55話 ~襲来2~
『お前、戦うのか? へなちょこ、弱そう、女が?』
「そ、そうよ……へなちょこに見えたって、私だって、多少力はあるんだから……!!」
あの爆発の力で、なんとかしてみせる!
震えるこぶしを握りしめ、なんちゃって武道の構えをとる。
みんなを守れるのは自分しかいない――!
『ヒヒ……弱そうな女。食う、ニンゲン、食う!!』
と、魔物は目にもとまらぬスピードで接近し、大きく爪を振り上げた。
「っ、う……っ!」
大丈夫、とわかっていても、怖い!
とっさに目をつぶろうとした瞬間だった。
『ギ、ギァアアア!!』
ザンッ
重い斬撃の音と共に、魔物の腕が飛んだ。
「フム。……妙な気配をたどってきたら、こんなところに魔物がいるとは」
「え、え……!?」
落ち着いたアルトボイス、おそるおそる目を開く。
「え、え、え……??」
パッと目に入ったのは、美しい金色の長髪だ。
すらりと細い両腕には、細身の体に似合わないような大きな槍を携えている。
年齢としては、少し年下だろうか。
美女という形容詞そのものを具現化したかのような、女性だった。
『ギギィ……キサマ、ニンゲン……ニンゲンの、クセに』
「ほう? まだしゃべれるとは元気な魔物だ」
女性は、涼やかな青い瞳をスッと細めて、槍を水平に構えた。
「だが。私の領土に、魔物はいらない」
『ギギッ……ぎ、ギャアアア!!』
瞬殺、だった。
視界に広がった、一瞬の影と光。
まばたきを終えた瞬間には、無残に四散したオレンジ色の魔物の胴体と、あふれ出す緑の血液があった。
「フン、まったく……うちの領土に入ってくるとは、命知らずにもほどがある。……パトロールをさらに強化しておかねば」
「あ、あ、ありがとう……ございます……!!」
「ん? ……ああ」
こちらの感謝の言葉に、女性は鷹揚に頷いた。
槍についた魔物の残骸を振り払う姿は、ずいぶんと手馴れている。
『私の領土』と言っていた言葉から考えるに、この辺りの領主なのだろう。
「大丈夫だったか? うちの領民……では、なさそうだな……」
彼女の視線が、こちらのエプロン姿をジッと凝視した。
ああ、怪しまれている。
こちとら、着たくて着ているわけじゃないやい!!
内心ヤケな気分になりつつ、敵意が無いことをアピールするために両手を上げた。
「えぇと……旅人というか、そんな感じでして……」
「ほう、旅の者か。それにしても、女性を盾にして悠長にしているとは、そっちの男たちはずいぶんと頼りな……ん?」
と、女性は倒れている三人へ視線を向けた。
テルペロン鳥、ヴィルクリフ、エリアス――と順々に見ていったものの、エリアスの部分で静止した。
「……彼らは……?」
「あ、あの……実は、ある町で、強制的に眠らされてしまったんです。なんとか転移して逃げてきたんですが、さっきの魔物もついてきてしまって」
「転移して逃げて……か。やれやれ。母様は、まだコイツにアレをつけたままにしてるのか」
「……え?」
女性はフッと小さく息をつくと、突然、エリアスのわき腹を足で小突いた。
「おい、エリアス。さっさと起きろ。姉さまがお前を鍛え直してやろう」
「え……ね、姉さま、ってまさか……!?」
「ああ。私はバルシュミーデ家の長女だ。継承権は二番目だが、な」
そう言って、女性は妖艶に唇を持ち上げて、笑った。
「どうだ、落ち着いたか?」
「あ、は、はい……」
エリアスの姉だという女性、アスタリカ・バルシュミーデ家のお屋敷内。
連れ二人と神鳥は寝室に寝かされ、アスタリカの侍従が世話をしてくれているらしい。
そして、私と言えば。
応接室にて、彼女とふたりきり、という状態だった。
眼前には、映画のワンシーンで見かけるような横に長いテーブルと、王宮にあるようなきらびやかなイス。
壁にも、これまた金色の高そうな額縁が飾られている。中に収められている絵画は、おそらく人の一生を買い取れるくらいの値打ちがありそうなシロモノだ。
すごい。住んでる世界が違う。
(き、緊張するぅ……!!)
ぷるぷる震えつつ、目の前に置かれたカップを見つめる。
触れたらすぐ折れちゃうんじゃね? と一般人は忌避するような細い取っ手のついたカップだ。
中には薄茶色の液体が入っていて、おそらくハーブティーとかそんな感じなんだろう。
恐れ多くて手が出せない自分の前で、アスタリカ――エリアスの姉は、優雅な手つきで自らのカップを持ち上げると、優雅に口に運んだ。
「さて、詳しい話は聞かせてもらったが……今後はどうするつもりなんだ?」
涼やかな目元を細め、彼女はジッとこちらを見つめてくる。
アスタリカの言った通り、彼女には、ここまでくるおおまかな流れは説明済だ。
エリアスが隊長職を辞すことになったこと、罪を着せられ、城から逃げてきたこと。
私自身が記憶喪失であること。
ただ、さすがに処刑されかけたことは口をつぐんだ。
同行者であるヴィルクリフとテルペロン鳥のことはサラッと伝えた。本人たちの知らないところで、あまり話すことでもない。
「今後……正直、あまり考えていません。私は記憶喪失ですし、ヴィルクリフさんも行き先はないようで……エリアスさんがご両親のもとへ行くと聞いたので、同行させて頂いている、という状況です」
「ふむ……なるほど。両親の場所を案内することはできる。……今のエリアスの状態を見るに、たしかにそれが一番いいだろう」
「エリアスさんの状態……ですか?」
「ああ。あの城から追っ手がかけられてるんだろう? まったく、あそこは本当にロクでもない。……うちの両親なら、匿えるだろう。まぁ変わり者だし、君らを気に入らなかったらどうなるかわからないが……」
「え、ええ……」
彼女は、緊張でカチコチの私を見て、ニコやかに笑った。




