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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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三五二 イスタル侵攻計画


「ぜひ、聞かせてくれ」


 カクジ・サムラがその内容を尋ねると、


「それは、イスタルへの侵攻です」


 ムサシは堂々と、そしてはっきりとした口調で、その計画を告げたのだった。


 それは新世界橋建設が決まったときから、いやそれ以前から、ムサシの父デスケが夢見たことであり、ムサシがその機会を窺っていたことだった。


 だからこそ、ムサシの目に迷いはなく、その顔は自信に満ちていた。


 しかし、そんな大それたことを突然聞かされた元老たちは当然の如く愕然とした。


「なっ・・」


 マモル・ハシトは目を見開いたまま言葉を失い、


「おお・・・」


 ミドリ・サイトも口を半開きにして唖然とした。


「な、何を言っているのだ。冗談にも程があるぞ」


 カクジ・サムラはそう言って顔を引きつらせる。


 いつもは飄々として動じるのことないケタロ・シナガも、このときばかりは深刻な表情でムサシを見つめるのだった。


 ムサシは落ち着いた態度でイスタル侵攻計画が思いつきではないことを説明した。


「冗談ではありません。これは長く私が温めていた計画です。今回の霊兎族の反乱は、その計画を実行に移す千載一遇のチャンスになりました。そもそもタケルが爬神軍、護衛隊、どちらについたとしても、私は理由を見つけてイスタルへ侵攻するつもりだったのです。そして、タケル率いる遠征軍が爬神族を滅ぼすことを決意し、東ガルウォで勝利したことで、私は確実にイスタルを手に入れることができると確信しました。それで今日、この場で、みなさんに私が温めて来たイスタル侵攻計画についてお話しさせていただくことにしたのです」


 ムサシがそう告げると、


「タケルがリザド・シ・リザドで返り討ちにあったらどうするのだ」


 気難しいミドリ・サイトが怪訝な表情を浮かべ、その懸念を口にするのだった。


 たしかに、タケルが返り討ちにあえば、イスタル侵攻などと言ってはいられないのだ。


 しかし、


「これは私の勘としか言いようがありませんが、ドラゴンは護衛隊が殺してくれるはずです。そうなれば、東ガルウォの戦いで勝利したタケルがリザド・シ・リザドで敗れるわけがありません」


 ムサシはそう言ってその堂々とした態度を変えない。


「なぜ、そう思うのだ」


 マモル・ハシトがその理由を問うと、ムサシはふっと笑う。


「勘に理由も何もありません。ただ、今にして思えば、霊兎族の二人の狂人が爬神様を斬り殺したときに、この世界の風向きが変わったとしか言いようがないのです。あのとき時代の流れが変わり、爬神様の世界は終わりに向かっていたのではないでしょうか。私はそう感じるのです。それが私の勘の根拠といえば、根拠になるのかも知れません」


 ムサシはラドリアの惨劇を持ち出し、それを自らの勘の根拠として示すのだった。


 ムサシのその穏やかな口調と説得力のある眼差しに、元老たちは不思議と納得してしまう。


「なるほど。そう言われてみればそういう気がしないわけでもない。それではお前の勘を信じるとして、なぜ、イスタルに侵攻しなければならないのか、その理由を聞かせてくれないか」


 カクジ・サムラはそう言って話を進めた。


 ムサシは深く息を吸い、ゆっくりと話し始める。


「爬神様が滅びてしまえば世界は混沌とするでしょう。賢烏族の国々の間では覇権争いが起こるに違いありません。数百年前、爬神様がお怒りになるまで、我々賢烏族は常に覇権を争っていました。今表立って大きな争いが起こっていないのは、爬神様の力によって押さえつけられているからです。その爬神様の力がなくなってしまえば、必ずや、賢烏族の国々は再び覇権を争い、領土拡張に動くはずです。そのとき、ガルスコクの野心が牙を()くことでしょう。そうなれば、我がサムイコクがガルスコクの脅威(きょうい)(さら)されることは間違いありません。しかし今のサムイコクの国力では、ガルスコクに対抗することは難しいのです。ガルスコクが我が国との交易をやめ、ミナカイコクやカサコクと通じる街道を閉鎖すれば、我が国はたちまちにして弱体化してしまいます。ガルスコクはそこを狙って攻めてくるはずです。頼みは同盟国であるキノコクですが、残念ながら、キノコクも物資の豊かな国ではありません。我がサムイコク、キノコクの強みは高い技術力にあります。しかし、いかに技術力が高くとも、そもそも物資に乏しければ、短期的には踏ん張れても、長期戦に持ち込まれれば結局は衰退し、滅ぼされてしまうでしょう」


 ムサシは深刻な面持ちで元老たち一人ひとりに語りかけた。


「それは間違いない」


 北地区元老ミドリ・サイトはすぐにムサシに同意した。


 ミドリ・サイトは隣接するクトコクがガルスコクに吸収される経緯を目の当たりにし、ガルスコクの野心に常々脅威を感じていたので、ムサシの言葉がその胸に重く響いたのだった。


「ガルスコクは巧妙だ。まさに油断ならない」


 ガルスコクと隣接するもう一つの地区、東地区元老マモル・ハシトもガルスコクの巧妙さを知っているだけに、ムサシの言葉に深く同意するのだった。


「つまり、ガルスコクに対抗するために、イスタルへ侵攻すると言うのか」


 カクジ・サムラが問いかけると、


「そうです。ガルスコクに対抗するためには、国を大きくし、そして豊かにする必要があるのです。イスタルの豊かな土地を手に入れることができれば、十分ガルスコクに対抗できる国力を得ることができるはずです」


 ムサシはそう力強く訴え、元老たちの顔を見渡した。


 ムサシの目に宿る力に、元老たちは頼もしさを感じた。


 ただ一人、ケタロ・シナガだけは納得せず、


「なるほど。しかし、イスタルの土地を奪うことを考える前に、イスタルと同盟を結び、キノコクを含む三国で同盟関係を築くのも手としてあるのではないか」


 と指摘し、ムサシの計画に不満を示した。


 その指摘は(もっと)もな指摘だった。


 だが、


「我々を毛嫌いしている兎人が我々と同盟を結ぶとは思えませんし、仮に結んだとしても、いつ裏切られるかわかりません。私が考えるのはサムイコクを如何にして守るかです。守るなら、他力を当てにするのではなく、自力で守らなければなりません。そのためにも、我々にはイスタルの土地が必要なのです」


 ムサシはそう言い返してその指摘を一蹴したのだった。


 サムイコクが生き残るためには、イスタルを獲るしかない。


 サムイコクを守ること。


 それが、テドウ家の人間であるムサシが考えるべき唯一のことだった。


「ムサシが正しい」


 カクジ・サムラがムサシに賛意を示すと、他の元老たちもムサシに賛意を示し頷いた。


「それなら、これ以上私から言うことはない」


 ケタロ・シナガはそう言って引き下がるしかなかった。


「我々はお前に一任すると言った。その言葉に二言はない」


 マモル・ハシトは真剣な眼差しでムサシにその意思を伝える。


 ムサシがガルスコクの脅威を訴えたことで、マモル・ハシトはムサシの計画を強く支持する気持ちになっていた。


「ムサシ、お前の好きなようにするがいい」


 同じくガルスコクに脅威を感じているミドリ・サイトも、ムサシの計画に期待した。


「すでに侵攻の準備は進められていると考えて良いか」


 カクジ・サムラが尋ねると、


「はい。タケルが戻ればすぐに侵攻を開始する予定です。その際、イスタルへは我が西地区の兵だけで侵攻します。皆さんの地区においては、万が一に備え、国境の警備をお願いします」


 ムサシは西地区のみでイスタル侵攻を行うときっぱりと伝えた上で、他の元老たちには国境を守ることを依頼した。


 当然のことながら、


「西地区だけの兵でイスタルを制圧できるのか」


 カクジ・サムラは懸念を示し、他の元老たちも怪訝な眼差しをムサシに向けたが、


「イスタルの護衛隊のほとんどの隊士は、リザド・シ・リザドへ向かう遠征隊に駆り出されているはずです。今のイスタルは無防備な状態と言っていいでしょう。なので、西地区のみの兵力で何の問題もありませんし、作戦が失敗することもありません」


 ムサシはそう答えて余裕の笑みを浮かべるのだった。


「さすがだな」


 マモル・ハシトはその答えに感心して唸り、


「楽しみにしてるぞ」


 ミドリ・サイトが期待の言葉をかけると、


「時間をかけずにイスタルを制圧してみせます」


 ムサシはそう応えて胸を張るのだった。


 そのとき、


「いずれ、歴史がそのことを裁くことになるだろう・・・」


 ケタロ・シナガがポツリと呟いた。


 その言葉にムサシの顔色が変わった。


「何が言いたいのですか」


 ムサシはそう言ってケタロ・シナガを睨んだ。


 ケタロ・シナガはムサシの鋭い眼差しに動じることなく、


「イスタルへの侵攻が成功すれば、兎人の我々に対する憎しみは取り返しのつかないものになるだろう。ゆえに、お前の判断が正しいことだったのかどうか、百年後、二百年後、歴史がそれを裁くことになるだろう。そのことは肝に銘じておいた方が良いと思うぞ」


 そう飄々と答え、穏やかな眼差しでムサシを見つめ返す。


 ケタロ・シナガの言葉は間違っていない。


 歴史がムサシの判断を裁くときが来るはずだ。


 ムサシは口からふーっと息を吐いて気持ちを落ち着けると、


「それはわかっています」


 そう言ってケタロ・シナガから顔を背けるのだった。


「まぁ、とにかく、今はタケルの帰還を待とうではないか」


 カクジ・サムラがにこやかに声をかけて場を和ませると、それが散会の合図となった。


 去り際、ムサシはケタロ・シナガに深く頭を下げ、その見識に敬意を表するのだった。


「ほぉ」


 ケタロ・シナガはその真摯な態度に感心し、ムサシに笑みを浮かべて頷いた。


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