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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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71/214

追手Ⅱ

 

 その瞬間だった。


 怒涛(どとう)のごとき、(ひづめ)の轟音。

 袈裟懸(けさが)けの一閃が、宙を踊っていた狼獣をばらばらの肉片に変える。

 柊は瞠目(どうもく)する。

 盛大に飛び散る血肉は、弾け飛びながら空中で奇妙に変化する。

 肉片が縮こまり、瞬間、沸騰するように爆発。かと思えば、そのまま地面にぼたぼたと落ちるものも。

 突如として魔術師たちの前へと立ち塞がった第三者に、獣たちが怯えて後退(あとずさ)る。


(……術式解除が能力じゃない? 破壊力の上昇とか、そういう解り易そうなものではなさそうね……)


 死神が持っていそうな、あの三日月型の大鎌。断片と関係しているだろう武器の正体は、勿論、気になる。

 だが、それ以上に明らかにしなければならないのは、敵である夜魔騎士がなぜ私たちを助けたのか、ということ。


「………」


 兜の隙間から覗く紅玉の虹彩(こうさい)が、柊を捉える。


(人馬一体型……。刑部と渡り合ったことからしても、夜魔の上位種であることは間違いない。断片らしき大鎌を持ち、胸に下げているのは……犬笛?)


 猟獣を解き放ち、逃げる魔術師を追い詰めるべく指揮を執っていたのは、どうやらこの個体らしい。

 それが、わざわざ姿を現して私たちを救った……。


(殺すことが目的ではない?)


 とすれば―――


「人質にでもするつもりかしら? 赫船の助力を得ても彼には勝てないから、情に訴えてみようとでも考えた?」


 古英語で尋ねる柊の言葉に、夜魔騎士は沈黙。

 しかし、ややあって口を開いた。


「違うな。そうではない。確かにあの男は底知れぬ力を秘めた炎の使い手ではあるが、それゆえに我らは堂々と討ち滅ぼすことを望む。強者は強者を尊重する。それは弱族種であろうとも守るべき礼節だ。組み難しと見るや姑息(こそく)に走るなど、本来、恥ずべき行為に他ならない……」


 夜魔騎士は小さく肩を揺らす。

 どうやら溜息を吐いたようだ。


「此度の私の役目は、魔術師の女、貴様を捕縛することにある。軍団長直々の命令だ。カジェオの失態の(つぐな)いでもある」


 夜魔騎士が少し呆れたように告げる。

 カジェオというのは夜魔の仲間だろうか。とりあえず、そこは無視して話を進める。


「狙いは私? なぜ?」

「答える必要はない」

「赫船と共謀しているの?」

「答える必要はない」

「捕縛、と言ったわね。ということは、生かして連れ帰ることが大前提。だから血気に逸った猟犬を殺したし、狙撃も止めた。死んでしまっては意味がないから。そうよね?」

「………」


 無言は、肯定。

 なら、まだどうにでもなる。


 夜魔騎士を見据えながら、柊は後ろ手をまさぐる。

 そして背嚢(はいのう)のホルダーに納めていた軍用ナイフを抜き取ると、それを自らの喉元へと突き付けた。


「投降するわ。私はどうなってもいい。その代わり、彼を見逃してくれないかしら」

「従わねば、自決すると?」

「ええ、その通り。まあ、この出血量だと、放っておいても遠からず死ぬだろうけどね。あんまり考えている時間はないわよ」

「……貴様が喉を貫く前に、刃を奪うことは容易(たやす)いぞ?」

「そう。じゃあ、やってみれば? 夜魔の反射神経がいくら凄いといっても、リーチの差はどうしようもないでしょ? それとも一か八かに賭けてみる?」

「………」

「私が死ねば貴方は目的を果たせない。軍団長からさぞかし失望されることでしょうね。フェルキア王の逆鱗(げきりん)にも触れるんじゃないかしら」


 適当に言っているだけだが、騎士は黙り込んだ。

 自分を使って何をするつもりか気にはなったが、今は考えない。

 倒れた伏見を一瞥(いちべつ)し、夜魔騎士が口を開く。


「魔術師の女よ。どうして私が約定を守ると考える? 劣等種である人間との口約束など、畜生に語る戯言(ざれごと)と同じ。論ずるに値しないと貴様を連れ去った後で男を殺すとは考えないのか?」


 柊は笑う。ふてぶてしく、しかし、力無く。


「そんなことしない。するわけがない……。夜魔は誉れある崇高な存在。常闇の貴族。そんな貴方たちが人間相手とはいえ、己に課した誓いに背くだなんて……。綺麗事やお題目で誤魔化そうとも、自分自身は裏切れない……。裏切ったら、清廉さや矜持(きょうじ)なんてただの飾りになってしまう……。何もかも許して、何もかも(ゆる)せなくなってしまう……。そうでしょう……?」

「………」


 夜魔騎士の大鎌が下がる。


「そうだ。己の血と誇りを信じ、突き進む。それこそが――」


 騎士は天空を仰ぎ見る。

 彼本来の記憶ではない、生産過程で埋め込まれた記憶因子――フェルキア王が直に目にした古の光景、その一部始終を脳裏に蘇らせ、深く息を吐く。


「我が王はこの地で貴様ら魔術師に敗北した。それは変えようのない事実。認めがたいが受け入れざるを得ない我らの歴史だ。払拭(ふっしょく)するには、塗り替えるしかない。

 ゆえに、我が王は万全を尽くすことを決断された。我ら眷属(けんぞく)もそれに(なら)う。しかし、私はあのような手段は認めない。無粋(ぶすい)、いや、侮辱にも程がある。あまつさえ、そのために(たぶら)かした魔術師に首を垂れるなど……。我が王が知ればどれだけ嘆き悲しまれることか」


 それは、連中も重々承知している。

 しかし、それでも成すべきだと考えている。

 だからこそ、(へだ)たりはいつまでも埋まらない。

 どちらも王を敬慕し、信奉するがゆえに。

 ならばこそ――私がこの女を捕らえたのは僥倖(ぎょうこう)か。


「魔術師の女、貴様のおかげで頓挫(とんざ)していた計画が動き出す。我が王が【盾】を得ることになれば、もはや敵はない。あらゆる不安は一掃される。反駁(はんばく)の声も(しず)まるだろう。そうなれば闘儀を執り行うことに何の支障も……」


 と、そこで何かに気づき、夜魔騎士は言葉を切る。

 珍しいこともある。熱が(こも)るあまり、いつになく饒舌(じょうぜつ)になっていたようだ。

 魔術師の女は、もうこちらを見てはいなかった。

 薄い半目を開けたまま、崩れ落ちるように倒れている。

 どうやら失血多量で失神したらしい。


「誓いの言葉がまだだったのだがな……」


 近寄り、覗き込む。

 顔面が紙のように蒼褪(あおざ)めているが、息はある。魔術師の肉体は頑健だ。この程度で死なないことは織り込み済みだが、万一と言うこともある。止血くらいはしておくべきだろう。

 夜魔騎士は肩に担いだ大鎌の刃紋も見遣り、首を横に振る。


「我が身命の一部とはいえ、得体の知れぬ力に頼りたくはないな」


 掌を、女の破断された右脚へと向ける。

 五指が変化して触手となり、更にはその先端が外科器具へと変異して、簡易手術が開始される。

 邪魔な肉片を除去し、破れた血管を縫合して、細胞活性光を放射。麻酔などは一切していないが、既に気絶しているので舌が嚙み千切られる心配もない。

 一応の止血処置が完了すると、夜魔騎士はぐったりとしている柊を馬の背中へと乗せる。

 (うつぶ)せにして荷鞍(にぐら)とし、連れて来ていた夜魔歩兵に腹の下で手足を縛らせる。抵抗されるのを危惧してというよりは、不意の襲歩(しゅうほ)でずり落ちるのを防ぐためだ。


「随伴ご苦労。私は王城に帰還する」


 屋外警備部門から借り受けた夜魔歩兵らが頭を下げる。


「男の方はいかがしましょう? 侵入者の排除は勅令であります。上位権限を有する特務総長といえども、それを無視することは……」

「わかっている。森の外へと追放しろ。但し、危害を加えることは許さない」

「わかりました。それでは、ただちに……」


 そこに、声が響いた。


「火津摩さんを……、返せ……」


 ふらふらと魔術師の男が立ち上がろうとしている。

 しかし、どうやらそれだけで精一杯で、魔術を練るような気配もない。

 では、なぜ立ちはだかろうとするのか。黙って死んだふりをしていれば容易に危機から脱出できていただろうに。

 銃を構える歩兵を、夜魔騎士は制する。


「虚勢を張る男を(くじ)く趣味はないが、言っておこう。貴様は女に生かされた。(みじ)めに醜態(しゅうたい)を晒しておきながら、女の献身ゆえに生かされた。貴様の魔術は脅威だ。生かしておいて良い理由などないだろう。しかし、私は貴様を見逃す。その意味を噛み締めながら、自身の脚で森より退き、現世へと帰れ。そして夜魔の恐ろしさを改めて喧伝するがいい。我らは何も恐れはせぬ。もはや炎術師さえもな」


 騎士は男に背を向ける。

 もはや語る言葉もない。

 膝を折って再び倒れた男が何事か呟くのが最後に聞こえた。


「火津摩、さん……」


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