館の庭園の端
俺は目立つのが好きじゃない。生来前からの慎み深さが影響しているんだと思う。
だが貴族の家に生まれたからには、ある程度の妥協は必要だろう。与えられた環境に適応しようとする意志こそが、最も重要な処世術なのだ。
熱くてしょっぱいアルカリ水のカス環境で生きてるアルコラピア・グラハミさんもそう言ってた。
悪目立ち以外はある程度許容しよう。
そう、悪目立ち以外は。
「……」
俺は自分のことが書かれているであろう紙面を捲る前に、同室たちを見た。
「なに?」
俺はこいつらを信じていいのか……? 今の所性格にえぐいものは感じないが、食いもんにすぐ釣られるアホだからな、信じられん。しかも早食い。俺がプラリーヌ二つ目食おうとしたらもう空だった。
もし馬鹿なこと書かれてて、生き恥になったらプロレス技をかけてやる。許されるだろ。
まあでも大丈夫だろうとほぼ確信している。
テューダーや殿下の読んだけど無難だったし。wi○iとかそのまま引用してきた感じ。公式紙だしそこら辺は大人しいんだろう。だから何も問題は起こらない。
さて、見るか。
俺が初日に撮った証明写真が流用されている。ちょっと写真写り悪いんすよね。写真の下に自分の名前と爵位名。その下の欄には、
「まっしろ」
空欄。
思わず目が点になった。
……ど、どういうこと?
そろそろ授業が始まるので、俺は席に座った。そして困惑とショックで固まっていた。
同室はちゃんと話したっていうし、それでいて、それらがなんら反映されていない空欄という謎すぎる結果。誰を責めたらいいのかわからない悪目立ち。もうしなしなや……。
変なことした新聞部はか弱い一年にとって、敵対するにはあまりにも巨大な組織すぎる。俺がチョークスリーパーかけられる手近な相手はいないんすか。
空欄って何? 意味わからん。印刷ミスでもないっぽい。俺の生きてきた証がコンマひとつもないぞ。百点取ったり兄弟と笑い合ったり靴磨いたりして生きてきたのに。もしや俺は5分前に作られた存在だったのか。
「わっワーグナーくん!」
「……うん?」
声をかけられてのそのそと失意の海から脱した。目を向けると近くの席の奴らが期待に満ちた表情をしている。
一方で隣のニックスが、めちゃくちゃ物言いたげな雰囲気を出しているけど、何も言わないおかげで気まずい空気が流れていた。
俺だけが苦しい空間になっている。頼む、いい感じに適当な話題を出してくれ。先生レア度ランキングとか。
「勉強会って何してるの? すごい家の人たちで集まって」
そうなるよな。さっきの今なら。
「お前らダメだろ、あそこの話題ってメンバー以外持ち出しって基本禁止じゃなかったか?」
第三者が介入してくれた。おいおいしょーもねえ不文律だな、助かる。
「うん、そうみたいなんだ」
「えー。気になるだろだって」
「やっぱ帝王学とか勉強してるのか? 勉強会って名前だし」
「そうだね、身になってる感じはあるかも」
主に脂肪にな。
授業が終わって夕方、監督生に命じられていた手紙のコピペをようやく終えて、俺は肩を回した。
殴り書きを解読するのは大変だったが、内容は単純に面白味もないお礼状。監督生はセレクトにも入ってるし、色々仕事が多いのかな。
面倒だがニックスをリーダーに任命してもらった借りがあるし、下級生に拒否権はない。人権もない。
結構時間がかかりました。丁寧に書かなきゃいけないから仕方ないね。手紙をまとめて監督生の部屋に置いたあと、ペン先を拭って片付ける。
それから俺はジューンベリーの館に向かった。
自分の所属するグループに何かが起こったら、とりあえず顔を出しておく。たとえ自分に直接関係なくとも、集まっておく。それをするだけでチーム感が出るから非常に重要な行動である。
チームワーク◎とみんなに思われたい。
じゃないと俺は隅っこでパシー先輩と駄弁ってなんか食ってるだけの一年という、不名誉な偏見を持たれたままになってしまう。
あと俺の空欄の謎を誰か知っているかもしれない。
テニス部? 知らない子ですね……。
林の中の小道を進み、館が見えるぐらいになると、賑やかな人の会話が聞こえてきた。俺は庭園に入る前に足を止めた。勉強会の面々にこんな感じで喋ってるやつらなんかいなかったが。
どうしたもんか、どっか行くまで少し待とうかな。それはだるいな。
庭園の外郭に沿って歩くことにする。園内のものよりも枝が伸びている生垣に制服を引っ掛けないように進んでいけば、角に辿り着いた。
曲がってそのまま同じように行けば屋敷の横手にたどり着くはずだ。そこからこそっと入ろう。
って計画だったんだけど、生垣を背に座っている人影がいた。それも二つ。完璧に目があった。
ニックスよりも背の高い赤毛と、K24の金髪。
アルドリッチと殿下ではないか! なんでこんな端っこにいんの?
「あっお前……。今来たのかよ」
アルドリッチが待ちくたびれたぜみたいなノリで声をかけてきた。
「いやえっ? ここで何をやって。もしかして二人の秘密基地だったり?」
「は? 馬鹿なことを言うなよ」
違ったらしい。
草木が生えてて屋根と壁がないことに目を瞑れば条件は悪くないだろ。納得がいかないが、アルドリッチが呼んでいるので渋々近寄る。
「殿下がお前を待ってたんだ」
「な、なんでです?」
あれから話してもいないのに? 思い当たる節がない。殿下が無言のまま俺の座る場所を開けてくる。ええ……。
「し、失礼します……」
俺は理解できないし怖いので、ちょっと引き気味に腰を下ろした。3人と言う特性上、円形に座ると強制的に殿下の斜め前かつ隣になる欠点がある。アルドリッチとも以下同文。
なんでこいつらと膝付き合わさなきゃならないのか。俺は殿下の覚えめでたくないんだぞ。降りろって言われて終わったんだぞ。
「ここに入り浸ってるって聞いてたのに、全然来なかったな」
誰だよ俺の風評被害広げてるやつ。
「そんなことできないよ。雑役生の仕事とか用事でずっと忙しいんだから」
「……本当に雑役生してるのか」
ここに来て初めて殿下の声を聞いた。
「そりゃあ…しなきゃいけませんからね」
したくないけどな。
「……。……上級生に紅茶を入れろとか靴を磨けとか掃除しろとか言われているのか? 本当に? お前も?」
声量はでかくないがすごい長々喋ってる。おお、前回とは大違いじゃないか。
「そうですね。下級生ですから、全員そんな感じですよ。身分とかは関係ないでしょう」
「……同じなのか」
「ええ」
「同じだよな。アルドリッチも他の生徒も」
「……な、何がでしょう?」
開国功臣の血筋に以心伝心能力はないので素直に聞いてみる。
殿下はしばらく黙った。そして、
「どうしておれにだけ喋り方が違うんだ?」
会話と関係ないことを言い出した。怖すぎる。
俺の仮想天敵は民衆だけじゃない。もちろん王族も含まれている。不敬を理由に一人でも仕留めてくるからだ。誰だって無許可タメ口はできないだろ。
「そちらをご希望でしたなら——「なんであのとき、勝手に帰ったんだ?」
?




