第10話 半神と磔の聖女
盗賊の頭の首は綺麗な放物線を描き、裸で茫然としている赤髪の女の足元へ転がっていった。
残された首から下は、勢いよく血液を吹き出し、崩れ落ちていく。
血しぶきは勢いよく俺の体に降り注ぎ、むせ返るような血臭に包まれた。
だが、黒いローブが血で染みていくもそのままに、俺はそれに目が釘付けとなっていた。
例えば、美しい絵画を見たときのように……例えば、雄大な星空を見たときのように……例えば、想像の埒外まで続く海原を見たときのように――
「おぉ……」
――そんな声が漏れ、瞳が涙を湛えた。
近くで見ると、茶髪だったと思った彼女の髪は、美しく艶やかな金色で、白磁の肌の上でシルクのようにサラサラと遊んでいる。ただ茫然と、驚愕をもってこちらを見つめてくるアイスブルーの瞳は、まるで人の心の深淵を映すかのように、ただただ静かだった。
小さな肢体を磔にされ、手首と足首にまかれた荊には赤い、まるで宝石のような真っ赤な雫が滴っている。
それが彼女の、衣服の様をなしていない、彼女の小さな桜色の先端がくっきりと透けているような粗末な布を濡らし、脇や臍、つるりとした、飾り気一つない下腹部から太ももと脹脛の内側を伝い、重力に任されるままに下を向いているつま先から床へと滴っている。
その姿はまるで――
「聖女……」
思わずつぶやいていた。ルーリィが天上の女神だとするならば、彼女は磔の聖女だ。
神の加護をなくし、怒れる民衆に磔にされた、哀れなる聖女。
護らなければ、と強く思った。
と、そんな俺の感動に水を差すようにノイズが走った。
「あの……助けて頂いた……のですよね?」
その不愉快な声に軽く舌打ちをして、そちらを見ると、そこには自分の腕で豊かな乳房と股間を隠した美しい赤髪の女が立っていた。
「お名前を伺っても……」
俺は彼女に掌を向けて言葉をさえぎると、
「今は彼女を助ける方が先だ。……と言っても、そんな恰好では落ち着けないか」
俺は彼女に魔力をまとわせる。
「きゃっ、な、なにを……っ」
光に包まれた彼女は存外可愛らしい声を出したが、光が収まり、自分が白いローブを着ていることに気づくと、驚愕の眼差しを送り、次いで「ありがとうございます」と、瞳を湿らせながら感謝の言葉を紡いだのだった。
「さて……」
ついでに血にまみれた服と体を洗浄し、俺は磔の聖女を助けようと、荊へと手を伸ばす。
と、そこで、
「シンくん!」
ルーリィが追いついたようだ。先ほどから彼女を置いてけぼりにしているが、俺が通った後に危険はない。
なぜなら、俺は半神の力を完全に制御下に置いたからだ。
それはそれとして、俺は一度降りると、ルーリィを抱き上げて、再びお立ち台の上に飛び乗る。
「ありがとっ」
彼女は俺の頬にちゅっとキスをした。幸せである。
それを見ていた赤髪の女が、なにやら複雑そうな顔をして「シン様か……」と呟いたが、正直ババアなんてどうでもいい。
おそらく、二十歳前後の健康的で美しい女性ではあるが、13歳以上はババアだ。
俺の守備範囲外だ。
「さて、聖女を助けねば」
「あーっ、これもしかして荊姫?」
ルーリィはそう叫ぶと、俺から降りて聖女の元へ駆け寄る。そして背伸びをすると、「んしょ」と言いながら足首に巻き付いている荊を引っぺがした。
「お、おい、手を怪我するぞ!」
俺は慌ててルーリィの元に駆け寄り、その掌を半ば無理やり見るが、そこには傷一つなく、可愛らしくも綺麗な掌があった。
この掌に包まれると、ものすごく暖かくてすぐに果ててしまうんだよね。
「シンくん、心配してくれてありがとっ。でも大丈夫だよ。この子はわたしを絶対に傷つけないから!」
そういって、くいっと手首を引くと、聖女に巻き付いていた残りの荊がすべて外れ、ルーリィの手元にまるで鞭を丸めて収納したように収まったのだった。
「うおっ」
当然のように落っこちてくる聖女を慌てて受け止めながら、
「ルーリィ、ちょっとは考えろ」
言うと、彼女は「はわわわわ」と呻き、そして涙目になりながら「ごめん」と謝ったのだった。
「さて、大丈夫ですか? 我が聖女」
お姫様抱っこをしながら、手の中の聖女に話しかける。
すると彼女は小さくこくりと頷いた。
それに俺は優しく微笑むと、手のひらに伝わる太ももの感触をさりげなく堪能する。
ほっそりとしたその感触に、俺の俺がぴくりと反応した。
と、聖女の小さな唇が、かすかに震えた。
そして、小さく弱々しい声で、「お母さんは?」と紡がれる。
女神ルーリィが天真爛漫な元気いっぱいな少女ならば、聖女はか細く嫋やかな、真相の令嬢の如き清涼なる声だった。
俺はその美しさに、まるで体中に電流が走ったかのようなしびれを感じた。
だが、今はその余韻に浸っている場合ではない。聖女だ。
聖女がお母さんを所望している。探さねば。
すぐに見つかった。体中に傷跡を残し、盗賊にいろいろとされた後であろう思しき女性が、虫の息で横たわている。
磔にされていた聖女が、虚ろのな瞳で見つめていた女性だった。
「ルーリィ……」
「ん……」
俺は彼女に聖女を任せる。聖女より少し小さいルーリィはそのままでは支えきれなかったのか、女の子座りをして、その太ももに聖女の頭を乗せた。
……女神に膝枕される聖女……なんという、なんという絵になる光景だろう。
俺はあの聖なる存在達を今すぐにでも汚してしまいたい衝動に襲われ、それを飲み込んだ。
下半身の俺自身はそれでも解き放たれる瞬間を待ちわびているようではあったが……
だが、今は、聖女の母親だ。
俺は彼女に向かおうとし、そして、その行く手を女勇者にさえぎられた。
そういえば、名前を聞いてなかったような気もしたが、ババアのことなんぞどうでもいい。
「お待ちください……彼女も女性の身……あの姿を男性に見られるのはいささか酷かと……シン様に邪な気持ちは無い事はわかっておりますが……申し訳ありません」
ほう、と俺は感心する。彼女もまた、未遂だったとはいえ大きな傷を負ったであろうが、それでもまだ気遣う余裕がある。
俺は「うむ」と頷くと、ルーリィ達へと踵を返した。
「あ……その、すみません」
「む?」
俺は振り返り、首をかしげる。
「布を……何枚かいただけないでしょうか。さすがにあのままでは……」
「それもそうだな」
俺は魔力を数枚の布へ変換して渡してやる。
彼女は一度頭を下げると聖女の母親の処置へと向かって行った。
俺はそれを確認すると、女神に膝枕される聖女の元にしゃがみ込んだ。
彼女は衰弱してこそいるが、意識はあるようだ。
そのことにほっとすると、その頬に手を当てて、神の知識を検索すると、意識の中へ浮かび上がってくる。
――治癒の水:中級
「泉に湧き出る聖水よ、欠けたる彼の身を癒せ――治癒の水」
聖女の体が蒼い水に包まれる。そしてまとっていたボロい布が溶けて、僅かに膨らんではいるが、いまだ未発達な彼女の薄い胸と、小さな臍、そしてつるりとした大事な部分が俺の視界に飛び込んでくる。
予期せぬご褒美に、俺の理性の箍が外れかかったが、何とか抑え込む。
だが、もうすでに暴発寸前だ。食べてしまいたい。
「ふわわわわっ!」
そして、聖女を膝枕していたルーリィも当たり前のように巻き込まれて、その幼い裸体を晒していた。
相変わらずのイエスなんとか体質である。
そうこうしているうちに、蒼い水が消え、幾分血色がよくなった裸体が空気にさらされた。
俺は二人の体に魔力をまとわせると、清潔な白いローブへと変換したのだった。
「ありがとうございます」
「シンくんありがとー!」
聖女がその涼やかな声に続き、ルーリィの爛漫な声がお礼を告げる。
「気にするな。それよりも……お母さんの事だが……大丈夫か?」
いうと、聖女は顔を曇らせて、しかししっかりと頷きながら、「はい」と言ったのだった。
「わかった……」
俺は女勇者の方を見やる。
「シンさま……娘さんを……アウラ様をこちらに……おそらく、これが最後の……くっ」
それを待っていたように彼女はそう告げると、顔をそらした。
体が震え、握る拳にはギリギリと力が込められている。
しかし、女勇者の内心は正直言ってどうでも良い。
そんなことよりも、アウラという名前なのか……くそ、本人から直接聞きたかった……
アウラ。聖女の口から零れ落ちる彼女の名前は、どんなふうに響くのだろう。
初めての響きは、それだけで価値がある。
ルーリィの時もそうであった。彼女たちが告げるその名前は、福音なのだ。
だからこそ、彼女の口からききたかったのだが、それをこの女……
と、そんなことを考えていたら、不意に嗚咽が響いた。
見ると、アウラが母親に縋り付いて泣いている。
いまだわずかに息はあるようだが……
俺は神の知識を検索する。
すると、それはすぐさま浮かび上が――不意に頭の中に霞がかかった。
あの時の――アウラの父と思しき男を助けようとした――ように。
【知識の源泉第一〇層・大神級に該当します。現レベル・半神では行使権限がありません。また、大神級の負荷により自己領域に重大な欠損を及ぼす可能性があるため安全装置が作動します。知識の源泉の起動をキャンセル・残留知識を脳内より削除します】
鋭い痛みが頭の中を走り、思わず呻きながら膝をつく。
その痛みの中で、やはりな、という諦観の念が浮かんでいる。
神の知識――正式名称、知識の源泉はアクセス権限が設定されているのだ。
俺は半神。だから、半神に許された範囲にしかアクセスできない。
そして今この時に必要な、アウラの母親を癒す魔法は、大神が行使する魔法なのだ。
だから、その知識すら俺に触ることは許されていない。
「シンくん!」
「シン様!」
ルーリィと女勇者が駆け寄ってくるが、そんなことよりもアウラだ。
アウラは母親に縋り付き、泣いている。
そして、すでに母親は息を引き取っている。
俺も、ルーリィも、女勇者もただ何も言えず、アウラの嗚咽と、母と父を呼ぶ声が響き――
俺の中にはただただ無力感だけがあった。
俺はただ欲望のままに聖女を求めているし、それを否定もやめるつもりもない。
すでにアウラは俺のものだ。ほかの誰でもない、俺がそう決めている。
だが、せめてもの対価になにか与えられるものはない物かと思うが、しかし、俺は彼女の涙一つ止められやしない。
アウラの泣き声は、ただただ虚無に支配された俺の心に打ちに響き続けたのだった。
せめて、最後にアウラと母親が、なにか言葉をかわせていればいい、そう願いながら。
まだ序盤も序盤なのに、前回からだいぶ日が開いてしまいました……
見捨てずにブクマ登録し続けてくれている方、ありがとうございます。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。




