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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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三一一 恐れを知らぬ男


「お前は右、お前は左だ」


 サムイコク西地区第十四部隊隊長タケ・フコシは部下の兵士にそう命じると、向かってくる神兵の正面で槍を構えた。


「ギエエエエエ!」


 向かってくる神兵を引きつけ、


「突け!」


 タケ・フコシが声を張り上げると、左右に散った二人の兵士が神兵の脇腹を槍で突き刺した。


「ギイァア!」


 神兵が悲鳴を上げのけぞったその瞬間、タケ・フコシがその鳩尾を突く。


 ブスッ!


「ギィアッ」


 神兵は悲鳴を上げるがすぐには倒れず、


 ブォン!ブォン!ブォン!


 タケ・フコシに向かって激しく剣を振るのだった。


「ちっ」


 タケ・フコシは後ろに跳び、


 ブスッ!ブスッ!


 二人の兵士が同時に神兵の足に槍を突き刺す。


 すると、


「ギアッ!」


 神兵はもう一度悲鳴を上げて地面に倒れ、


「ギィ・・・」


 そのまま動かなくなるのだった。


 神兵一人を倒すのも楽なことではなかった。


「ふぅ」


 タケ・フコシは額の汗を拭うと、すぐさま、


「次行くぞ!」


 二人の部下に向かって叫ぶ。


 三人一組での行動だ。


 そのとき、


「うぎぃあああ!」


 部下の一人が悲鳴を上げた。


 タケ・フコシが声に振り返ると、そこに異様な殺気を放つ黒の爬神が立っていて、部下の頭を鷲掴みにして持ち上げているのだった。


 その爬神こそ、高位爬武官(はぶかん)のガギラ・ド・ガギラだった。


 これまでに何人の遠征軍兵士を殺したというのだろうか、ガギラ・ド・ガギラの体は全身が返り血に染まっていた。


「邪魔だ・・・」


 ガギラ・ド・ガギラは殺気立った目つきででタケ・フコシを睨む。


「た、たすけて・・・」


 頭を鷲掴みにされ、宙ぶらりんに持ち上げられた兵士は恐ろしさのあまり失禁していた。


「ふん」


 ガギラ・ド・ガギラは鼻を鳴らすと、


 ブシャッ!


 兵士の頭を握り潰し、手にぶら下がる肉の塊を投げ捨てた。


「貴様・・・」


 タケ・フコシはゴミを扱うように自分の部下を投げ捨てた黒の爬神を睨みつけ、槍を構える。


「邪魔だと言っているのが聞こえなかったか」


 ガギラ・ド・ガギラはそう凄むと、タケ・フコシに向かって踏み出した。


 ズダンッ!ズダンッ!


「くっ・・・」


 ガギラ・ド・ガギラは素手で向かってくるが、その放つ殺気にタケ・フコシは怯んでしまう。


 タケ・フコシは咄嗟に、生き残っているもう一人の兵士に目で黒の爬神の背後に回るように合図を送った。


 ズダンッ!ズダンッ!


「お前は、邪魔だ」


 ガギラ・ド・ガギラはそう吐き捨て、タケ・フコシを冷たく見下ろす。


 タケ・フコシが黒の爬神の背後に回った兵士に目で微かに頷いて合図を送ると、


 ブスッ!


 ガギラ・ド・ガギラの背中に槍の刃が突き刺さった。


 今だ!


 タケ・フコシは黒の爬神に向かって踏み込み、その鳩尾を狙って槍を突き出そうとする。


 しかし、


「ギエエエエエ!」


 ガギラ・ド・ガギラは振り向き様に剣を抜き、


 バサッ!


「ぎゃっ!」


 瞬時に、背後にいる兵士を真っ二つに斬り捨てた。


 その動きのあまりの速さにタケ・フコシは目を見張って驚き、槍を突き出すことができなかった。


 並みの爬神じゃない・・・


 タケ・フコシは頭が真っ白になり、恐怖で体が硬直してしまう。


「次はお前だ」


 ガギラ・ド・ガギラは冷たく言い放つと、右手に持った剣を高々と振り上げた。


「ち、ちくしょう・・・」


 タケ・フコシは西地区治安部隊隊長として勇敢な死を望んでいた。


 しかし、この恐ろしい爬神を前にして、体が恐怖で固まって動かない。


 その情けなさに、タケ・フコシの目から悔し涙が流れていた。


「死ね!」


 ガギラ・ド・ガギラは剣を振り下ろす。


 ブオン!


「タケ!」


 タケ・フコシの右側から叫び声が聞こえたかと思った次の瞬間、


 ドンッ!


 タケ・フコシは誰かに突き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がっていた。


「えっ?」


 気づいたら、タケ・フコシは地面にうつ伏せになっていて、何が起こったか理解できないまま顔を上げて状況を確認すると、タケ・フコシを突き飛ばした男が黒の爬神に向かって堂々と槍を構えているのだった。


 その見覚えのある後ろ姿。


「タケル様!」


 タケ・フコシがそこに見たのは、恐れを知らないタケルの姿だった。


「タケ、ここは任せろ!お前はこの場から離れて戦え!」


 タケルは黒の爬神から目を逸らさず声をかけた。


「それはできません。一緒に戦います!」


 タケ・フコシがそう言いながら立ち上がると、


「いいからここを離れろ!命令だ!」


 タケルは反論を許さない厳しい口調でそう命じ、タケ・フコシは一瞬躊躇したものの、自分が一緒にいてもタケルの足手まといになるだけだということを理解し、


「わかりました。ご武運を!」


 そう言ってその場から離れたのだった。


 ガギラ・ド・ガギラは目の前に現れた男に驚き、そして喜んだ。


「タケル・テドウ、貴様の方から来てくれるとはな」


 ガギラ・ド・ガギラはそう呟き、微かな笑みを口元に浮かべる。


 そして、激しい怒りを押し殺すようにタケルを睨みつけ、左手の甲でヨダレを拭うのだった。


 目の前にいる黒の爬神から漂う恐ろしいまでの殺気。


 並みの爬神ではないな・・・


 タケルは唾をゴクリと飲み込み、槍を持ち直した。


 一瞬でも油断したら、そこで終わりだ・・・


 今までの神兵とはまったく違う威圧感に、タケルは緊張した。


「腹減った」


 ガギラ・ド・ガギラはそう言うと、剣を振り上げタケルに襲いかかった。


「ギエエエエエ!」


 ブォンッ!


 ガギラ・ド・ガギラの繰り出した太刀の速さに、


 ガキーンッ!


 タケルはそれを跳び退いて躱すことができず、槍の穂をぶつけて身を守るしかなかった。


「くっ!」


 タケルの体は飛ばされ、


 ドサッ!


 地面に叩きつけられる。


「くそっ」


 左肩から腰にかけて痛みが走り、タケルは顔をしかめる。


 他の爬神とは動きが全然違う・・・


 タケルは痛みを(こら)えてすぐに立ち上がり、槍を構えた。


 ガギラ・ド・ガギラは間髪入れずにタケルとの間を詰め、剣を振り下ろす。


 ブオン!


 ガギラ・ド・ガギラの動きの俊敏さにタケルは反応が一瞬遅れ、うまく躱すことができない。


 ガキンッ!


 タケルは踏ん張ろうとするが、踏ん張れるわけもなく、


「くっ!」


 後ろに飛ばされてしまう。


「ギイェエエエエ!」


 ガギラ・ド・ガギラは雄叫びを上げながら太刀を繰り出し、攻撃の手を緩めない。


 ブオン!ブオン!ブオン!


 ガギラ・ド・ガギラから次々に繰り出される太刀を、


 ガキッ!ガキッ!ガキッ!


 タケルは右に左に後ろに跳びながら必死に受け流した。


 ガギラ・ド・ガギラの怒りをぶつけるような攻撃に、タケルは為す術がなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 タケルは体力を奪われ肩で息をする。


 ガギラ・ド・ガギラは賊軍の首謀者であるタケル・テドウを値踏みするかのように見つめ、


「タケル・テドウといったな」


 と言葉をかけた。


「ああ」


 タケルはぶっきらぼうに返事を返す。


 タケルの力を失わない眼差しに、


「なかなかやるじゃないか」


 ガギラ・ド・ガギラはそう言って満足げにニヤリと笑い、


「お前こそ」


 タケルはそう返して片頬に笑みを浮かべる。


 たしかに、もし、タケルじゃなかったら、黒の爬神であるガギラ・ド・ガギラの最初の一撃で一刀両断にされていただろう。


 ガギラ・ド・ガギラはまさか賢烏にこれだけの者がいるとは思っていなかった。


 恐れを知らぬその態度。さすが、賊軍の大将なだけのことはある。


 ガギラ・ド・ガギラはそう思って感心したのである。 


 実際、目の前のタケル・テドウは自分に対して一切恐怖を覚えることがなく、それどころか笑みさえ浮かべているのだった。


 そのタケルの余裕の笑みに、ガギラ・ド・ガギラは何かを感じた。


 こいつ・・・


 ガギラ・ド・ガギラの目にはそのタケルの姿が、服従の儀式で見たあの茜色のバンダナを巻いた忌々しい連中に重なって見えたのだった。


 服従の儀式で味わわされたあの屈辱が蘇ってくる。


 ガギラ・ド・ガギラの目がみるみるうちに冷たく無表情になり、タケルに対する殺気が全身から放たれる。


「遊びはここまでだ。次の一撃で終わりだ」


 ガギラ・ド・ガギラはドスの利いた声で言い放つと、右手に握った剣を振り上げた。


「どうだかな」


 タケルがそう応える前に、


「ギエエエエエ!」


 ガギラ・ド・ガギラはタケルに体をぶつけるように襲いかかり、剣を振り下ろした。


 ブオオン!


 凄まじい一撃がタケルを襲う。


 タケルは後ろへ跳び退きながら、それを槍の穂で受け止めた。


 ガギーンッ!


 その破壊力にタケルは耐えられない。


「ぐぅあ!」


 タケルは衝撃で飛ばされ、


 ダンッ!


 頭から地面に叩きつけられた。


「く、そっ・・」


 タケルは意識が朦朧(もうろう)としながらも、気力でなんとか立ち上がろうとする。


 手に握っていたはずの槍は、その手から失われていた。


 よろめくタケルの兜の隙間から血が流れ出て、その顔を赤く染めた。


「まだやる気か」


 ガギラ・ド・ガギラはそう言って憐れみの眼差しでタケルを見下ろした。


「命あるかぎり戦うさ」


 タケルは力を失わない眼差しで黒の爬神を睨みつけ、腰に下げる剣を抜いた。


「そんなもので私が倒せるとでも思っているのか」


 ガギラ・ド・ガギラはタケルをせせら笑う。


 たしかに、腰に下げた剣は蛮兵(ばんぺい)と戦うために装備していたもので、それで爬神が倒せるとはタケルも思っていなかった。しかし、武器がそれしかないなら、それで戦うしかない、ということだ。


「やってみなければわからないだろ」


 タケルはそう吐き捨て、ガギラ・ド・ガギラを睨みつける。


「哀れな・・・」


 ガギラ・ド・ガギラは大きく息を吐くと、(さげす)むような眼差しでタケルを見下ろした。


 こいつはどんな味がするんだろうな・・・


 ガギラ・ド・ガギラの口からヨダレが垂れる。


「腹減った・・・」


 ガギラ・ド・ガギラはボソッと呟くと、目の前の獲物を鋭い眼光で睨み、その体からメラメラと殺気を立ち上らせた。


 タケルは黒の爬神から放たれる殺気に怯まないように、


「腹減ってるなら、共食いでもしてろよ」


 そう言って自らに気合いを入れ、両手でしっかりと剣の柄を握り締めるのだった。


 しかし、


 タケルは地面に叩きつけられ、頭を打ったことで足元がふらついていた。


「ちくしょう・・・」


 タケルの意識はまだボンヤリとしていた。


 まだだ・・・まだ終わりじゃない・・・


 タケルは頭を振って意識をはっきりさせようとする。


「これで終わりだ!」


 ガギラ・ド・ガギラはそう叫びながら、タケルに向かって最後の一撃を振り下ろした。


「ギエエエエエ!」


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