蟲Ⅰ
次の瞬間、甲高い炸裂音と共に、男の全身を打擲しようとしていた四本の鎖の頭が爆発する。
(拳銃……? 違う、あれも蟲……⁉)
男の右手に収まるもの。それは、ぎちぎちと奇怪な鳴き声を放つ、自動拳銃に姿を似せた大飛蝗だ。
螺旋状の歯が並ぶ銃口に、グリップとなるべく一塊となった分厚い後肢。撃鉄らしき機構には薄い翅がグライダーの尾翼のように伸びており、腹腔の蠕動に合わて微かな振動を奏でている。
(影から飛び出て来た! 使役系の魔術師……! 数で圧してくるなら、先手を取り続けないと……!)
柊はすかさず追撃の炎鎖を投じるが、撃鉄を引き起こす男の動作も、また早い。
衝撃音と共に、再び霧散する炎鎖。
そして男の持つ蟲の銃口が、すっとこちらに向けられる。
(やばっ……‼)
石畳を蹴りつけて、咄嗟に身体を横へとずらす。
ぎゃいいん、と不協和音を響かせて、一瞬前まで自分がいた石床に穴が空いた。
撃ち合いでは分が悪い。しかも、コンクリートにめり込んだ形成蟲弾から染み出ている青紫の液体……。
(十中八九、毒だ。一発くらいなら耐えられるとか甘い考えは捨てないと……)
ならば、次の手だ。
男に的を絞らせぬよう、柊は炎鎖を壁に打ち込みながら立体機動で三次元的に動き回る。
銃弾が浴びせられるが、回避に専念した柊の方が少しだけ速い。なんとか躱せる。
(銃蟲の構造が銃と同じなら、弾丸は弾倉にある分だけ。装填が必要なはず……!)
「………」
十三発。それだけ撃ったところで、男の動きが止まった。
ギイィと銃蟲が鳴き、男が手を離す。
銃蟲はそのまま足元の影へと吸い込まれるようにして消えて行く。
おそらくだが、弾丸の再装填は弾倉を入れ替えるのではなく、蟲自体を影に戻すことで行われるのだろう。
興味が湧くが、だからといってこの隙を逃せるはずもない。
(今だ……!)
柊は壁を蹴り、中空から男へと一直線に吶喊する。
至近に迫る柊に、男は迎撃する術がないのか、両腕を十字に組んで構える。
が、それは早計に過ぎなかった。
「……‼」
男の影から、黒い靄が立ち昇る。
夥しい数の虻と蠅。炎鎖で一掃するにしても、あまりにも多過ぎる。
一撃で男を仕留められなければどうなるか。
肉を啄まれ、眼球を抉られ、皮膚を食い破られて失血多量で絶命することは自明の理。
柊は振り下ろしかけていた炎鎖を強引に引き戻す。そして床に炎鎖を叩きつけると、その反動を利用して、男の目の前で大きく左へと跳び退った。
「…………」
柊の動きを追う、男の視線。
それを一身に浴びながら、柊は小さく快哉を叫ぶ。
「獲った……!」
光の屈折率を利用し、透過迷彩を施していた炎鎖の一本。
気取られぬよう、ゆっくりと慎重に男の背後へと動いていたそれは偽装を解くや否や、無防備な男の後頭部を殴り飛ばそうと火箭となって飛び掛かり……、
「なっ……⁉」
かあん、という異質な亀裂音によってあっさりと弾かれる。
いったい、いつ、召喚したのだろうか。
エメラルドグリーンの光沢を放つ無数の甲蟲が、男との間に盾となって割り込んでいた。
渾身の魔力を籠めた一撃は鋼鉄板を簡単に凹ませるだけの威力があったはず。が、甲蟲の背には罅一つ入っていない。
「………」
首を伝って、シャツの中へと隠れていく甲蟲たちを気にするでもなく、男は微かに傾いた眼鏡を直す。それが度の入っていない伊達眼鏡だということに柊は気付いたが、そんなことはどうでも良かった。
重要なのは、影から再び銃蟲が出現したこと。
それも一匹ではなく、二匹同時に。
(二挺拳銃……!)
男は両手に銃蟲を携えると、無表情にこちらを向いた。
そして、再び照準を合わせようとした、その時。
《ダメだよ、お父さん‼ その人は悪い人じゃないよ‼》
幼さを色濃く残す、綺麗に澄んだ少女の叫び。
しかし、その音色は、耳孔ではなく頭の中へと直に響いた。
柊は驚きに打たれながら、天井を仰ぎ見る。
大蜈蚣にぐるぐる巻きにされた少女が、男に向かって必死に何かを訴えている。ぱくぱくと口を動かしているが、声は発していない。いや、発することができないのだろうか。
(……思念伝達。精神に直接作用する魔術の中には、テレパシーのようにコミュニケーションできるものもあるとは聞いていたけど……。いや、待って。それよりも……)
思わず、声に出して叫んでしまった。
「えっ……、もしかして、親子ってこと……⁉」




