56話 ~疑惑~
「実験台にならないように気をつければ、まぁ、問題ないだろう」
「じっ、実験台ですか……!?」
「そうそう。うちの両親は容赦ないからな。私はもちろん、エリアスや末っ子のニコレッタなんて、それはまぁいろいろ遊ばれたものだ」
「ご、ご兄弟が多いんですね……?」
「多いな。私を含めて……五人兄弟か? 夫婦仲がいいからな」
と、どこか他人事のように雑に言って、ゆるゆると片手を振った。
「まぁ、それはいいとして……本題だが」
「っ……は、はい」
顎の下で指をこんで、彼女は口元に笑みを浮かべたまま、小さく首を傾げた。
そのまなざしは、さっきまでの親しみやすいものではなく、どこか猛禽類を思わせる、どう猛なまなざしだった。
「君のその力……いったい、どうやって手に入れた?」
「えっ……?」
「君の体からは、あふれ出るほどの魔力を感じる。最初は、その阿呆みたいな格好に秘密があるのかと思ったが……そういうわけでもないらしい」
ジィッとエプロンに視線を向けられ、気まずさにううっとうめく。
「それが……その。わからないんです。全部、忘れてしまったみたいで……」
「……ふーん? いや、違うな。記憶喪失なんて、ウソだろう?」
「え!? い、いやホントなんです……出身も、力の秘密もサッパリわからなくて……っ」
「うちの弟に近づいて……このバルシュミーデ家に取り入って、いったいなにをしようというのかな」
こっちの弁明は、まったく耳に入らないようだ。
アスタリカはイスを引いて立ち上がると、その長い足を動かして、私の真横に立った。
高い身長から、見下ろされる鋭い視線。
それは面白がっているようでもなり、獲物を狩る直前の肉食獣のようでもあった。
「そもそも、そんなバカみたいな服装の時点で、とてもふつうとは思えないし……」
(阿呆みたいな恰好……バカみたいな服装……って言われた……)
シレッと続けてけなされて、心に連続ダメージが入った。
アスタリカは、そのまま手袋につつまれた指をスッと伸ばして、私の首に近づけた。
「やはり……膨大な魔力だ。一般人であれば、内部から魔力が暴走して、体が耐えられず爆発四散するだろうに……」
「えっ……か、体が爆発……!?」
「どうやって、体内でため込めているのか……君は、どこかの生物兵器なのか?」
「わ、わかりません……私が知りたいくらいですし……!!」
「ふぅん? シラを切るってわけか」
「い、いえ、だから本当に……!!」
ダメだ。まったく信用されていない。
これはもう『なにを言ってもダメかもしれない』と思いつつ、最後のあがきで言葉を続ける。
「そ、その……私、魔力の制御とやらができなくてですね……なんかその、垂れ流し状態になっているらしい……です」
「なんで伝聞なんだ? それに、そんなありえない話を信じろ、と?」
「そ、それは……あ、て、テルペロン鳥様! あの、二人といっしょに保護されたテルペロン鳥様が、私の状態をよくご存じです! 私の言葉は信じられなくても、この地の守り神だというテルペロン鳥様のお言葉だったら、信じて頂けるのでは……!?」
この地では神鳥と称されるらしい、テルペロン鳥。
このまま信じてもらえずに放り出されるよりは、と名前を出すと、アスタリカは考えこむ仕草をした。
「なるほど……確かに、神鳥らしき鳥がともにいたな。……ここへ」
「御意に」
傍らに控えていた従者らしき男性が、スッと部屋の外へ出ていく。
(ふぅ……テルペロン様が証明してくれれば問題ないよね。二人は……まだ、目覚めてないみたいだし)
エリアスとヴィルクリフは、いまだ起きていない。
例の睡眠玉とやらの力がよほど大きいのだろう。
あとは、今までの疲労の蓄積もあるのかもしれない。
国を脱出してから、ずーっと野宿続きだった。疲れを感じない私と違い、彼らはきっと、ヘロヘロだったんだろう。
そんなことをぼーっと考えている間に、さきほどの従者の男性が、神鳥を鳥カゴごと持ってきた。
「この鳥で間違いないか?」
「は、はい! テルペロン様、起きられました?」
私とアスタリカの間に置かれたテルペロン鳥は、丸い瞳を見開いている。
どうやら、あまり状況がわかっていないようだ。
「テルペロン様、こちらのアスタリカ様が、例の魔物を倒してくださったんですよ」
そう言ってエリアスの姉を紹介すると、テルペロン鳥はわずかに首を傾げた後、頷いた。
どうやら、なんとなく流れが伝わったようだ。
「ふむ、テルペロン鳥……この地の守り神と呼ばれる神鳥か。確かに、伝承に聞く見目と同じだ」
彼女は、顎の下に手を当てて、検分するかのように鳥を眺めている。
「なれば、その言葉で証明してもらおうか。この女性は、敵国もしくは自国のスパイではない、と」
「えっ、すぱ、スパイ!?」
「わが弟に取り入り、うちの領土の偵察を……というのは、決して突飛な考えではないだろう?」
スッと切れ長の目を細め、アスタリカは笑う。
「疑わしきは、排除する。……このご時世、なにかといろいろ物騒でね」
「そ、そんな……て、テルペロン様、どうか証明を……!」
と、藁にも縋るような気持ちで神鳥に視線を向ける。
テルペロン鳥はパチパチと瞬きした後、鳥かごを開けろ、というような仕草をした。
「開けてやれ」
アスタリカの指示に、侍従によってカゴの入口が開けられる。
神鳥は、トン、トン、と軽い足取りでテーブルの上に乗ると、キュイッ、とひとつ鳴き声を上げた後、大きく口を開けた。
「……て、テルペロン様?」
大広間に、美しい鳥の鳴き声が響き渡った。
天井の歌声、と称されても納得するほどの、透き通るような美声だ。
しかし、今彼に求めているのはその美しい鳴き声ではなく、肉声でもって、私の無実を証明してもらうことなのだ。
テルペロン鳥は、歌いながら私に近づいてきて、細い足でスッと肩にのってくる。
キュイ、と小さく鳴く声は、やはり、ただの鳥の声だった。
「て、テルペロン様、どうしちゃったんですか!?」




