボクとしては一番に見てもらいたかったの! 褒めてもらいたかったの! 『綺麗だ。この世界で誰よりも綺麗だ』って言って欲しかったの!」

「……ああ、うん。ドレスは似合っていると思うぞ。普段のセーラー服とは違って、大人びて見えるな。色も黒でシックに纏めているし。しかし……、あれだな。言い方が悪いかもだが……、なんで顔面だけ劇画調なの? そこだけ作風違くない?」

「うわーん。ボクも鏡見てそう思ったけど、言っちゃだめだから! それ言ったら終わりだからー! うえーん、せっかくお化粧頑張ってみたのにー‼」

「初めてでそれなら才能あるな。あれだな、メイクアップアーティストとかになれるんじゃないか」

「ほんと⁉」

「ああ、モンスター系特殊メイク専門の」

「ひどいー! うえーん! 頑張ったのにー!」


 駄々っ子のように暴れる不嶽に背中をバシバシと叩かれるが、妙蓮としてはそれどころではない。

 迂闊(うかつ)だった。気の迷いだった。なんだかふわふわした流れに乗せられてしまっていた。

 不味(まず)い。ひたすら不味い。自分自身ですら、恋人同士みたいなことやっているなと思ったのだ。夜魔に聞かれないように情報交換をしていたと言い訳するとして、不嶽は納得してくれるだろうか?

 無理だ。聞く耳すら持ってもらえない。でも、この女なら、きっと即座に泥棒猫を火達磨(ひだるま)にしたはずで……。


(……ん? ということは、セーフ? セーフなの……? この様子だと、私と宵親が踊っているところは見られていない……? あ、危なかったぁ……!)


 下手な夜魔の罠より、よほど危機一髪ではないか。なんと恐ろしい……。


「あーあ、泣くと余計ぐちゃぐちゃに……。ほとんどすっぴんであんだけ美人なんだから、下手に弄らなくていいんだよ。すいませーん、顔を拭くものとかあります? ハンカチとかじゃなくて、使い捨てのナプキンとかティッシュとか、墨が落ちなくなっても困らないやつ」

「うえーん……。あはは、歌舞伎役者みたいー! これはこれで面白いから自撮りしよーっと。あ、ヨイチは入んないで! 絶対に! こんなツーショット、完全に黒歴史だから!」

「……あ、どうもどうも。ほら、携帯いじってないでこっち向けって。拭いてやるから……。ハイ、チーズ」

「ぎゃあああ、ヨイチも映っちゃったんじゃん! しかも、何でイケメンにしか赦されないポーズなの⁉ めっちゃカッコいいけど、だからこそめっちゃ嫌ー! ふぐぐぐぐむぅ……。落ちた……? ありがとー」


 念には念をと探りを入れるが、子猫のように刑部に甘える不嶽の声に妙蓮への敵意はない。

 それは良かった。本当に良かった。が――


(こいつら……、いったいいつまで私の背中の上で乳繰(ちちく)り合っているつもりかしら……?)


 いい加減、退いて欲しいものである。

 このままでは顔も満足に上げられない。


(まったく。待合室とはいえ、衆人環視の場で堂々と……。しかも、これから王に逢いに行くって言うのに……。余裕の現れかもしれないけれど、緊張感が無さ過……)


「っ…………⁉」


 金縛り。いや、本能が息を(ひそ)めるよう告げている。

 壁際に控えていた騎士たちが膝を付いて畏まる。

 大広間の上座に当たる部分が振動し、黄金の玉座が床下から競り上がると、次いで上座左右の扉が開いた。

 扉からは壮麗な鎧を着込んだ衛兵がそれぞれ一名、長大な黄金の槍を携えて行進を始める。

 二人が向かうのは、空の玉座。その頭上にて、衛兵は互いの槍を交差させて打ち鳴らす。


「「此処におわすは、神聖にて絶対なりし夜魔の王。フェルキア=レメグ=イェクティシゥス=ロンディヌスである。皆の者、首を垂れよ。その威光に、ただひれ伏すが良い」」


 空の玉座に何者かが腰を掛ける。

 もはや不嶽に圧し掛かられているせいでもなく、真面に顔をあげることができない。

 それほどの威圧感。圧迫感。不嶽に勝るとも劣らない膨大なる魔力の波動……。


(夜魔の王……! 闇夜に君臨する化け物たちの長……! 一筋縄ではいかない相手だとは思っていたけど、予想していたよりずっと……!)


 妙蓮は歯噛みする。

 たとえ万全の状態であったとしても、決して敵わない。夜魔に効果覿面(てきめん)の炎術師であるにもかかわらず、対峙した瞬間から敗北を受け入れてしまうことが如実に解る。

 根本的なスペックの差だ。生物としての尺度が違い過ぎる。同じ一個体の生命でも、蟻と鯨では途方もなく質量と規模が違うように、この夜魔の頂点は霊性生命体として我々の遥か先にいる。

 だというのに――だというのに、こいつらは……‼


「元から綺麗な二重(まぶた)なんだし、アイラインは細めにした方が良い。リキッドは引くのが難しいから、初心者ならペンシルで。少しずつ全体像を確認しながら丁寧に……」

「ほえー、そういうものなんだ。初めて知った。でも、インラインって瞼の粘膜にするの? 怖くない?」

「んー。無理にしなくてもいいんじゃないか? あと、奇抜な色はやめておけ。ブラウンとかモカとか、無難なところにしておけば失敗しない」

「ふーん。ってか、ヨイチ、なんでそんなに詳しいの? 女装癖とかあった?」

「おまえさん、笑顔でおっそろしい事言うね……。これくらい、女の子と付き合ったことある男なら知っているだろ? 化粧品は誕生日プレゼントに贈るアイテムの定番でもあるし」

「あー、そっかー。ヨイチ、世慣れしてそうだしね。ふーん、ヨイチと付き合ったことのある女か……。そっかそっか。ヨイチ、モテそうだし、そういう女がいてもおかしくないのか……。そっかそっか」

「探し当てて燃やしたりとかするなよ? 相手は一般人だし、とっくの昔に関係も終わってる」

「わかってるってー。ボクと出逢ってからは誰とも付き合ってないよね? なら、おっけー。見逃してあげる。にひひひ……ん、ヨイチ、どうしたの? なんかだか絶妙に微妙な顔してるけど?」

「いや……。自分は浮気する癖に、他人の浮気に厳しいのはどうなんだろうって思ってな」

「ぅえっ⁉ ど、ど、どういう……」

「赫船にもちゅーしてただろ。バッチリ見てた」

「ぎゃー、違う、違うって! あれは、その、その場のノリ! そういう感じのものじゃ全然ないから! ね、ね⁉」


 なんなんだ、このノリは。

 豪胆、いや、無神経にも程があるだろ。


(空気……空気読んで! 王様そこにいるから! あっちから来ちゃったから!)


 それとも、まさか本気でフェルキア王の登壇に気付いていない?


(いやいや、そんなはずがない! あれよね? 計算よね? フェルキアを激高させて、決闘そのものを台無しに……。でも、不嶽はフェルキアとの一騎打ちを望んでいたから、それは違うか……。じゃ、じゃあ、わざと怒らせて王の度量を測っているとか……? ま、まあ、この二人なら、たいていの攻撃じゃびくともしないだろうけど……)


 妙蓮はちらりと居並ぶ騎士たちの反応を見遣る。

 激憤。憤慨。唯一無二の偶像を愚弄(ぐろう)された彼らの怒りは凄まじい。

 王の手前、静かに畏まっているが、一言あれば喜んで不埒な客の首を撥ね飛しにかかるだろう。無論、慌てふためいているだけの妙蓮とて例外なく。


(ああ、もう……。お願いだから、私を巻き込むのはやめてよぉ……)


 切なる祈りが通じたのか、壇上から零れた吐息は非常に穏当なものだった。


「……極東魔術師の不遜さは、天魔廟での拘禁以前から知悉している。我に(こうべ)を垂れるつもりがないのはよく解った。だが、この場へと誘ったのは我だ。同胞の手前、こちらの顔も立ててもらねば困る」


 淡々とした口調に、理知に富んだ物腰。

 紅玉の瞳が照らす相貌(そうぼう)はあまりにも端麗で、重みの喪失にようやく頭を上げられた妙蓮は、そこで暫しの間魅入ってしまう。

 爪の先、髪の一本一本に至るまで、全てが細緻に技巧の粋を凝らして造られている。 

 まるで神の造形品。獅子を彷彿(ほうふつ)とさせる白金の鎧を(まと)う夜魔王フェルキアは優雅に足を組み替え、そして淡々と告げた。


「よくぞ来た。我が決闘者に、その付き添い人よ。まずは決闘者に、我が眷属の無礼な振る舞いを詫びるとしよう。すべては我の過信と放漫が招いたこと。手を(わずら)わせたことすまなく思う。許せ」

「ん? どゆこと?」


 何を言っているのかわからないといった感じの不嶽に、フェルキアが物憂げに嘆息する。


「……貴様への襲撃は、我の意思に沿ったものではなかった。貴様との決闘に異を唱えた配下が、私の目を盗んで独断で敢行したものだ。そして、惨めなまでに失敗した……。そうだな……。我々の決闘の再調整にあたり、まずはその一件について正すとしよう」

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