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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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追憶Ⅰ

 目が覚めると、私は白い部屋にいた。

 此処は、どこだろうか……? 

 うすぼんやりとした視界一杯に、柔らかな白光が満ちている。

 周囲を見渡そうとして、首が動かせないことに気付く。コルセットのようなもので拘束されているらしい。喉の下あたりには違和感もあって、管のようなものが器官に直接突っ込まれているような感覚もある。

 痛みはない。ただただ全身が麻痺していて、頭の中が霧掛かったように曖昧で、(まぶた)を開けることさえ億劫(おっくう)だった。


『……覚醒しました。脳波の測定を開始。意識レベルは……』


 誰かが(ささや)いている。女の声? 頭の後ろの方から……。誰かいる?


『バイタルに変化なし。眼球運動、正常です』

『生検に回さなければ何とも言えないが……、とりあえず、術式図を埋め込むための下準備はクリアーか。姉妹(そろ)って運が良い。まあ、性能面においては妹の方が遥かに優秀ではあるがな……』


 女に続いて谺する男の声を、私はぼんやりと聞き流し――


(姉妹……。妹……?)


 瞬間、何もかもを思い出して愕然となった。

 学校からの帰り道。灯りの点いていない我が家。廊下で死んでいた母。リビングで殺されていた父。戸惑い怯えるあの子の背後から……。危ない! そう叫ぼうとして……。

 私は必死になって起き上がろうとした。しかし、どうやっても力は入らない。指を握り込むことさえできない。口を動かそうとする。動かない。ぴくぴくと瞼が痙攣(けいれん)し、唇がほんの僅か歪んだがそれだけだった。


『やれやれ。脳を(いじ)られた直後で元気なものだ』

『……どうします? 暴れるようであれば、投薬量を増やしますが?』

『そうしてくれ。但し、適量厳守。今この瞬間より、この素体は我々にとって貴重な金蔓(かねづる)となった。クライアントに引き渡すまで、殺すわけにはいかないからな』


 シューという短い機械音が聞こえると同時、目の奥がチカチカと火花を放つようになる。

 ひどい頭痛。気持ち悪い。考えが(まと)まらない。世界がぐるぐると回っていく。


『意識があるなら私の声は聞こえているな。君は魔術師というものを知っているか?』


 冷笑めいた男の声が、ぐわんぐわんと鐘の音のように響く。


『魔術師とは、奇跡を顕現する(わざ)を宿す異能者にして、極東を真に統べる超越者である。おめでとう。君は魔術師になるための最初の試練を乗り越えた。さあ、眠るがいい。次の地獄が待っているぞ』


 その予言は、ものの見事に的中した。

 地獄の日々だった。

 投薬、手術、検査、訓練……。投薬、手術、検査、訓練……。

 ひたすら、その繰り返し。

 白衣にゴーグル型のマスクを嵌めたスタッフたちは私の叫びに耳を傾けることは一切せず、過酷で非人道的なカリキュラムに私を強制的に追い遣った。

 心肺性能検査では溺死寸前となり、耐圧検査では鼓膜が破れて、顎の骨と肋骨が八本圧し折れた。腸膜剥離や血尿はしょっちゅうで、多臓器不全で死にかけたことも何度かあった。

 少しでも逆らう素振りを見せれば、容赦なくスタンガンの電撃を浴びせられた。私の身体機能の数値が常人のそれを凌駕するようになると、奴らは非殺傷のゴム弾を至近距離から浴びせるようになった。折檻(せっかん)は、私が検査や訓練で期待値を下回った時にも行われた。その代わりかは知らないが、私的な制裁や暴行は一切なかった。

 今にして思えば、連中はプロフェッショナルだったのだろう。商品には手を出さない。価値を吊り上げるための暴力は是とするが、それ以外は認めない。そうしたルールの一つに、商品に情を抱かぬよう、必要以上に言葉を交わさないという項目があったのだと思う。

 スタッフは誰しも無口だった。

 唯一の例外は私の担当監督官で、酷薄無情な彼は私が求めるまま、あらゆる情報を語ってくれた。


『非魔術師の血脈に、突如として魔術の才を宿した素体が誕生する。それ自体は稀有(けう)なことではない。魔術師の血脈分布は複雑だ。零落した三流四流の血脈が何処に消えたのかなんて誰も気にしていないし、系図から漏れた庶子など星の数ほどもいるからな。遺伝子の悪戯(いたずら)として十分に説明がつく』

『我々はそうした世俗民を見つけ出し、素養開花および術式図適合のための改造手術を(ほどこ)している。……何の為に? 無論、金のためだ。……両親を殺した理由? 君達の売却に反対し抵抗したためだが、それが何か?』

『魔術師は血統因子によって、相伝の魔術を継承する。だが、時に血統が断絶し、継承が途絶えることがある。その際、宙に浮いた術式図が闇に流れることがある。我々はそうした術式図を入手、あるいはクライアントからの提供を受けて、素体への移植を執り行う。成功すれば、即席魔術師の誕生だ』

『あとはクライアントに然るべき値段で買い取ってもらう。その後、君達がどうなるのか私は知らない。興味もない。……人身売買? その通り。極東魔術界とはそういうものだ』


 非道が公然と(まか)り通り、法は元より機能していない。

 絶望しかなかったが、希望もあった。


『君の妹は、君以上の検査にも平然とした顔で耐えていた』

凡庸(ぼんよう)な君とは違い、妹はまさしく天才だな。非魔術師の血統とは思えない』

『喜び(たま)え。君の妹のために、クライアントは伝家の宝刀を供することを決定した。君はこれから妹の保険となる。廃棄処分寸前ではあるものの、姉妹間の遺伝的類似性は無視できないからな。()って延命おめでとう』


 妹が生きている。その事実だけが私の心を明るくした。

 白い廊下で擦れ違う面々の中に、妹の顔は終ぞなかった。

 優良品として特別な待遇下にあると監督官が言っていたので、たぶんそのせいなのだと思う。

 一目でいいから会いたいと私は願っていた。妹が製品として完成すれば、私は不用品として処分されてしまう。そう理解しながらも、私は術式図の移植に挑む妹の手術の成功を願っていた。どんな形でもいい。あの子が生きていてくれるのなら、と。

 そして、あの日がやってきた。


『君の妹の手術が成功した。おめでとう』


 拘束した私を無人のトレーニングルームへと連れ出した監督官は、サブマシンガンを携えた白衣の警備兵たちを背にして、そう言った。

 私は、すぐに状況を理解できた。そうか。これから私は処分されるんだ。


『君の肉体はもはや魔術師のそれに等しい。生半可な薬物では致死に達しない場合がある。これが君の生命を断つための最も効率的で経済的な手段なのだ。質問は?』


 私は無言で首を横に振った。何を言っても無駄だとわかっていたから。


『そうか。では、これより殺処分を開始する。構え』


 立ち尽くす私に、淡々と無数の銃口が向けられる。

 結局、あの子とは会えないままだったな。元気でいるといいな。天国でお父さんとお母さんに会えるかな? そんな事を考えていたと思う。

 私は(うつむ)き、眼を(つむ)った。恐い事も苦しい事も、あと一回だけ。でも、あの子はこれからも……。

 気付けば泣いていた。悔しくて、悲しくて。あの子をこんな運命から護ってあげられなかったことが情けなくて……。


『撃て』


 私はぐっと固く目を瞑った。

 その刹那(せつな)、轟音と共に衝撃が全身を襲い、凄まじい熱が肌を突き刺して――


(……?)


 それだけだった。銃声は響かず、痛みもない。何が起きた?

 私はおそるおそる目を開き、唖然(あぜん)とした。

 トレーニングルームの壁面に巨大な(あな)が開いていた。孔の縁には高温の熱で溶かされたような炭化の痕が綺麗についていて、そして目の前には黒墨になった人型の物体が四つ、じゅうと湯気を噴出していて……。まさか、これは……。

 途端、何者かに激しく肩を掴まれた。私は驚き、咄嗟(とっさ)に振りほどこうとして、


『お姉ちゃん! 良かった、本当に良かった! 無事だよね! 生きているよね!』


 それは、妹だった。薄い緑色の手術着を纏い、深紅の炎の残滓(ざんし)を右手に漂わせた彼女は、屈託のない笑みで私を見詰め、そして言った。


『助けに来たよ! 一緒に……一緒に逃げよう!』

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