15話 ~回復の代償~
白い。まっ白な空間だった。
わたあめの中をさまよっているような、うっすらと甘い匂い。
肌は、プワプワとやわらかい泡に触れているような感覚がする。
全身がほのかな温かさに包まれて、とても心地がよかった。
視界ぜんぶがまっ白な世界の中心に、ぼんやりとなにかが揺らいでいる。
キラキラと光を放つそれを見たいのに、なぜか、ちゃんと焦点が合わなかった。
近づいて、掴みたい。触れて、自分のものにしたい。
その欲求のまま、グッと片手を伸ばして――。
「あ、あの、起きてください!!」
「……ん、あ??」
パチンッ
風船がはじけるように、突然目が覚めた。
白い空間から黄色いテントに映る色合いが変わって、わけがわからずぼんやりしていると、ヒョコッ、と横から人の顔が入り込んだ。
「えぇと、起きました?」
「ぶ……ブラウ、くん? あれ、どうしたの」
「えっ……と、あの、その」
顔を出したものの、彼はなぜか居心地悪そうに視線をさまよわせる。
いったい何の用、と疑問が浮かぶと同時に、ハッとして毛布を体へ巻き付けた。
「あっゴメンね!? 目に毒だったね!!」
「え、いえ、すみません……」
例のロリータエプロンは身につけているものの、あまり万人に見せびらかしたいものではない。
もこもこと毛布に包まれた状態で顔を出し、再びブラウへ問いかける。
「えっと、ごめん、眠っちゃってたみたいで。どうかした?」
「その……あの、みんなの目が覚めたん、ですが」
「ああ、よかった! ケガは大丈夫そう?」
「はい、おかげさまで……で、でも、その」
彼は、おずおずと言いにくそうに何度もつっかえつつ、ボソリと言った。
「えっと……その。みんな、さっきの襲撃のことを……覚えていない、みたいなんです」
「……えっ?」
襲撃のことを、覚えていない?
あれだけ痛めつけられていたのに?
サッパリ意味がわからず、おそるおそるブラウへと向き直った。
「……どういうこと?」
「あ、あの……オオカミの魔物に襲われたことも、あの、ムラサキ色の人型の魔物に襲われたことも……すべて、忘れてしまっている、みたいで」
「え……そ、そんなバカな!!」
あれだけ腕を折られ、腹を裂かれ、あちこちに傷を負った、ふつうなら忘れたくても忘れられないほどの出来事を!?
思わず大声を上げてしまったせいで、もうひとりの少年兵、グリューがテントの中へと飛び込んできた。
「おいっ、なんだ、どうした!?」
「あ、グリューくん、ごめんね驚かせて……みんな記憶がないって、ブラウくんから聞いて」
「ああ、そのことか……うん、なんか、忘れちまってるんだ、みんな……オオカミの襲撃のことも、あの変な悪魔みてぇなヤツが来たことも」
と、グリューも言いにくそうに視線を左右にさまよわせた。
(え……まさか、もしかして)
記憶を失った兵士たちの共通点、といえばひとつだ。
あのオオカミに襲われてケガをした後『わたしが治療』したこと。
そのあと、子どもの魔物に再び襲われた後もやっぱり『わたしが治療』している。
「私が治療した、副作用……?」
「わ、わかんねぇけど……でも、アレだけ一瞬で治ってるし……」
言いよどむグリューと、不安そうに私と彼を見比べるブラウの様子から、子どもたち二人もそう考えていることがわかった。
(うそ……そんな弊害があるなんて……!!)
ゲームやアニメ、小説では、たいがい魔力さえ消費すればノーリスクで回復魔法は使えていた。
だからまさか、今回のように『回復させた相手から記憶を消す』なんて副作用があるなんて!!
私の顔色が変わったことに気づいたのか、ブラウが慌てて首を振った。
「で、でも! 治療してもらわなかったら、死んじゃってた人もいたと思います! だから、その……お姉さんは、なにも悪くありません」
「あ……ありがとう、ブラウくん」
必死に声を張り上げる彼の頭を、ポン、と撫でる。
まだ小さな少年だ。
ただでさえ慣れない戦場で気を張っているはずなのに、こっちこそなんだか申し訳ないような気分だった。
「おい、あんた……今、隊長がみんなにいろいろ説明してるんだ。このまま、国に戻ることになると思う。あんたには、おれだって感謝してるんだ。責めたいわけじゃないし……えっと、あんまりヘコむなよ」
と、やや視線をそらしつつ、グリューもボソッと言った。
頬がちょっぴり赤い。自分で言ったセリフに恥ずかしくなったのか、チラチラと視線をこっちに向けているのが子どもらしい。
そんな少しだけ小生意気な態度にクスッと思わず吹き出して、わしゃわしゃと彼の頭も撫でた。
「ぅわわわっ、な、なんだよっ」
「いやぁ、なんていうか……ほんと、イイ子だねぇ、きみたち」
しみじみと、そんな感想が出た。
お前はなんだんだ、怪しい女め。
そんな風に責められたって仕方ないと思うのに、最近の子はこんな風に他人に気をつかえる子たちばかりなのだろうか。
もっと二人の頭を撫でくり回したかったものの、あんまりしつこくすると逆セクハラになりそうなので、グッとこらえて体を離した。
名残惜しく手をギュッとにぎった私を気遣うように、ブラウはおずおずと言った。
「国にもどっても……その、女王様はとってもいい人なので、心配いりません。きっと、悪いことはしないと思います」
「女王様、いい人なんだ? ……うーん、じゃあ、安心かな」
ハダカエプロンを着た不審人物を見て、冷静に対応してくれるような懐の大きい人だといいんだけど。
一抹の不安を抱えつつも、他に行き先のない私は、流されるがままに彼らに同行するしか、道はなかった。




