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次元破断の魔術師  作者: 秋原
早蕨の塔

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尋問Ⅰ


 話は、十五年前まで(さかのぼ)る。

 十五年前、観測史上類を見ない巨大次元震が極東列島に発生し、一つの街が次元の狭間――亜空隙へと堕ちた。

 被害に遭った都市の名は、平灘(ひらなだ)

 次元震の余波と思われる次元穴から平灘に渡れることに気付いた極東魔術連合は、早速調査に乗り出した。

 四饗公家、幣浄院、六紡閣の三派閥からなる合同チームを組織し、現地へと派遣。

 彼等は平灘各地を探索し、様々な霊異事象と遭遇。そして、その中に、極めて異質な奇蹟(きせき)を発現する神秘を発見したという。

 その神秘がどのようなものかは、わからない。

 ただ、次元破断の断片、と名付けられたことだけが知られている。

 次元破断の断片は、現世で見つかるような神秘類とは明らかに一線を画したようで、平灘では断片を巡り、三派閥間で壮絶な内輪揉めが起きた。

 紆余曲折は不明だが、平灘が次元の彼方へと永久に消え去ったことで、断片を巡る三派閥の闘争は幕を閉じた。

 平灘と共に消えた魔術師の数は百とも二百とも言われているが、詳細は不明。確かなことは、いずれの派閥も手痛い損失を被ったということ。

 だからだろうか。三派閥は和睦にあたり、ある取り決めを交わした。


『連合設立以来、連合首座は空位である。これは互いが互いを首座に就けまいと画策したがゆえ。然して危機急難において連合の秩序は乱れ、平灘での惨劇と相成った』

『連合は首座の下、団結するべきである。しかし、此処に至るまでの咬牙切歯(こうがせっし)幽愁暗恨(ゆうしゅうあんこん)。決して容易く晴らせるものではない。我々は殺し過ぎた』

『そこでだ。次なる次元破断の襲来があるならば、その際に断片を手に入れた者こそを、連合首座に就かせよう』

『そして、その者の下で三派閥は合流を果たし、連合は真に極東を支配する』


(次元破断の断片を誰もが欲しがるわけよね……)


 柊はひっそりと嘆息する。

 兎塚のような外法師であっても、断片を手に入れて三派閥のいずれかに献上すれば、薔薇色の将来が約束される。

 連合復帰も叶うし、名門への仲間入りだって可能だ。莫大な報奨金にも(あず)れる。

 連合への恭順が嫌ならば、謀略や陰謀に使うこともできるだろうし、それに……。


(極東魔術師は古来より、奇蹟を暴き、神秘を抽出し、それを術式として脳に刻むことで強大な力を得て来た。雷を放つ霊獣からは、発電と帯電の(すべ)を。邪魅を生み出す穴蔵からは、鬼を殖やし使役する(ことわり)を。だとすれば、次元破断の断片からも……?)


 そう考えて、


「はっ、ざまあねえさ。しくじっちまったよ」


 自虐めいた悪態に、柊は現実に引き戻される。

 長い沈黙だったが、多々羅はどうやら腹を括ったようだ。


「そうですか。それでは、何があったのかを簡潔に」


 促す久慈原へと、多々羅はあえて陽気に語り出す。


「御屋形様は次元破断襲来からほぼ間を置かずに俺を霧郡へと送った。最近姿が見えなくなった近習衆がいるだろう? 奴等もだ。この霧郡の何処かにいて、俺と同じく断片の捜索の任に当たっている……。これはまったくの勘だが、俺はそいつらの中でも最も早く断片の在処に辿り着いたと思うぜ? 何故だと思う?」

「……謎かけで遊ぶ気分じゃないんです。早く言ったらどうですか?」

「つれないな。まあいい。簡単な話だ。断片が何処にあるのか、次元穴を潜る前からわかっていたから。それだけだ」

「わかっていた?」


 柊が思わず口に出した言葉に、多々羅がにやりと反応する。


「ああ、そうだ。これこれの方角の、これこれの位置にある座標へと向かえ。そう御屋形様から申し渡されていたんだよ。早蕨の形をした馬鹿でかい塔。その中に断片があるはずだ、ってな。そして実際、そこに塔はあった。断片もな」

「………」


 おかしい。柊は大きな疑念に囚われる。


(多々羅の言葉が真実であれば、騏堂は現世に留まりながら、断片の在処を知っていたことになる。先遣隊を差し向けるよりも早くに座標を見抜き、構造物の特徴まで言い当てた。それも、霧郡の概念複写や天変地異に伴う面積膨張を加味した上で……)


 まるで実際にその場へと行って来たような精確さだが、騏堂が霧郡へと赴いていないことは、虐待同然の鍛錬の最中に本邸警備に勤しんでいた柊自身がよく知っている。

 騏堂は六紡閣の総統。瞑想と就寝を除けば、ほとんどの時間を派閥の最高責任者としての政務に費やしている。


(次元穴の不便性を考えれば、日帰りでの往来は不可能……。連合の公式アナウンスは、霧郡喪失自体を未だ確認できずと伝えているし、三派閥がそれぞれの出方を伺って水面下で牽制し合っているのかも……。だとすれば、騏堂は自重に徹するはず。下手に先走れば、幣浄院と四饗公家から一斉に攻撃されかねないから……)


 だとすれば、同じ疑問に突き当たる。

 騏堂が断片の在処を知っているのはどうしてだろう?

 柊は久慈原をちらりと見遣る。

 同じ疑問に行き付いているはず。しかし、男に戸惑う素振りは見られない。


「そうですか。で、断片まで辿り着きながら、おめおめと逃げ帰ったその理由は?」


 望んだ反応ではなかったのだろう。多々羅は久慈原をつまらなそうに睨み、呟いた。


「この傷はな、瀕死の俺を目ざとく見つけて襲ってきやがった平面獣なんかのものじゃねえ。たった一人だ。この俺がたった一人の魔術師にやられたのさ。くそったれが」


 多々羅の頬が憤怒に歪められる。


「あいつはな、驚くことに俺より先に塔にいた。それどころか、塔を完全に縄張りとして占拠占領していやがった」

「御屋形様すら出し抜いて、ですか……。ああ、それは確かに極めて警戒を要する人物でしょう。しかし、それを敗北の言い訳とするのはいかかと……。断片は、その魔術師が?」

「ああ。だが、塔の外へは持ち出していないはずだ。あれは、そう簡単に動かせるものじゃない」

「他には?」

「以上だ」

「それだけ? 冗談でしょう?」

「今のところは、だ。言っている意味、わかるよな?」


 顎をしゃくる多々羅に、久慈原が暗澹と溜息を吐く。


「より有用で重要な情報を引き出したければ、それ相応の対価を支払え、と。手負いの獣、いえ、敗残者なりの知恵ですかね。任務失敗の粛清を免れるにはどうすればいいか熟知していらっしゃる」

「おいおい、早とちりしてやがるな。俺はまだ負けたわけじゃない。傷が癒えれば十分にリベンジ可能だ。断片は奪還できる。必ずな。だから、手を貸せ。おまえたちは俺の消息を確かめ、俺が生きていればその補佐するために派遣された。そうだろう?」


 多々羅は久慈原ではなく柊の眼を見て問い質す。

 そう、その通りだ。騏堂と以心伝心。寵臣(ちょうしん)なだけはある。

 ちっと久慈原が舌打ちする音が聞こえた。


「大言壮語だと思いますがね。そのまま休んでいたらどうです? 後のことは大丈夫ですよ。代わって僕が貴方の負債を片付けますので」

「青二才には荷が重かろうぜ。だがな、華はそっちに持たせてやる。いかんせん、俺はこの体たらくだからな。でもな、ほれ、肝心の脳味噌は無事だ。此処には術式回路だけじゃない。奴の姿、動き、性格、癖、そして行使した魔術の能力からその特性まで、ありとあらゆるものが詰まっている」


 敵を知り己を知れば、百戦危うからず。

 秘匿のヴェールに包まれた敵魔術師の情報を事前に入手できれば、会敵時の勝率はぐんと上がる。しかも、相手は多々羅を再起不能にまで追い詰めた強敵。早蕨の塔に挑むのであれば、喉から手が出るほど欲しい。


「余すことなく、全てをおまえに教えてやるぞ、久慈原千景。そして見事、塔の魔術師を殺して断片を奪った暁には、俺がおまえの後見人になってやる。現時点で序列最下位なおまえでも、俺の口添えがあれば姫埜(ひめの)刑部(おさかべ)には追いつける。なんだったら東尉(とうじょう)にもだ。

 格が上がるのは、近習衆の中だけじゃない。家督院の家格審査にも手を回してやる。銘家名門に返り咲くことができれば、おまえを侮る者は誰もいなくなる。没落上がりの白拍子(しらびょうし)と陰口を叩かれることもなくなるぜ?」


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