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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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技術総監執務室Ⅰ

 

 どんなこだわりがあるのかはわからないが、最後だけ真剣なトーンになった女夜魔に、柊は無言で、ハウザーは露骨に面倒そうな顔をして頷く。


「うんうん。よろしい。やっぱり素直な子は可愛いねー。あ、ルーデンドルフ。ついでに紅茶も()れてくれるともっと嬉しいんだけどー?」

「そう言われると思いまして、もうやっていますよ。皆様、よろしければどうぞこちらにお集まりください」


 いつの間にか姿を消していた首無し執事が立つのは、綺麗に刈り揃えられた芝生の先。

 白亜の石柱で組まれた東屋を背に、ティーカップを載せた円卓と四脚の椅子が、優美に客人の訪れを待っている。

 スキップ混じりにオープンテラスへと駆け寄っていくラピアス。

 上座へとどかっと座り、目の前で注がれる紅茶を頬杖ついて見詰める様は、まるで大きな子供のようだ。


「おーい。君たちも早くおいでよー。冷めちゃったら美味しくないよー。スコーンやサンドイッチもあるからおいでー」


「………」

「………」


 断ったところでどうしようもない。

 ハウザーも尋ねたいことがあるのだろう。どちらでもなく歩き出す。

 ラピアスの対面にハウザーが腰掛け、その右隣に柊が座る。

 首無し執事の手並みは見事なものだった。

 それぞれの前に置かれたロイヤルミルクティー。かぐわしい芳香と琥珀(こはく)色の揺らめきに、精神的疲労の蓄積からか、自然と吐息が(こぼ)れてしまう。


「お砂糖は?」

「……二つ」


 西洋白磁の壺から取り出される、純白の角砂糖。

 丁寧にティースプーンで混ぜ溶かされたものを、口へと運ぶ。


「……美味しい」

「それはそれは。お口にあったようで何よりです」

「ぷはー、美味い。お代わり」

「一気飲みですか。こちらは作り甲斐がないですねぇ」


 ぼやきながらも、ラピアスのカップにお代わりを注ぐ首無し執事。

 その声色を思い起こすまでもなく、柊は問い質す。


「……あの煙幕は、貴方がやったのね?」


 首無し執事はあっさりと首肯した。


「はい。その通りです。軍団長のジゼル様からお願いされまして。おっと、私の自己紹介がまだでしたね。うっかりしていました」


 首無し執事が(かしこ)まる。


「私は、ハンス=クロフト=ルーデンドルフ。近しい者からは《無貌(ノーフェイス)》、あるいは《蜃気楼(ミラージュ)》の愛称で呼ばれております。どうぞお見知りおきを。ハウザーさんとも、ちゃんと言葉を交えるのはこれが初めてになりますね。謁見の間では何度かお見掛けしましたが、フェルキア王の手前、立ち話するわけにもいきませんでしたので」

「……そうか。あの無粋な工作の主は貴様だったか。異様な風体から(ろく)な人間ではないと思ってはいたが……」


 未だ紅茶に口をつけていないハウザーが首無し執事を(にら)む。


「ルーデンドルフ。王が認めればこそ、貴様の振る舞いは不問に伏されていた。王に寄与する人間であるがゆえにな。それがなぜ、此処にいる? 王城ではなく、技術部研究棟の最深部に」


 首無し執事が首を(すく)める、ような素ぶりを見せる。


「勿論、ラピアスさんに呼ばれたからですよ。確かに今の私はフェルキア王とミス静蘭の双方から決闘見届け人という大役を仰せつかっておりますが、そうなったのも技術部御用達の出入り業者としてラピアスさんにご愛顧戴いていたことが原因。そしてなにより、大口の取引先には逆らえません。商売人の悲しき性というやつですねぇ」


 気になる単語がいくつも出た。

 ミス静蘭。決闘見届け人。出入り業者……。


(………ん?)


 柊は違和感を覚える。何か、間違っているような……。

 だが、違和感の正体を掴むよりも、ハウザーがルーデンドルフに()み付く方が早かった


「貴様の立ち位置は何処だ? 赫船慈榮のように夜魔へと寝返ったわけではないだろう? 何を目的に行動している?」

「無論、利益のためです。極東の地における、次元破断という未曾有(みぞう)の大混乱。これを奇禍として、いかに大金を稼ぐか。我が商会の活動方針はそれに一貫しておりますので」

「ルーデンドルフは武器商人だからね」


 ラピアスが訳知り顔で二人の会話に割って入る。


「頼めば大概のものは一週間で揃えられるし、金さえ払えば運送運搬どころか設営管理まで全面的に請け負ってくれる。その気になれば原子力潜水艦さえ持って来れるって豪語していたもん。すごいよねー」

「おほめにあずかり恐縮です。まあ、旧ソ連製の退役艦であれば不可能ではない、とだけ言っておきましょう。極北関連の人脈はグラスノスチ以降随分と広がりましたからね。それに、知っていますか? ロシア神秘会が西洋魔術連盟と(たもと)を別ったことで、現在あの地は魔術界における空白地帯になっているのですよ。連盟に追放された結社や組織が軒を構えて商売を始めたせいで、今ではすっかりブラックマーケットのメッカとなりました。チェリャビンスクやムルマンスクの地下街などは、まさに頽廃の都(ソドム)と言った有り様ですよ」

「えー。そうなの? いいなあ。じゃあ、こっちの仕事が終わったら観光案内頼んじゃおっかなー。ウォオカ片手にAK乱射して人間狩りとか超楽しそう」

「そういうのは後始末が面倒なのでやめてくれませんかねぇ。まあ、夜魔の皆さんに人間社会の倫理観念を説いたところで馬耳東風なのでしょうが」

「よくわかってるじゃーん。ルーデンドルフのそういう物わかりのいいところ、私は好きよ。で、好きなついでに気になっていたことを聞くんだけど、ルーデンドルフって極東魔術師なの? 遊園地にしてもこの庭園にしても、実物と遜色(そんしょく)ない現実味と精巧さ。西洋魔術師(一律規格の大量生産品)には逆立ちしたってできない芸当だと思うんだけど?」

「それは企業秘密ということで。謎が多い方が魅力的に映りますし、ブラフを利かせるにも有利ですから。それより、そろそろショーの概略について説明しないと不味いのでは? そのために、わざわざお二人を招いたのでしょう?」


 ぽんとラピアスが掌を叩く。


「あー、そうだった、そうだった。ついつい好奇心を優先しちゃうのは私の悪い癖ね。で、ハウザー君に柊ちゃん。君たちを招待したのは他でもない。これから始まるスペクタクルなショーを一緒に観戦したいと思ってね。それで是非にと呼んだわけ」

「ショー?」

「そう、実に興味深い(もよお)しよ。二人も食い入って目を見張ること間違いない。だけどね、このショーには前置きがあるの。それを知らないと三部作の映画の完結編だけを見たような、映像美も演出もカッコ良かったんだけど、なんだかよくわかんないオチだったっていう、なんとも歯切れ悪い結果になりかねない。なので、私がレクチャーしてあげる。知らないよりも知っている方がより楽しめるからね」


 柊は(いぶかし)む。


「どういうつもり? わざわざ敵に情報を開示するなんて……」


 ラピアスは目を丸くし、次いで爆笑した。


「敵ー? ははは、柊ちゃんは面白いことを言うねー。それとも自分の置かれている状況がまだ理解できていないのかな? 君はもはや敵ではない、それどころか魔術師でさえない。今の君はフェルキア王に捧げられる生贄――呼吸する肉の塊に過ぎないよ。あ、でも、人間としてなら割合上等な部類だから誇っていいよ? 若い乙女で処女ってところもポイント高いよねー。うんうん、神に捧げる供物はやっぱりこうでなくちゃ。腸内洗浄やデトックスもさんざんしたから内蔵レベルで純潔だしね。そうそう、君のおなか、少しぽっこりしているでしょ? それはね、腸と胃に粘性の高代謝微生物が充填されているからで、最大二週間は利尿排便の必要性が……あいて!」


 柊からカップを思いっきり投げつけられ、のけぞるラピアス。


「技術総監、本題からずれていますよ。しかも思いっきりセクハラをかましておいでです」

「え、セクハラって、どこのこと? あ、処女ってところか。あー、ごめんごめん。でも、その年齢ならそんなに気にしなくても……。ん? それとも腸内洗浄の方? 量とか匂いとかが気になった? だいじょーぶ、だいじょーぶ。誰も気にしていなかったから。検査中は面倒だからずっと眠っていてもらっていたけど、その間に変なこともしてないし。まあ、真っ裸で放置していたし、全身の毛を()ったりもしたかもだけど、でも元々アンダーヘアーは薄……」


 今度はポットごと投げつける。


「ぎゃああ、熱、熱っ!」

「これは種族差以前にデリカシーの問題ですね。どうせすぐ治るのでしょうけど、いい薬です。少しは反省してください」


 転げまわるラピアスを後目(しりめ)に、ルーデンドルフが自分に注いだ紅茶を口があるだろう虚無へと傾け、嘆息する。ハウザーは腕を組んで黙ったままだ。

 冷然とした彼の姿に、柊ははっと我に返り、情けなさに意気消沈して座り込む。


(何をやっているのよ、もう……)


 虜囚(りょしゅう)という自らの境遇を、束の間とはいえ忘れていた。

 感情的に、衝動的に動くことは絶対にしてはならない。恥辱だろうが挑発だろうがどこ吹く風で受け流し、多弁を利用して失言を導き、脱出に有用な情報を少しでも掴むべきなのに……。


 (うつむ)く柊の耳に、低く(うな)るような声が届く。

 見上げれば、ハウザーが真っ直ぐに正面を見据え、静かに牙を()いていた。


「……この娘は魔術師だ。行動の自由と魔術を奪われているとはいえ、決して侮って良い相手ではない。第一、我はこの娘を女王に捧げることを許可していない。貴様らには貸し出しているだけで、依然としてこの奴隷の所有権は我にある。そして我の奴隷を愚弄(ぐろう)するという行為は、すなわち、その主人である我を(さげす)むに等しい。今後は控えていただこう」


 夜魔騎士としての正式な抗議に、白衣に(まだら)の染みを盛大につけたラピアスが物珍しそうにハウザーを見遣る。


「へえー、まさか君がそんな反応を示すとはね。というか、この期に及んで盾計画に反対しているとは思わなかった」

「計画の再開は王が(あずか)り知らぬこと。慎重にもなる」

「ジゼルの承認は貰っているけど?」

「そのジゼルが率先して赫船慈榮を引き入れた。反感反発は当然だろう?」

「ん? 待って。もしかして、あの子、赫船のスカウトは技術部からの提案だって公表していないの?」

「軍団長の発案ではなかったのか? だからこそ騎士団の失望と怒りは大きかったのだが……」


 不意を突かれたようなハウザーの表情に、ラピアスはやるせなさそうに嘆息する。


「そっか。道理で王城内でもごたついていると思った。王城と技術部だけの対立じゃなかったのね。全部こっちに押し付ければ済む話なのに……。ほんと、責任感が強い真面目ちゃんなんだから」


 気だるげに濡れた髪を掻き上げ、ラピアスが座へと戻る。

 そして、ぽつりぽつりと語り始めた。


「私が赫船慈榮を夜魔側に取り込もうと考えたのは、王の決闘を妨害するため。より正確に言うなら、王の決闘相手を弱体化し、あわよくば殺害して不戦勝を勝ち取るためよ。神体の建造が完了しても、材料不足から頓挫していた盾が完成したとしても、それでもまだ敗れる可能性がある。だからこその提案だったわ。(ひるがえ)せば、王の対戦相手はそれだけの力量の持ち主。ほんとーにほんとーに悔しいけれど、天敵中の天敵だと認めざるを得ない相手なの」


 ルーデンドルフが、顔無き顔で頷く。


「炎術師・不嶽鍊。極東最強とも噂される魔術師ですね。極東魔術連合、幣浄院の秘蔵っ子とも聞き及んでおりますが、しかし、どうしてそのような大物が反動勢力と絡むようになったのですか? ミスター鳳の殺害の実行犯でもあるのですよね?」

「ええ、フェルキア王との連名で犯行声明を書き遺したくらいだからね。バリバリのテロリストよ。どういう経緯で七凶聖に加入したのかは知らないけれど、静蘭とはかなり昵懇(じっこん)のようね。決闘にしたって、静蘭のご指名に二つ返事でオッケーしたそうだし。幣浄院と今でもつながっているかは不明ね。四饗公家が実名公表を抑えているところから察するに、完全に関係性を絶っているとは思えないけど」

「幣浄院が圧力を加えて四饗公家の口を塞いでいると……。うーん、どうでしょうねぇ。何とも言えませんが、幣浄院と四饗公家との間で何らかの取引が行われた可能性はありますね。極東連合は断片争奪レースの真っ最中。どちらの勢力も六紡閣に漁夫の利は与えたくないでしょうから。どちらかと言えば、幣浄院が四饗公家に大きな借りをつくった上で黙ってもらっているというシナリオの方があり得そうですね。幣浄院が不嶽鍊と未だ繋がっているのであればの話ですが」

「ま、そのあたりは別にどうでもいいんだけどね。こんなちっぽけな島国での権力争いなんか興味ないし。えーと、それでどこまで話したんだっけ?」


 ハウザーが溜息を吐く。


「思いつくままに喋っているからそうなる。起点を明確にして、時系列ごとに整理してから話せ」

「はいはい、ダメ出しどーも。じゃあ、最初の最初から。我らの王が詩貴静蘭によって天魔廟から()かれたところから話しましょうか」


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