24話 ~暗殺理由~
かくかくしかじか。
「あんた……ホント、いろいろあったのね……」
「ええ……まぁ……」
哀れむような目を向けてくるエリアスに、半笑いを返す。
彼は、武器が消失してしまった男性に剣の切っ先を向けたまま、いまだ臨戦態勢だ。
当人はといえば、地面の上であぐらをかいて座り、すっかり戦意を喪失した様子だった。
鋭い目が、どこかあきらめの色を帯びて、細められている。
「あの、そういうわけで……壊しちゃった刀、弁償できないんですけど」
「……いや、それよりもまず、お前のそのワケわかんねぇ恰好はなんなんだよ」
あっそういえばまだ、例のはだかエプロンなんだった。
もう、自分じゃまったく意識していなかった。慣れって恐ろしい。
「えっと、コレはその、不可抗力っていうか。着たくて着てるわけじゃないんで」
「ま……別にいいけどな。人の趣味趣向に口出す気はねぇし」
「趣味ってわけじゃないです。趣味ってわけじゃないです!」
こちらの全力の否定にも、まったく興味がなさそうに男性は目を閉じた。
ふぅ、と深々と息を吐きだす様子からは、この後の自分の未来を覚悟しているような、そんな潔さを感じる。
「オレの任務は、そこの元隊長……エリアス・バルシミューデの始末だからな。失敗しちまった以上、煮るなり焼くなり好きにしな」
プラプラと両手を振って、男は長い髪を揺らした。
(っていうか、エリアスさん。バルシミューデなんていうカッコイイファミリーネームだったのか)
なんて場違いに感心しつつ、エリアス本人の様子をうかがった。
「……ひとつ、聞いていいかしら」
剣を突き付けたまま、彼は慎重に問いかけた。
「どうして、本気でこなかったの? さっきの戦い……まるで、あたしの力を図っているだけのように見えたわ。あたしを殺すのが目的だなんて、とても思えないくらい……」
「……ハッ、そりゃあそうだ」
男性は小さく毒づくと、いまいましそうに片手で目の下をこすった。
「オレの本当の目的は、ここで死ぬことだからな」
「ハア!?」
死ぬ!? どういうこと!?
私が目を剥いて見つめる先で、男性はどこか自暴自棄めいた、ヤケクソな口調で言った。
「武器もなくなっちまった今、隠してたってしょうがねぇ。どうせ死んじまうなら、事実をそのまま話してやるよ」
あぐらをかいた両足に手をのせて、男性は神妙な表情のまま、地面をジッと見つめた。
「おれはもともとは、ただの傭兵だった。だが、腕を買われて、王国の殺し屋にスカウトされたんだ」
「傭兵が……殺し屋に、スカウト??」
殺し屋って、そうやってスカウトされるものなのだろうか。
そんな疑問がありありと浮かんでいたのか、男性が苦笑いした。
「ま、厳密に言やぁ、ほぼ脅しだな。おれの弟……コイツが、ヤバい病気にかかっちまってた。それを治療して、さらに学力だなんだの面倒を見てくれる代わりに、国のために尽くせ。……ま、そういう契約さ」
やりたくなかったんだ、人殺しなんて。
吐息のような小さな声でこぼす男性に、エリアスは眉をひそめた。
「弟さんは……無事なの?」
「ああ、つい最近だって元気だったぜ。……お前ならよく知ってるはずだが」
「……意味がわからないわ」
「お前には、さんざん世話になってんだぜ? おれの弟……ブラウは」
「えっ!?」
二人の会話の横で、思わず叫んだ。
ブラウーーブラウとは、ついさっきだって、城のそばで会ったばかりだ。
彼が――この男の人の、弟!?
髪の毛も、目の色も、体格だってちっとも似ていない。
しゃべり方だって、丁寧なブラウに対し、この男性は粗野な感じで対照的なのに――。
「弟からは、お前にはよくしてもらってるって聞いてたんだ。アイツは昔っから体が弱くて、心も引きずられるように暗かったが……今じゃ、ずいぶんと明るくなった。そんな恩人を、命令とはいえ殺せるわけねぇだろ」
「……あんた」
エリアスが、まじまじと目を見開いて男性を見る。つきつけていた剣先は、いつの間にか下ろされていた。
(そんな……まさか、ブラウくんのお兄さんなんて……)
話を聞いていただけの自分すら、胸がつぶれそうだ。
「オイオイ、剣を下ろすんじゃねぇよ。オレは負けたんだ。殺してくれ」
「……っ、今の話を聞かせておいて殺せ、なんて……ずいぶんと人でなしじゃない」
「ハッ、そりゃそーか。……じゃ、気が楽になる話をしてやるよ」
大地に向けられた剣の先を見つめ、男性はニヤリと笑って、自分の目の下の紋様を撫でた。
「オレの、この目の下の模様、不気味だろ? ……これは呪いなんだ」
「の……呪い?」
「ああ。……この呪いは、契約相手の命令に背いた場合、オレ自身が死ぬようになってんだよ」
「は……ハァ!?」
そんな、一方的かつ、理不尽な契約があるのだろうか?
いや、呪い、と言っていたし、奴隷契約に近しいものなのかもしれない。
恐ろしい内容を口にしつつ、それでも、男性は冷静に続けた。
「そうやって死んでいった殺し屋仲間の顔を、オレはいくつも見てきた。だから、お前が手を下さなくっても……オレはもうすぐ、死ぬ」
彼は、忌々しそうに目の下の紋様をなぞった。
「だから、まぁ……最期に礼を言っときたかったんだ。弟の面倒を今まで見てくれてありがとう、ってな」
フッ、と目を閉じた男性は、すべてをあきらめているかのよう落ち着いた口調のまま、エリアスに向けて頭を下げた。
(死ぬ……最期、なんて……そんな簡単に、自分が死ぬのを受け入れてるの……!?)
衝撃、だった。
前の世界での『死』は、遠かった。
病気や事故、災害によって、突然訪れることはもちろんあったけれど、基本的には、自分とは程遠い、なにか特別なものだった。
けれど、この世界では、ちがう。
魔物に襲われ、命を落とす。
人と人とのいさかいで、死ぬ。殺される。
それがきっと、前の世界に比べ、ずっと身近に起きているんだ。
「あ……あなたが死んでしまったら……弟さんは、ブラウくんはどうなるんです!?」
「弟は、国がキッチリ面倒を見るはずだ。この呪いは死を代償にしているだけはあって、必ず契約は守られるからな」
男性は、肩から力を抜いた後、空を仰いで言った。
彼のどこまでも達観したような態度を見下ろして、エリアスは痛ましそうに唇を噛む。
「あたしたちといっしょに逃げることはできないの? その呪いとやらだって、あなたが失敗した、なんてわからないんじゃ……」
「ダメだ。この呪いは、オレの体にじかに刻まれてるんだ。つまり、ウソはつけねぇ。もうじき作動して……ぅ、グッ!?」
と、男性は静かに語っていたが、途中、不意に顔をおさえ始めた。
「ちょっと、どうしたの!? しっかりしなさい!」
「あ、がっ……の、呪いが、発動し……ぐ、っ!!」
男性は、両手で顔をかきむしりながら、仰向けに大地に転がった。
足はバタバタと暴れ、胴体はのたうち、長い黒髪が土の上に広がる。
「だ、大丈夫ですか!? 気をしっかり持ってください!」
気休めにもならない言葉をかけつつ、男性のもとへ駆け寄った。
手で覆われた表情はギュッとしかめられ、顔は真っ青だ。
よくよく見ると、目の下の紋様はだんだんと彼の顔全体に広がり、首を締めようとするかのように、ズズズッと伸びてきている。




