王城
超常神秘から抽出した術式図を脳幹に埋め込み、連綿と受け継ぎし血統と魔力素養によって、現世に奇跡を顕現させる。
それが、極東魔術師。極東列島を統べるフィクサーにして、魔術世界の最高峰に立つ存在。
なら、その極東魔術師の頂点とは?
伏見遥斗は得心する。
頂点とは、おそらくは彼らのことを指すのだろうと。
(凄い……)
ぶつかり合う両雄の気迫は、溶熱海の浸食域から遠く離れた此処からでも容易に感じ取れる。
ヒノキの大樹、厚く茂った樹上の突端から見詰めるその先で、膨大なマグマが噴き上がる。
大地が嚇怒したかのような渾身の一撃。あれを一人の魔術師が顕現させたことも驚きだったが、それを凌いだ極光には昂揚以上に怖気が奔った。
(神が降臨したのかと本気で思った……。不嶽鍊……。あれが刑部さんが認める、最強の炎術師……)
魔術師がどこまで強くなれるのか。どこまで奇跡を現出できるのか。その答えがそこにあった。
出来が違う。格が違う。いや、同じ土俵に立っているかさえ疑わしい。
虹の光を纏う不嶽によって、赫船慈榮が炎に包まれて落下する。
赫船慈榮は、決して弱くはなかった。強大で、精強だった。夜魔との連携もあり、策も練っていた。
此処からではわからなかったが、断片の権能により本当に若返っていたのかもしれない。それでも敵わなかった。どうしようもない力の差が、そこにはあった。
樹海に渦巻いていた熱気が失せ、代わりに濃密な魔力残滓が満ちていく。溶熱海が消失したのだろう。
(戦闘不能……、いや、絶命だ。あれで生きている方がおかしい……)
己の欲望のために配下を殺し、六紡閣を裏切り、騏堂成叡に背いた魔術師の末路。
その有様を惨めだと遥斗は想えなかった。それみたことかと嘲弄することもできなかった。
(僕も、彼と同じだ。御屋形様の意思に背こうとしている……)
ならば、その結果も同じだろうか。
遥斗は、首を横に振る。
(現状を、確認しよう……)
一つ息を吐き、思考を巡らせる。
あの巨大な炎の蹴りは、刑部宵親のものだろう。
あれを契機に、不嶽鍊が彼へと接触を図ったことは確認済みだ。
両者に衝突の気配がなく、その後、不嶽が赫船との闘いに舞い戻ったことから判断して、何らかの交渉、取引が行われたに違いない。
(夜魔殲滅は共通目標のはず……。断片については、こちらは破壊。七凶聖は十中八九、夜魔からの奪還を試みるはず……。争奪戦になるだろうけれど、フェルキア討滅までの間だけでも協力関係を築ければ……)
疲弊した不嶽鍊の隙をついて断片を破壊することも可能かもしれない。
並大抵の術師では無理だろう。しかし、最強には最強。六紡閣最強の炎術師も伊達ではない。
(そうだ……。刑部さんを支援するためにも、火種になれる火津摩さんを救出することには意味がある……。決して無駄なんかじゃない……)
そこまで考えて、遥斗は異変に気付く。
樹幹から伝わる震動。地面が揺れ始めた。
(長周波の揺れ……。長く、小刻みに……。何かが地下で動いている……?)
夜魔は地下に拠点を隠匿している。
襲撃の際も、そうだった。地下から突如として掩体壕が出現し、砲火を放ってきた。
(だけど、今回は規模が明らかに違う……。森全体が揺すぶられるような……。震源は……?)
揺れる大樹の梢にしがみつき、樹海の全貌を見渡すために目を凝らす。
震動による傾斜崩壊が起きたのか、視界の先、北北西におよそ十五キロほどの地点で、森の一角が溶けるように沈み込む。
凹型に窪む陰影。棚引く粉塵。
そして、激震。大地を劈くような縦揺れが、二度、三度……。
「……⁉」
遥斗は眼を瞠る。
窪んだ大地から、突如として巨大な構造物が姿を現す。
石臼を彷彿とさせる、巨大な、巨大過ぎる円柱体。
それはまるで木板から抜けるネジのように、ゆるやなか螺旋を描いて地上に顔を出していく。
(夜魔の地下構造体……。大きい……。刑部さんが破壊した前線基地の比じゃない。もしかすると、あれが本拠点、なのか……?)
驚く遥斗だったが、すぐに眉間が寄る。
(なぜ、今なんだ? どうして今になって姿を現す? 赫船慈榮は死んだ。挟撃するならもっと早くにするべきだったし、不嶽鍊に現代兵器は通用しない。それとも、あれ以上の火砲を搭載しているのか?)
だが、粉糖の代わりに土嚢と瓦礫と地下茎によって彩られた、不格好なフォンダン・ショコラに動きはない。
派手な登場の割に、不気味なほど静かだ。奇襲というアドバンテージを完全に放棄している。
(戦うためじゃないのか……? ん……? なんだ……?)
頂上で動きがあった。
(表面から黒い繊維のようなものが無数に……。触手型生命体だ。あれも大きい……。何をやって……、掃除……?)
イソギンチャクが床磨きをするという不思議な光景に遥斗は戸惑う。
宙を漂う不嶽に動きはない。遥斗と同じく、高みから様子を伺っているようだ。
(終わった……。いや、まだだ。触手型生命体が床に蕩けて……、いや、あの表面全体が触手型生命体なんだ。一部がアーチ型に伸びて……何かを造ろうとしている……?)
奇抜な匠が造り上げたのは、奢侈な二本の門柱と、その間を通って内部へと続く下り階段。
ややあって、その階段を昇り、何者かが現れる。
重厚な鎧を纏った夜魔騎士の一団。手にした斧槍に掲げているのは、見慣れぬデザインの旗。おそらくはフェルキアが興した夜魔の王国、イルムークの国旗だろう。
騎士たちは門柱を挟んで左右に居並ぶ。整然と。
その彼らの前で、文官らしき一人の夜魔が深紅の絨毯を広げている。
道を造っているのだ。階下へと賓客を誘うために。
(王の居城をあえて地上に晒したのは、このため………?)
夜魔は浪漫主義で貴族的な嗜好が強い。たぶん正解だと思う。
不嶽鍊もそう判断したようだ。
極光を解いた魔術師は、夜魔の本拠点へと悠然と降りていく。
そして迎えに出た文官に傅かれるまま、構造体の奥へと消えていった。
(不嶽鍊は刑部さんだけではなく、夜魔との交渉にも応じるのか……。単純な殲滅命令ではない? それとも、フェルキアが不嶽の力を目の当たりにして停戦交渉を求めた……? 確かに、あんなものを見せつけられれば……)
そこでまで考えて、遥斗は首を横に振る。
(いや、戦意喪失はない。柊さんを連れ去ったのは盾に利用するためだと言っていた。それは、不嶽鍊との闘いを見越してのこと……。そして赫船慈榮との闘いにフェルキアは出て来なかった。なら、必ずもう一戦ある……)
城内の夜魔の関心は、フェルキアと不嶽に注がれるだろう。
警備は無論敷かれているだろうが、そもそも最大の危険人物が内部にいる。浮足立っている可能性は高い。
潜入するには絶好のタイミングだ。
だが――
(それでいいのか、伏見遥斗。本当に、それでいいのか……?)
自問する。
現在の自分は、任務の遂行中。騏堂成叡から指揮権を与えられた刑部宵親の命令によって、夜魔の森から単身撤退している最中にある。
御屋形様が自分の生命を気に掛けていることには意味がある。それは、彼個人の優しさや、祖父との縁に依るものだけではない。思慮権謀あってのことだ。伏見遥斗の力が将来必要になる時が来る。その時に備えて、手元に置いておきたいということなのだろう。
しかし、それを差し引いたとしても恩義は以前感じるし、期待されていると知って素直に嬉しく思う。
心に嘘はつけない。騏堂成叡への感謝は骨身に染みている。
だが、同時に、柊への気持ち、祖父を案じる想いもまた本物だ。
――自分の身代わりとなった彼女を助けたい。
――夜魔に囚われているかもしれない祖父を探したい。
しかし、未熟な自分に果たしてそれができるだろうか。
夜魔王フェルキア。そして赫船慈榮を易々と倒した不嶽鍊が待ち構えている敵陣の真っ只中に突入して、無事に帰れる保証はどこにもない。
何も得られず犬死するのが精々ではないのか?
柊や祖父が未だ生存している確率は?
自分が死ぬことで御屋形様に与える不利益はどうする? 恩に背くのか?
例えすべてが上手くいったとしても、命令に背いたことへの処罰は? 結局は自分も粛清されるだけ……。
「……いいや、そうじゃない」
遥斗に原始樹海からの撤退を命じた刑部は、別れ際に言ってくれた。
『俺達について来ても、生きて帰れる保証はないからな。此処でお別れだ。あとは……、まあ、おまえに任せる。後悔するなよ』
掴もうとしなければ何も得られない。可能性を求めて動き出さなければ何処にも進めない。
だから、行く。行くんだ。
(全ての行動に、自らの意思に……)
「生命を、賭ける……!」
樹上から飛び降り、着地と同時に遥斗は駆け出す。
もはや一瞬たりとて躊躇わず。




