23話 ~暗殺現場~
もう、この世界が【夢】という幻想は消えた。
ギロチン台にまでかけられて、目が覚めないのだ。
ここは現実、と思うしかない。
(まさか、牢屋でも飲まず食わずとは思わなかったし……)
一夜を過ごしてすぐ処刑、というスピーディーすぎる処理だったため、水の一杯も出なかった。
どこか、川でも湖でもあればなぁ、と思いつつ歩いていくけれど、あるのはただただ、木、木、木、のみだ。
「ハハ……空気から自動摂取してる、とかなら楽でいいんだけど……まさか、そんなご都合なことはないよねぇ」
ハッハッハ、とかわいた笑い声を上げつつ、森の中を歩いていく。
自然の生きる様そのもの、といった感じで、雑草はワラワラ伸び放題だし、落ち葉もすごいし、歩きにくいことこの上ない。
正直、虫かヘビかを踏みそうで、めちゃめちゃ不快だ。
なにせ、裸足だし。
靴も履かずに歩いているのだ。
おそるおそる、足の裏をひっくり返してみる。
「あれ……? 土、ついてない……?」
指をニギニギと動かしてみるものの、足の裏は、なにも踏んでいないかのようにキレイなままだ。
土の上を歩いている、という確かな感覚は残っているのに。
(まさか……例の、全身をめぐってるっていう魔力のおかげ……?)
全身を流れているという魔力が、足を層のように覆って、靴下か、靴そのもののような役割をしてくれているのかもしれない。
よくよく思い返してみると、この世界にやってきてしばらく経つものの、今のところケガらしいケガもしていないし、汚れたりということもない。
(っていうか……魔の森、っていうけど……魔物の一匹、現れないし!)
キョロキョロと周囲を見回した。
確かに樹はうっそうと茂っているし、葉っぱの密度がすごくて太陽の光はほぼ入ってこなくて薄暗いものの、最初に入った森と大差ないように思える。
ファンタジー世界だし、魔の森なんて名前だし、ヒョイヒョイ魔物がでてくるかも、とビクビクしていた。
けれど幸い、それらしき姿は今のところ見当たらない。
案外、どうってことないのかも!
少しだけ大胆な気持ちになって、薄暗い森のなかをスイスイと足を進めている、と。
ギャンッ……ザシュッ……
「ん? 金属……いや、剣の音……!?」
戦場で。
オオカミの魔物との戦いで、なんども耳にした音だ。
剣が、何かを叩く音。
それも――かなり、近い。
(エリアスさん……!? もしかして魔物と……!?)
まだ、彼がいると確定したわけではない。
しかし、金属のはじくような音から考えて、魔物同士のケンカではなさそうだ。
もしかしたらという期待と、別の脅威かもしれないという不安。
その二つを心の中でせめぎ合わせながら、音のした方向めがけて小走りで向かう、と。
ザシュッ……ガキンッ
(あ……ここだ……!!)
密に生い茂った葉っぱのすき間から、音の出所を覗き込んだ。
「……っ!!」
視界に入った光景に、パカッ、と情けなく口が開いた。
(え……エリアスさんと、誰か……人が、戦ってる……!?)
森の中。
丸く開けた平地の中に、ふたつの人影があった。
兵士の時につけていた重たい甲冑を脱ぎ捨て、旅人風の軽装となったエリアス。
それと、もう一人。
(男の人……兵士、っぽくはないけど……)
きらめく黒髪をなびかせた、凛々しい顔つきをした浅黒い肌を持つ美丈夫だ。
服装も暗い色で統一され、パッと見た限りでは軽装。
チラリと見えた左目の下には、入れ墨のような、不思議な文様が刻まれていた。
彼の右手には日本刀としか思えない業物が握られていて、エリアスの持つ大剣を強引にはじき返した。
ギィンッ
ひときわ大きな音が鳴って、ザッ、と二人の間に大きな距離が開いた。
「ッ、誰に頼まれたか知らないけど、あたしとあんたの力の差じゃ……決着なんて、つかないわよ、っ!!」
「……ハッ、ま、そうだろうな! とくに、お互い本気じゃねぇ、今の状態、じゃ!!」
「わかってるなら、っ、サッサと退いてほしいんだけど、っ!!」
「そうもいかねぇんだわ。……ふっ、依頼主に、命令されちまってるんで、なッ!!」
ガィン、ギィン、と金属同士で火花を上げながら、彼らは軽快に会話まで交わしている。
お互い、息を荒げてとぎれとぎれの会話なものの、どこか余裕を感じる戦いだった。
「命令? それはまた、ずいぶん面倒な任務、ねっ!!」
「は、わかってたんだろ? 国外追放、なんつーのは……ただの口実、ってことくらい、よぉ!!」
黒と金色が、何度も何度も交錯する。
剣がぶつかり合う度に、彼らの足元から土埃が舞い上がる。
口元に笑みを浮かべた二人は、まるで楽しむかのように、素早い剣撃をくり返した。
異次元。完全に、異世界の戦いだ。
映画くらいでしか見たことのない剣閃に、とても手出しすることなんてできず、ただ見ているのが精いっぱいだった。
(ど、どうしよう……!? どうする、これ……!?)
とれる選択肢は二つだけだ。
『二人のバトルに飛び込む』か、『無視して観戦を決め込む』か。
会話の断片を拾うかぎり、この男性はエリアスを殺す命令を受けている、ということなのだろう。
ということは、殺し屋か。
でも、その割にはやたらしゃべるし、手の内を見せているし、本気で殺しにかかっているようには思えないけれど――。
「ひとりで、しかも暗殺じゃなく真っ正面から襲ってくるなんて……よっぽどの実力者、なんでしょうね!」
「お褒めにあずかり、光栄ですよ、っ……と!」
「その割に、っ、本気で、殺すつもりがあるのかしら……!?」
どうやら、エリアスも同じことを感じていたようだ。
彼の方も、男性相手にどう振舞えばいいか迷っているようで、あと一歩の踏み込みがない。
グッ、と刀をはじくように剣を回して、エリアスは間合いをとりつつ男性をにらんだ。
「いろいろと、事情があってな! ……そういうわけで、お前こそ、全力で切りかかってくれるとありがたいんだ、が!」
「っ、無駄に、人を傷つけたくない、わ!!」
「は、そーか。そりゃ、残念、だっ!!」
ヒュッ、と薙ぐように刀を振った黒髪男が、勢いよくジャンプして、上からエリアスの頭に刃を振り下ろす。
ギィン、ガンッーー
勢いのついた斬撃が、エリアスの持つ大剣と激突して、はじかれる。
男性は、目標から外れた刀を握り直し、ぐるっと大きく回転しようとして、体勢をくずした。
「エッ」
勢いあまった男性の持つ刀の先が、やぶの間に隠れるようにして状況をうかがっていた私の方へ伸びて――、
「なっ、人か――!?」
私の上げた悲鳴に、男性は体勢を立て直そうとしたが、それより早く、刀の先が飛んでくる。
すぐ眼前に迫る、銀色の刃。
研ぎ澄まされたそれが、ほんの鼻先に。
やばい、ぶつかる――!!
「あ……!!」
黒髪の男性と、視線が重なる。
鋭いまなざしの中に、焦りと一瞬の恐怖が浮かんだ。
ギラッ、ときらめく刃が、私の顔を切り――
ボフンッ
瞬間、刀が爆発四散した。
「……あー……って、結局こうなるんか!!」
思わず、つまらないセルフツッコミをしてしまった。
傷つけようとする器具を、すべてこっぱみじんにする、この恐ろしい作用はどんな場合でも有効らしい。
十中八九、肌に流れているという魔力のおかげなのだろう。たぶん。
「え、オレの刀……どういう……はぁ……!?」
黒髪の男性は、手の中で粉みじんになった刀の残骸を見下ろして、ぽかん、と大口を開けている。
得物をぶっ壊してしまったんだし、謝らなきゃなぁ、と立ち上がると、奥で同じくぽかんとしていたエリアスが飛び上がった。
「ちょ……ハナ!? あんた、どうしてこんなところに!?」
ものすごくうろたえているエリアスと、呆然自失で硬直する黒髪の男性。
とりあえず、バトルは一時中断になったようなので、ひょい、と片手を大きく上げて、言った。
「はい……えーっと、一から説明させていただいていいですか?」
と。




