40話 ~ケンカと仲直り~
まさか、本当に。
あの巨大カエルには、足を向けて寝られないじゃないか!
「まだ、確実なことは言えないけどね。あたしは領地経営には携わっていないから、あんまり地理に詳しくないのよ」
「ああ、そうか。お前、貴族出身だったもんな」
ヴィルクリフが、少し皮肉っぽい口調で肩をすくめた。
「うーん、貴族は貴族なんだけどね……そのつもりでうちの両親と会ったら、きっと……いや、まちがいなく驚くと思うわ」
と、エリアスは頬に手を当てて、困ったように眉をひそめた。
「まあ、お前の親、っていう時点で察しが……グッ」
これ以上は言わせてはマズい、と、彼の黒髪を引っ張った。
「オイッ、痛ぇぞハナ」
「いやー、人外なモンで力加減がうまくいかないんですよねー」
「お前……根にもってんのかよ……」
「いや、別にいいんですけどね? 私は神なので」
「……悪かったって」
冗談半分で掛け合いをしていると、ヴィルクリフがブスッとしたような口調で口をへの字にした。
あまり、悪いとは思っていないようだ。
(こいつぅ)とちょっとイラッとしたところで、ふと思った。
「あ、もしかして……ブラウくんにも、そんな調子で相手してました?」
「は? そんな調子って、どんな調子だよ」
「あー……これは無自覚……」
割と、思ったことはなんでも言ってしまうタイプのようだ。
私としては、彼は年下だし、実際ハダカだったり不思議な力が使えたりするのは本当なので、多少ショックでも心から傷つく、ということはない。
でも、傷つきやすい年ごろの少年――ブラウにとっては、反抗期の原因であるかもしれなかった。
「ヴィルクリフさん。デリカシーという言葉、わかります?」
「はあ?」
「気配り、思いやり、どういう言葉を口に出すか、です。ブラウくんにも、言われたことありません?」
「……あー……」
ビシッ、と指をつきつける。
ヴィルクリフはガシガシと頭を掻いた後、シュンとした顔で言った。
「……悪かったよ」
どうやら、本気で悪いと思ってくれたようだ。
『ブラウ』の名前が効いたらしい。たぶん、心当たりもあったのだろう。
「わかりました。私も、心から怒ってるわけじゃないですし」
ちょっとだけうつむいた彼の頭を、ぐしゃぐしゃと撫でる。
おお、案外手触りがいい。意外だ。
「おま、ちょ、なにすんだよ!」
「ちゃんと反省してて偉いなぁ、と。それで、ええと……エリアスさん。ここがどのあたりか、とか、わかるんですか?」
「……え、あたし?」
私とヴィルクリフのやり取りをノホホンと眺めていたエリアスは、話を振られてハッと頬をおさえた。
「そうねぇ……さっきも言った通り、地理はちょっとね。しかも、周りがこんななにもない荒野だと、ちょっと……」
と、非常に言いにくそうに小声で言う。
そうかあ、と私が肩を落とすと、エリアスはキョロキョロとあたりを見回して、
「なにか、目印でもあればいいんだけど」
「目印……目印ですか!」
もしや、と私は跳びあがって、バババッ、と素早くオアシスの周りをグルッと回った。
しかし、あるのは荒野、オアシス、鳥、木々。それだけ。
看板とか、道とか、野営の跡とか、そういうものはなにひとつなかった。
「……と、とりあえず、お二人とも。ちょっと休みませんか? 微妙に、日も暮れ始めてきましたし」
「……そうね」
「……そうだな」
ほぼ休まず、一日中動きっぱなしだった。
私は疲れていないものの、二人は殺し殺されかけ、幻覚をかけられ、洞窟の中で飲まず食わずの探索作業。
そうとう疲れているはずだ。
青々としていた空もいつの間にかうっすらオレンジ色の光に食われ始めているし、この辺りで野宿するのが無難だろう。
「でも、水のあるところに転移できてよかったですねぇ。飲めそうなくらいに澄んでるし、周囲の木には果実もなっているみたいですし」
荒野の真ん中に、ポツンと存在しているオアシス。
これがもし、周囲に広がる荒野の、なにもない土の上にでも放り出されていたらと思うとぞっとする。
泉の周りに生い茂る木々には、元の世界で言う桃やグレープフルーツ、ブドウを思わせる果実が、いくつも垂れ下がっていた。
「えぇと……これ、いっぱい成ってますけど」
「食事代わりに、腹に入れといた方がいいだろーな」
「どれが美味しいのかしら……果物なんて、ふだんめったに食べないし」
「まー、どれも似たようなもんだろ?」
男二人は高い身長を生かして、木々になっているさまざまな果物を物色している。
(あれ……でも、ブドウってこういう木じゃなかったような? 桃は形はそっくりだけど、なんか色が黒っぽいし……)
と、私が木に垂れ下がる果物らしきものを見つめつつ、うんうんと記憶を確かめていると、
「ええ、本当に……魔物たちの巣だとか、盗賊たちのすむ山の中だとかに放り出されていたら、どうなっていたか」
エリアスが、適当に黒っぽい色の桃もどきをひとつむしって、首を横に振った。
「ぎりっぎりの綱渡りを、ずーっと続けているみたいな感じがするわ」
「そうですねぇ……私もギロチン台にかけられた時には、さすがに死を覚悟しましたよ」
「オレも、呪いで一度死んだようなもんだしな……」
「ああ、ヴィルクリフさん……! 死にかけ仲間ですね……!」
「あんたたち二人は……まぁ……そうよね……」
ヴィルクリフと死を覚悟した仲間としてなんだかんだ意気投合しつつ、試しにブドウをひとつもぎ取った。
木の形が、明らかに針葉樹っぽい。ゼッタイにブドウの木の形状じゃないのが、ちょっと不安だ。




