王
勇壮豪奢な殻皮で全身を纏い、玉座にて瞑目するそれは静かに嘆息する。
「刻限まで、あと七日か」
早くもあり、短くもあった。
解決せねばならない問題、重要極まりない選択もあった。非情に徹さなければならない決断もあった。
葛藤もあった。逡巡もあった。だが、今はもうない。
あるのは、矜持。夜魔としての崇高なりし使命感。そして、不埒な輩へ鉄槌を下さねばならぬという苛立ちにも似た憤り。
勝てる、と思われている。奴に。奴らに。
それが我慢ならない。
「たかが人間ごときが。至上の種族である夜魔に対し、不遜にも程がある……」
しかし、認めよう。
かつて我々は敗れた。この極東で、魔術師に。
覆ることのない過去。払拭することのできない屈辱の歴史。決して癒えることのない因業。
なればこそ、同じ轍は踏まない。万端を、万全を尽くす。出来得ること全てを……。
「………」
拝謁の間の扉が開く。
畏まる配下が跪き、頭を下げる。
「陛下、ご報告いたします。神体用プロトコルの修正が完了しました。ご足労ですが、神経接合の最終調整をお願いしたく……」
立ち上がる。
手を見つめる。
切れ目が走り、鮮血の中から巨大な鎌が出現する。
粗野で無骨な造形だ。三日月を逆さにした形状の刃に、体内で根付く触手生命体を支柱として据えただけの簡素な代物。
だが、これこそが……。
「……誓約の文言に、これに纏わる記載は皆無だった。故意に省いたとあれば、我らがどのように処そうとも文句はない。そうだな?」
柱の陰に視線を向ける。
そこには、一人の男が佇んでいる。
「さあ、どうでしょうねえ。私にはわかりかねる問題です。何せ、私はしがない見届け人。中立遵守の立場から致しますと、肯定も否定もできないかと」
男は、のらりくらりと言ってのける。
益体もない。聞くだけ無駄だったなと己の不明を鼻で嗤う。
「………」
鎌の切っ先を見詰める。
滑らかな波紋。冷たい鉄の匂い。曇りもなければ、歪みも乱れもない。
鋭利な、ひたすらに鋭く、あらゆるものを掻き切るために砥がれた裁断装置……。
危うい力だ。人間の手には余る。それは夜魔であっても、我が身であっても同様かもしれない。
(奴は、我らにこれを使わせようと仕向けている。どのような魂胆だ? 何を企んでいる?)
答えは出ない。
だが、どうしようもなくわかることもある。
それは、矮小な人間の魔術師ごときが、真の霊長たる我の思考を弄び、操ろうとしていること。
「よかろう。踊ってやる」
あえて目論見に乗ってやる。その上で堂々と打ち滅ぼす。
そうすれば、否が応でも敗北を認めざるを得ないだろう。
昂揚はない。情念もない。
あるのは雪辱を果たさねばならないという、夜魔の頂点に君臨するものとしての当然の帰結。
「侵入者の方は任せる。決して邪魔が入らぬよう」
「わかっております」
自らが生み出した眷属を睥睨して、大鎌を手にそれは歩き去る。
この極東の地を、今度こそ無限の夜魔で満たすために。




