一九七 鐘の音
「どけぇええ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは雄叫びを上げ、突然現れた五人の霊兎を追い払うように剣を振り回した。
ブォン!ブォン!ブォン!
五人は連携し、ある者はラウルを守り、ある者はゴリキ・ド・ゴリキの注意をラウルから逸らし、ある者は攻撃を仕掛けていった。
マイスはゴリキ・ド・ゴリキからラウルを守るようにして剣を構え、
「ラウルを運べ」
そうラルスに指示を出した。
「はい」
ラルスは意識を失って動かないラウルを急いで背負う。
この赤の爬神からラウルを引き離さなければ・・・
マイスはゴリキ・ド・ゴリキを睨み、剣を握る手に力を込める。
「私が相手だ!」
ユラジがそう叫んでゴリキ・ド・ゴリキに向かって跳び上がると、イオンとアミラがゴリキ・ド・ゴリキの両脇に散った。
「うおおお!」
ユラジは雄叫びを上げ、ゴリキ・ド・ゴリキの眉間を狙って剣を振り下ろす。
「ギイエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキはイオンとアミラの動きに注意しながら、ユラジに向かって激しく剣を振り上げた。
ガキーンッ!
「ぐぁっ」
ゴリキ・ド・ゴリキの爆発的な力にユラジは弾き飛ばされ、間髪入れずイオンとアミラがゴリキ・ド・ゴリキに跳びかかる。
「うぉおおお!」
アミラはゴリキ・ド・ゴリキの背後から後頭部を狙って剣を振り下ろす。
イオンは鳩尾を狙ってその懐に飛び込んだ。
「小癪な!」
ゴリキ・ド・ゴリキは鳩尾を意識しながら、上体をひねってアミラを掴みにかかる。
そのとき、ゴリキ・ド・ゴリキの目に銀色の霊兎を背負って逃げようとする白髪の霊兎の姿が飛び込んできた。
「逃がすか!」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう怒鳴りながら、
グヮシッ!
頭上から剣を振り下ろすアミラの足を左手で鷲掴みにすると、それと同時に、鳩尾を狙って剣を突いてくるイオンを右手に握る剣の柄頭で思いっきり払い除けた。
ボゴォッ!
ゴリキ・ド・ゴリキが力一杯ぶつけた剣の柄頭はイオンの顔面にめり込み、
「ぐぉ・・・」
イオンは弾き飛ばされて転がり、動かなくなる。
「ギィエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキはすぐさま、
ブォン!
左手で鷲掴みにしたアミラをラルスの背中目がけ思いっきり投げつけた。
「ぐわっ」
アミラの体は宙を舞い、
ドンッ!
ラルスにぶつかると、
「わっ!」
ラルスはラウルを背負いながら前につんのめるようにして転倒した。
アミラはすぐに立ち上がり、
「大丈夫か」
ラウルを背中に乗せたまま地面に倒れるラルスに声をかける。
「大丈夫です」
ラルスはしっかりとした口調でそう応えて立ち上がり、
「護衛隊に告ぐ!ここにラウルがいる!なんとしてもラウルを守り通せ!」
アミラは周りで戦う隊士たちに向かってそう叫んだ。
「任せたぞ」
アミラはそう言い残し、ゴリキ・ド・ゴリキに向かっていった。
「ギイエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒声を上げながら、ラウルに向かって駆け出していた。
ズダンッ!ズダンッ!ズダンッ!
「私が相手だ!」
ゴリキ・ド・ゴリキの前にマイスが立ちはだかる。
「私もいるぞ!」
マイスの右にユラジが立ち、
「私もだ!」
アミラはそう叫んでマイスの左で剣を構えた。
三人の思いはただ一つ。
ここでラウルを死なせるわけにはいかない・・・
それだけだった。
しかし、目の前にいる爬神は並みの爬神ではない。
こいつは化け物だ・・・
ユラジはそう思った。
この爬神を倒すことは不可能だ・・・
アミラはゴリキ・ド・ゴリキの全身から放たれる殺気に恐怖を覚える。
我々にできることは時間稼ぎだけだ・・・
マイスはそう思い、
「ラルス、急げ!」
とラルスに向かって叫ぶ。
ラルスはマイスのその声を背中で聞くと、ラウルをポンっと浮かすようにして背負い直し、歯を食いしばって走った。
そのラルスの周りを四人の隊士が守っていた。
「邪魔だ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒声を上げ、三人に襲いかかる。
「我々の死に様をみせるときだ」
マイスがそう言うと、
「そうだな」
ユラジは片頬に笑みを浮かべ、
「ああ、みせてやろう」
アミラは力強く応えるのだった。
三人は同時にゴリキ・ド・ゴリキに跳びかかる。
「おおお!」
マイスは真っ直ぐにゴリキ・ド・ゴリキに向かって跳び上がり、
「うぉおお!」
ユラジは右から、
「しゃああ!」
アミラは左から攻撃を仕掛けた。
三人はその一太刀一太刀に気合いを入れる。
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
マイス、ユラジ、アミラの三人はゴリキ・ド・ゴリキに攻撃の隙を与えまいと、次々と剣を繰り出し、それをゴリキ・ド・ゴリキは巨体に似合わない素速い動きで払い除けていく。
ガキッ!ガキッ!ガキッ!ガキッ!ガキッ!ガキッ!
剣と剣がぶつかりあう音が響く。
「邪魔だ!」
遠ざかっていくラウルの後ろ姿にゴリキ・ド・ゴリキは焦り、邪魔をする三人の霊兎に苛立ちを募らせる。
「ギイエエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒りを爆発させると反撃に転じ、全力の太刀を三人に浴びせた。
ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!
ゴリキ・ド・ゴリキの太刀を三人は躱し、そして受け流すが、その勢いを止めることはできなかった。
「死ねぇえええ!」
ゴリキ・ド・ゴリキが凄まじい一撃をアミラに見舞うと、アミラはそれを受け流すことができず、
ガッキーンッ!
まともにその太刀を受け、
「ぐわっ!」
思いっきり弾き飛ばされ、頭から地面に叩きつけられた。
グギッ!
アミラは意識を失ってぐったりとし、そこへゴリキ・ド・ゴリキが襲いかかった。
「ギイエエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは仰向けになって動かないアミラの腹に剣を突き刺した。
グサッ!
「アミラ!」
マイスの叫び声が虚しく響く。
「ぐぼっ」
アミラは口から血を吐き、そして、絶命した。
「貴様!」
マイスは剣を構えゴリキ・ド・ゴリキを睨みつける。
「マイス、ここは俺に任せろ」
ユラジがマイスの横に並んでそう声をかけると、マイスは首を横に振り、
「いや、ここは俺に任せろ。ユラジ、お前はラウルを守れ」
と応えるのだった。
「お前、フラフラじゃないか。お前がラウルのところに行け」
ユラジはそう言い返し、ゴリキ・ド・ゴリキに向かって一歩踏み出した。
「こんなところで張り合わなくてもいいだろう」
マイスは呆れ顔で言う。
「お前こそ、私と張り合ってる場合ではない」
ユラジはそう返しながら、ゴリキ・ド・ゴリキをじっと睨みつけ、構える剣に力を込める。
「相変わらずだな、お前は」
マイスは思わず笑ってしまう。
「お前こそ」
ユラジもそう言って笑う。
二人は子供の頃からそうやって張り合ってきたのだった。
この期に及んでも変わらないやり取りに、二人は互いに呆れ、互いにそれを嬉しく思う。
「まとめて殺してやる!」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒鳴り、剣の柄を両手でぎりぎりと力を込めて握る。
「ギィエオオ!」
ゴリキ・ド・ゴリキが雄叫びを上げると、その全身から怒りの炎がメラメラと立ち上った。
マイスとユラジに緊張が走る。
二人は剣を構え、意識を集中させた。
集中させたところで、この化け物の太刀を躱せるとは思えない。
ゴクリ・・・
二人は息を呑んでゴリキ・ド・ゴリキの一撃に備えた。
そして、
「ギイエエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキが二人に襲いかかろうと剣を振り上げた、そのときだった。
カーン、カーン、カーン・・・
広場中に教会の鐘の音が鳴り響いた。
その鐘の音に、ゴリキ・ド・ゴリキの動きが止まる。
ゴリキ・ド・ゴリキは我に返ってはっとし、
「何事だ!」
と叫んで広場全体を見渡した。
ゴリキ・ド・ゴリキは最高爬武官としての自らの立場を思い出し、広場全体の状況を確かめる。
すると、
「わぁぁああ!」
「わぁあああ!」
突然どこからか大きな喊声が聞こえてきたと思ったら、
ドドド・・・ドドド・・・
地響きと共に、広場の東と西から大勢の護衛隊隊士が雪崩れ込んで来たのだった。
いつの間にか広場を囲む建物の屋根には茜色の旗がいくつも立てられ、風にたなびいていた。
その光景に、ゴリキ・ゴ・ゴリキは広場が護衛隊に囲まれていることを知る。
カーン、カーン、カーン・・・
それは、第二陣突入を命じる鐘の音だった。
ゴリキ・ド・ゴリキの目に映る広場の状況は、思っていたものと違っていた。
「どういうことだ・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキは広場で戦っている神兵の数の少なさに驚いた。
霊兎め・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは苦虫を噛み潰したような苦々しい顔をする。
広場で戦っている神兵と蛮兵の数では、突入してきた勢いのある護衛隊に対抗できないことは明らかだった。
このまま戦えば全滅させられてしまう・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは苦渋の決断をしなければならなかった。
「謀ったな!」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒声を上げると、
「ギィアウヲオオオーーー、ギィアウヲオオオーーー!」
広場全体に響くように、空に向かって咆哮した。
そして、
「撤退だ!」
と叫んだ。
ゴリキ・ド・ゴリキの咆哮に応えるように、
「ギィアウヲオオオーーー、ギィアウヲオオオーーー!」
広場の別の場所からも咆哮が聞こえてくると、
ドドド・・・ドドド・・・
神兵たちは一斉に広場南口に向かって撤退を始めたのだった。
「お前たちは取り返しのつかないことをした」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう捨て台詞を吐くと、背を向け広場南口へと去っていった。
「たすかった・・・」
ユラジがそう呟いて安堵の表情を浮かべると、
「まだ戦闘は終わってないぞ」
マイスはそう言って口を一文字に引き結んだ。
「そうだな」
ユラジはそう応えてニヤリと笑うと、
「どっちが多く倒せるか勝負だ」
そう言うが早いか撤退する神兵に向かって駆け出していた。
「相変わらずだな、ユラジは」
マイスは呆れ顔で肩をすくめ、ユラジの後を追って逃げる神兵に向かっていくのだった。