68話 ~杖探し3~
「こんなこと……初めてです……が」
彼女は、まじまじと杖を見つめた後――ニコリ、と静かに笑った。
「これも……きっと、運命というものなのでしょうね……どうぞ」
「……えっ?」
グランチェスタは、スッと目の前にその杖を差し出してきた。
受け取っていいものか、と困惑する私の手に、彼女はぎゅっと力をこめて杖を握らせる。
「杖が、主を選ぶ……これも一興」
「……えっ? 杖が……この杖が、私を選んだんですか?」
本当に杖自身があの棚から飛び出して、私の背中に激突した、ということだろうか。
だとしたら、もうちょっとこう、優しくぶつかってくれてもいいんじゃないだろうか?
「ええ……あなたがさっきの杖を選ぼうとしたから、ちょっと嫉妬したんでしょう……自分を選べ、と、主張したかったんでしょうねぇ」
「杖が……嫉妬……!?」
「まあ、それはかなりの暴れ馬で……今まで、いかような魔導士が選ぼうとも、決して力を貸そうとしなかった杖……それが、あなたを選んだ。面白いですねぇ」
「暴れ馬……」
手のひらに握らされた杖を、ジーッと見つめた。
さきほど選ぼうとした白い美しい杖と正反対の、無骨で不格好な、どこか禍々しいとも言える杖。
『まぁ、お主にはあの上品な杖よりも、そちらのクセのありそうな杖の方が向いているやもしれんのぉ』
一連の流れを見ていた神鳥が、毛づくろいしつつ訳知り顔で言った。
「それはわたくしが……その、お下品、ということで……!?」
『お主とてわかっておろうに。お主はキラキラしいものより、泥臭い方が似合うと』
「ぐぐぅ……言い返せない……」
『ただ、そっちの杖はずいぶんと気性が激しそうじゃ。まぁその分、秘めたる力はものすごい。そういう面では、お主とそっくりかもしれんのぉ』
「えっ、私、気性激しくありませんが……!?」
今まで、なるべく事を荒立てない方向で過ごしてきたというのに。
心外な内容にショックを受けていると、店主がふむ、と頷いた。
「気性というのは、あくまで魔力……それそのものの性質のことではございません……その杖も、生きているようなものですし」
「杖が、生きて……?」
「ええ……自分と合っていない杖を使うと、杖自体に心が飲み込まれることもございます……まあ、わたくしが店頭で取り扱っているものは、キチンと管理しておりますので大丈夫ですが」
「と、いうことは……こちらの杖は……?」
「……ここのものは、素体そのものの杖ですので。ただ、ハナ様の心が常に正しくあれば、問題はございませんよ」
「あ、あはは……」
それって、心が弱くなったら飲み込まれる、ということなのでは。
渡された杖を前に、強く誓う。
がんばろう、と。
「とはいえ、杖に心身を呑まれた……というのは、まだ魔力のなんたるかをわからなかった、はるか昔の話……ここ最近で、類を見ることはございません。あまりにお気になさらず」
『そうじゃな。それにお主、杖に心を奪われてノヘーッとしておるたまか?』
「……それはそうですね」
シレッとした顔で肩をつつくテルペロン鳥と、ニヤニヤとこちらを見るグランチェスタを見比べる。
グランチェスタは、ひじょうに楽しそうだ。やはり、魔法具を扱う店の店主だから、自らのものに関する話は好きなのだろうか。
彼女のふところに見える、ごくごくシンプルに見える杖の紫色の宝石が、なんだか目にまぶしい。
(……この人本人が操られてるとか……ないよね……?)
まさか、そんなこと、アハハ。
恐ろしい妄想を振り払って、改めて黒い杖を握ってみた。
手のひらで持った感じはなじみが良く、しっくりくる。
「これってその……使うときって、ただ、振ればいいんでしょうか」
「そうですねぇ……まぁ試しに、このじゅうたんに向かって、下に降りるように指示してみたらいかがでしょうか」
と、彼女は指先でそっとじゅうたんを指した。
「なるほど……やってみます」
ふわふわと宙に浮いているじゅうたんを、あの、遠く見える床にそっとおろすようなイメージ。
脳裏にそんな映像を描いて、持っていた杖をビュッと振り下ろした。
「あっ……そんな勢いよく振ると……」
「えっ?」
店主の、一瞬焦ったような言葉に首を傾げた、瞬間。
「……おわぁあああ!?」
足場を担っていたじゅうたんが、ものすごい勢いで下降を始めた。
体感、ジェットコースター。いや、フリーフォール。
全身に鳥肌が立つと同時に、腹に冷たいものが走る。
頬にはつめたい風が吹きさらし、すぐ眼前に、床が、地面がせまって――。
ぶ、ぶつかる――!?
「はい、止まってください」
シュッ、と風をするどく切る音がした直後、落下が止まった。
床との距離、およそ50センチ。
間一髪、九死に一生、とはこのことだった。
「……おっ……う、わあぁあ……」
へなへなと、じゅうたんの上でひざをつく。
死ぬかと、思った。
「は……はは……ぐ、グランチェスタさん、ありがとうございます……」
「いいえ……わたくしが、もう少しちゃんと説明するべきでしたねぇ……」
「す、すいません……ちょっとこう、振ればいいのかなって思っちゃって」
「ふぅむ……そうですか。杖の使い方というのは、幼い頃にだいたい学ぶものですけれど……あなたは、知らなかったんですねぇ」
「あっ……あ、あはは……すいません、私、その……記憶喪失、でして……」
ヤベェ、と冷や汗が背中を流れる。
この世界、杖の使い方を学ぶの、当たり前なのか。
愛想笑いを浮かべる私に対し、彼女は頬に手を当てた。
「なるほど……わたくし、てっきりあなたの魔力に耐えられず、前の杖が折れたのかと……記憶喪失ですか、そうですか」
グランチェスタは、信じているのか疑っているのかわからない、微妙な声色で頷いた後、今まで浮かべていた薄ら笑いを消した。
「ここにたどり着くまで……苦労の連続ではございませんでしたか?」
「………………ハイ」
苦労の連続。
この世界にやってきてからのモロモロのできごとが走馬灯のように流れ、深々と頷いた。
「それは大変でございましたねぇ……わたくしがお教えできる範囲のことは、お伝えしましょうか」
「あ、ありがとう、ございます……!!」
神か、仏か。
目の前のグランチェスタに、後光が見えた。




