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次元破断の魔術師  作者: 秋原
炎術師の森

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61/214

 

 勇壮豪奢(ごうしゃ)な殻皮で全身を纏い、玉座にて瞑目(めいもく)するそれは静かに嘆息する。


「刻限まで、あと七日か」


 早くもあり、短くもあった。

 解決せねばならない問題、重要極まりない選択もあった。非情に徹さなければならない決断もあった。

 葛藤(かっとう)もあった。逡巡(しゅんじゅん)もあった。だが、今はもうない。

 あるのは、矜持(きょうじ)。夜魔としての崇高なりし使命感。そして、不埒(ふらち)(やから)鉄槌(てっつい)を下さねばならぬという苛立ちにも似た(いきどお)り。

 

 勝てる、と思われている。奴に。奴らに。

 それが我慢ならない。

 

「たかが人間ごときが。至上の種族である夜魔に対し、不遜(ふそん)にも程がある……」


 しかし、認めよう。

 かつて我々は敗れた。この極東で、魔術師に。

 (くつがえ)ることのない過去。払拭(ふっしょく)することのできない屈辱の歴史。決して()えることのない因業。

 なればこそ、同じ(てつ)は踏まない。万端を、万全を尽くす。出来得ること全てを……。


「………」


 拝謁(はいえつ)の間の扉が開く。

 (かしこ)まる配下が(ひざまず)き、頭を下げる。


「陛下、ご報告いたします。神体用プロトコルの修正が完了しました。ご足労ですが、神経接合の最終調整をお願いしたく……」


 立ち上がる。

 手を見つめる。

 切れ目が走り、鮮血の中から巨大な鎌が出現する。

 粗野で無骨な造形だ。三日月を逆さにした形状の刃に、体内で根付く触手生命体を支柱として()えただけの簡素な代物。

 だが、これこそが……。


「……誓約の文言に、これに(まつ)わる記載は皆無だった。故意に(はぶ)いたとあれば、我らがどのように処そうとも文句はない。そうだな?」


 柱の陰に視線を向ける。

 そこには、一人の男が(たたず)んでいる。


「さあ、どうでしょうねえ。私にはわかりかねる問題です。何せ、私はしがない見届け人。中立遵守の立場から致しますと、肯定も否定もできないかと」


 男は、のらりくらりと言ってのける。

 益体(やくたい)もない。聞くだけ無駄だったなと己の不明を鼻で(わら)う。


「………」

 

 鎌の切っ先を見詰める。

 滑らかな波紋。冷たい鉄の匂い。曇りもなければ、歪みも乱れもない。

 鋭利な、ひたすらに鋭く、あらゆるものを掻き切るために()がれた裁断装置……。


 危うい力だ。人間の手には余る。それは夜魔であっても、我が身であっても同様かもしれない。

 

 (奴は、我らにこれを使わせようと仕向けている。どのような魂胆(こんたん)だ? 何を(たくら)んでいる?)

 

 答えは出ない。

 だが、どうしようもなくわかることもある。

 それは、矮小な人間の魔術師ごときが、真の霊長たる我の思考を(もてあそ)び、(あやつ)ろうとしていること。


「よかろう。踊ってやる」


 あえて目論見(もくろみ)に乗ってやる。その上で堂々と打ち滅ぼす。

 そうすれば、否が応でも敗北を認めざるを得ないだろう。


 昂揚はない。情念もない。

 あるのは雪辱を果たさねばならないという、夜魔の頂点に君臨するものとしての当然の帰結。


「侵入者の方は任せる。決して邪魔が入らぬよう」

「わかっております」


 自らが生み出した眷属(けんぞく)睥睨(へいげい)して、大鎌を手にそれは歩き去る。

 この極東の地を、今度こそ無限の夜魔で満たすために。


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