小休止Ⅱ
突如として議場に投げ込まれた霧郡喪失の報告に、三十三奉官は大混乱に陥った。
「十五年ぶりに訪れた、次元破断。それはつまり、連合首座に昇り詰める千載一遇の機会が到来したということだ」
三十三奉官は角を突き合わせて話し合った。
次元破断発生の一報に、六紡閣も幣浄院も色めき立っているに違いない。欣喜雀躍と準備を整え、霧郡での断片争奪に乗り出すはずだ。
この流れに遅れてはならない。我々も即座に霧郡へと派兵すべし。総力を結集し、連合首座をこの手に掴むのだ。
「平安末世まで、四饗公家は極東魔術界を支配していた。その栄誉をもう一度という声は今でも大きい。だが、この主張は全面的な支持を得られなかった」
確かに好機である。しかし、優先すべきはそれではない。
「特に好戦的な武闘派が主張したのが、七凶聖を名乗ったテロリストの誅殺だ。まずは愚弄されたことへの雪辱を果たすべし……。外聞と面子こそが四饗公家の真髄だと妄信しているような連中だからな。まあ、舐められれば骨までしゃぶりつくされるのが魔術師の常だ。緘口令を敷いても、筆頭暗殺の情報は遅かれ早かれ漏洩する。あながち間違いでもないだけに、会議は揉めた」
筆頭補佐としての地位を考慮し、あえて事態を静観していた弍神馨だったが、このままでは紫饗公家の中枢が麻痺すると判断。遺恨が燻るとわかりながらも多数決を提案し、それによって四饗公家の指針がようやく決定することになる。
「結局は、中途半端な折衷案になった。霧郡派兵は選抜者による少数精鋭で行う一方で、七凶聖捕縛のための特捜班を結成。來峰は病臥とし、連合閣議には代理を立てる。次の筆頭が選出された時点で病死と公表。それまではトップの不在という組織の脆弱性を悟られぬため、六紡閣、幣浄院との折衝は可能な限り回避する。無論、霧郡での交戦も厳禁だ」
弱腰との批判も各方面からあったが、弍神馨率いる保守派はこれを推進。
現在は、武闘派が特捜班を抱き込んで暴走しかけているのをどうにか押し留めているとのこと。そのせいもあって、四饗公家では内紛の機運が高まっているらしい。
「そして、今から五日ほど前のことだ。俺は祖父に呼び出された」
柊は頭の中で指を折る。
五日前というと、自分たちが次元穴を潜って霧郡に降り立った頃だろうか。
「うちの情報部が、極めて出所の怪しい情報を爺の元へと持って来た。霧郡に七凶聖の一人が潜伏し、ある塔を占拠している。塔の最上部には断片と思われる神秘が収められており、そいつは断片を掌握している。更に、六紡閣が早晩、その塔を攻略する予定だとな」
感心する。
流石は、四饗公家。優秀な情報網があるようだ。
「そこで、爺は俺に命じた。塔の魔術師――七凶聖の阿万鵺奏弦と接触し、首魁の居場所を聞き出すようにとな」
阿万鵺奏弦。
それが、この塔の魔術師の名前だそうだ。
しっかりと脳に刻み付ける。阿万鵺の魔術の特徴や戦法なども聞き出したいところだが、今は会話を優先させる。
「なぜ、居場所を? 捕縛とかじゃないの? それに断片は?」
「色々思惑があるんだろう。聞き出すにあたり、尋問や拷問はするなとも言われたからな。断片は……、まあ、二の次だな。六紡閣に先取りされても挽回できるだけの腹積もりがあるんだろう」
「ふーん……。まあ、いいわ。一連の動きを総括すると、貴方のお爺さんは、断片よりも四饗公家内の内部分裂をどうにかしたい。そのためには原因を造った七凶聖のリーダーの身柄を抑えておきたい。それも自分の手で……、ってこと?」
武闘派やその他不穏分子を黙らせるために、これ以上の材料はないはず。
そう思っていたのだが、巽はちらりと柊を見遣ると、微かに肩を竦めてこう言った。
「さあな。全ては憶測だ。そうかもしれないが、そうではないかもしれない。命令の裏を探ることに大した意味はない。断れない以上は従うだけだ」
「そりゃそうかもしれないけど……。でも、生命を賭けているんでしょ? だったら……」
「必要な情報ならば爺も教えるはずだ。知らない方がいいこともある」
正論だ。しかし、そうすると……。
「あのさ。色々教えてくれて有難かったんだけど、本当に喋っちゃって良かったの? 四饗公家の内情とか任務の中身とかさ。私、六紡閣の魔術師なんだけど」
完全なる利敵行為。だが、彼は動じない。
どこか諦めたかのように静かに呟きながら、柊の膝ですやすやと寝息を立てている少女を指差す。
「本来ならば、な。だが、そいつがおまえを連れて来た時点で、どうでも良くなった。塔での六紡閣との接触は回避しろ、可能な限り気取られるなと言われたが、バレた後の指示までは聞いていない」
「ん?」
柊は口籠る。えっ、それって……。
「あの……、暗に殺して始末しろって言われていない?」
それはそうだ。弍神馨としては、早蕨の塔での弍神巽の行動一切がリスクを伴う。
身内にバレれば独断専行を責め立てられるだろうし、六紡閣にバレればそのまま全面衝突へと成りかねない。慎重を期すのは当然と言えるだろう。
巽はじろりと柊を見遣り、鉄面皮のまま面倒臭そうに嘆息した。
「だから、同盟だ。事情を汲めなければ相互協力など望めない。必要だと思ったから開陳したまでだ」
「その、私が第三者に漏らすリスクとかはどうするの?」
「……黙っていてくれれば、問題ない」
それは圧迫でも脅しでもなく、ただの懇請だった。
どこか投槍気味にも見えるその横顔に、柊は吹き出しそうになるのを必死に堪える。
(こんな魔術師もいるんだ。初めて知った……)
塔を昇る途中、疲れが見えた少女に配慮し、ひと休みにと選んだ大聖堂。
湾曲した天井のフラスコ画を眺めるのに飽きれば、すぐに手持ち無沙汰になってしまうような空間だが、四方を警戒するには適当だし、なにより点る角灯の光が黄昏めいていて眼に優しい。
少女はよく眠っている。さらさらとしたその髪を穏やかな気持ちのままに撫でていると、ぽつりと巽が呟いた。
「それに情報漏洩という意味では、そいつに出逢った時点で詰んでいる。俺と精神感応の相性が良過ぎるせいか、行動さえも先読みして、いくら撒こうが付いて来る。いつの間にか蟲とも親しくなっているしな。どこの誰だかわからないが勝手なものだ」
ぶっきらぼうな巽の物言いに、柊は小さく笑みを零す。
「なーに? この子が私を連れてきたことを根に持っているの? 確かに失敗しちゃったかもしれないけれど、そんなに邪険にしなくたっていいじゃない。この子はこれから大仕事が待っているんだから」
「? どういうことだ?」
またまた、と柊は巽に笑い掛ける。
「迷宮での索敵は、あくまでついで。本命は、阿万鵺奏弦の発言が本当かどうかの審議判定、でしょ? この子の能力を使えば嘘を見抜くことも簡単でしょうし。あっ、でも相性の問題があるんだっけ。だけど、全く見抜けないわけじゃないと思うから、役に立たないってことは……」
「……火津摩、おまえは、根本的な勘違いをしている」
「へ?」
虚を突かれた柊に、巽は無表情のままに告げた。
「これは秘匿扱いの任務だ。そして、俺は単身で霧郡に来た。更に言えば、俺に妻子はいない。つまり、そいつは俺の後を勝手に付き纏っているだけの赤の他人だ」




