一九八 別れの言葉
カーン、カーン、カーン・・・
精鋭養成所の外から教会の鐘の音が聞こえてくると、広場から聞こえていた喧騒が、一瞬静まったような気がした。
カーン、カーン、カーン・・・
教会の鐘は鳴り続ける。
すると、
ドドド・・・ドドド・・・
地響きと共に、
「わぁぁああ!わぁあああ!」
兵士たちの喊声が聞こえて来て、それから、
「ギィアウヲオオオーーー、ギィアウヲオオオーーー!」
得体の知れない咆哮が聞こえて来た。
ドドド・・・ドドド・・・
「わぁぁああ!わぁあああ!」
広場から聞こえてくる喊声が激しさを増していく。
ドドド・・・ドドド・・・
広場から伝わってくる地響きが、精鋭養成所施設内の建物を細かく振動させた。
そんな状況の中、
「マーヤ・・・うっうう・・・」
トマスのすすり泣く声が、薄暗い室内に冷たく響いていた。
トマスは神殿にいて、祭壇の前で床にぺたっと座り込んで泣いていた。
突然、
「トマスよ」
重厚な声が室内に響くと、トマスは泣くのをやめて顔を上げた。
トマスの目の前に、いつの間にかコンクリが立っていて、トマスを優しく見下ろしていた。
「コンクリ様・・・」
トマスは気配もなく現れたコンクリに驚くこともなく、ただ悲しみの目でコンクリを見つめるのだった。
コンクリは屈んで片膝立ちになると、トマスの頬に手を当て、その親指でトマスの涙を拭った。
トマスを見つめるコンクリの眼差しは深く、そして温かい。
「トマスよ、悲しいか」
コンクリは穏やかに尋ねる。
「うっ、ううっ・・・」
トマスは悲しみに顔を歪めると、何も答えずその目から涙を流した。
コンクリはそれが当然だという風に優しく頷くと、トマスに語りかけた。
「生きとし生けるものはすべて、生まれては死にゆくものだ。そしてこの世界のすべては、現れては消えてゆくものにすぎない・・・この世界は、儚い夢のようなものなのだ。今お前が見ている夢の中で、お前は愛する者を失って悲しんでいる。しかし、夢から目覚め、それが夢だとわかれば、その悲しみも消えてなくなるだろう」
コンクリがそこまで言うと、
「夢?」
トマスは首を傾げ、コンクリを見つめた。
コンクリはトマスに微笑み、言葉を続ける。
「お前はお前の見る夢の中で、様々な経験をし、様々な感情を味わうだろう。それが、人生というものだ。そしてその生と死の中で見る夢は、いずれ必ず、醒めるということを憶えておくがいい」
コンクリはそう穏やかな口調で語り、静かにトマスの反応を窺うが、
「・・・」
トマスはコンクリの言っている言葉の意味が理解できず、キョトンとしているだけだった。
コンクリはふっと柔らかな笑みを浮かべると、
「この戦いの行く末を、霊兎族の未来を、私の代わりに見届けるがいい」
そう言って、トマスの額に手を当てた。
コンクリのその手の感触は優しく、そして温かかった。
「私の仕事は終わった・・・」
コンクリはそう呟くと、トマスに向かって穏やかに微笑み、すーっと神殿の静謐さの中に消えていった。
「コンクリ様?」
トマスは驚いて目を見張り、慌てて薄暗い室内を見回すが、どこにもコンクリの姿はなかった。
部屋の中は、ひんやりと冷たく、ただしんとしているだけだった。