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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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尋問Ⅲ

 

「久慈原ぁ‼」


 多々羅の全身に(さざなみ)(はし)った。

 一瞬で皮膚が黒化し、筋骨が隆起。顔面は怒れる表情のままに、一本角を生やした巨大な鬼へと変貌(へんぼう)する。

 (やぶ)れた腹からはどくどくと溢れんばかりに血が流れるが、多々羅に躊躇(ちゅうちょ)はない。金属繊維と化した髪を爆発的に生え伸ばし、束ねたそれらを蜘蛛(くも)脚のように操って、久慈原へと飛び掛かる。


「きしゃああああああああっ‼」


 ぱちん


 次の瞬間、多々羅の首は、まるで手品のように忽然と斬り飛ばされていた。


「……‼」


 どうと倒れ伏す胴体。

 弛緩(しかん)する髪。

 グロテスクなまでに滑らかな切断面を、一呼吸遅れて噴き出した鮮血が塗り潰す。

 柊は久慈原を茫然と見遣る。

 右の羽織の袖奥から覗く鞘の鯉口に、抜き払ったであろう刀身を既に収めている男の背中を。


(……目を離していたわけじゃない。なのに、まったくわからなかった……。神速の居合。これが、久慈原千景の魔術……)


 だが、驚きはまだ終わってはいなかった。


「えっ?」


 鬼に変ずれば、魂もそれへと変わるのだろうか。

 酒呑童子の伝説のように、首だけになりながらも、多々羅信篤はまだ生きていた。

 (まり)のように弾み、確かな意思の元に壁へとぶつかり跳ね返って、気焔爛々(きえんらんらん)と久慈原の背後から大口開けて迫り来る。


「しゃああああ!」


 完全なる不意打。だが、振り向く久慈原には余裕があった。


「やれやれ。くどいですよ」

 

 極限まで意識を集中して、ようやく見えた。

 鋭く虚空を撫でる、鋼鉄の線光。それは、彗星のような流麗さで、怒れる鬼の顔面を上下真っ二つに両断する。

 久慈原が愉悦の微笑を零す。

 勝敗は決した。誰が勝者で、誰が敗者か。この瞬間をもって明らかとなった。

 だが、それでも、彼はまだ諦めてはいなかった。


「………‼」


 鼻から上を完全に吹き飛ばされながらも、多々羅の(おとがい)は虚空を駆けた。

 大きく顎を開け、牙を鳴らし、向こう見ずな簒奪(さんだつ)者を噛み殺さんと吶喊(とっかん)する。

 

「くっ……‼」 


 久慈原が咄嗟(とっさ)に右腕を盾にする。

 ガチガチと開閉する口蓋(こうがい)は、むしゃぶりつくままに腕を噛み千切ろうと試みる。

 だが、そこまでだった。

 無念とばかりにずるずると地面に()ちた残骸を見遣り、久慈原は頬を引き攣らせたまま悪態を吐く。


「見苦しさの権化ですか、貴方は……。始末しておいて正解でしたよ。こんなに生き汚いとは。これでは逃げ延びることが出来たのも納得です。まあ、しかし、安心してください。貴方の仇討ちは僕がきちんと果たしますから。貴方を殺した塔の魔術師は、きちんと僕が始末しておきますので」


 久慈原が多々羅の情報を無用と()てたのは、己の抜刀魔術に絶対の信頼と自負を抱いているからだろう。

 これさえあればどんな道も(ひら)かれる。何者も敵ではない。そう信じて疑わない自負と陶酔が、徐々に冷笑へと歪む口元から伝わってくる。

 久慈原が柊へと視線を向ける。これまでにない上機嫌で。

 だからこそ、柊は背筋が寒くなる。


「さて。それじゃあ、満を持して塔の魔術師に会い行くとしようか。火津摩、引き続き露払いを任せる。何をぼうっとしているのかはわからないが、くれぐれも僕の手を(わずら)わせることのないように」

「……はい、わかりました」


 柊としては、そう頷くしかない。

 多々羅信篤の死の真相を目撃した者として出来ることは、久慈原の非を騏堂に訴えるか、それとも共犯者として久慈原に(おもね)るかの二択……。

 久慈原が私を口封じに殺すことは簡単で、それをしないのは任務の最中であり、同伴者である私の死が自身の評価を下げることを危惧しているから。あるいは、雑用として使える内はこき使おうという腹なのかもしれない。


「………」


 恨めしそうにこちらを見詰める鬼の双眸(そうぼう)から目を逸らす。

 多々羅が消えたのは、久慈原のみならず、柊にとってもメリットがあった。

 騏堂の身辺が薄くなれば、その分だけ暗殺できるチャンスは増える。

 そう考えよう。

 それに、結果として貴重な情報も得た。

 多々羅の執念が久慈原の右袖に食らいついたあの瞬間、柊は見ていた。

 なぜ、久慈原は鞘を袖に収めたまま仕込み刀を振るったのか。


(それは隠すため……。鞘に繋がった、細く長い紅の(くだ)を……)


 (めく)れた袖口から一瞬だけ見えたそれは、今でも深く心に留めている。

 いつか来るだろう、久慈原千景が火津摩柊を処分しようとするその時に備えるために。


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