一九五 絶体絶命
「ふぅーーーーー」
ラウルは長い息を吐く。
ズダンッ!ズダンッ!
ゴリキ・ド・ゴリキが迫ってくる。
ラウルは呼吸を乱さない。
ズダンッ!ズダンッ!
二人の間が縮まったそのとき、
「ギエエエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキはラウル目がけて渾身の一撃を振り下ろした。
ブォォン!
ラウルはすっと体を右に移動させ、
ガァンッ!
ゴリキ・ド・ゴリキの振り下ろした剣は地面を打つ。
今しかない・・・
ラウルは気力を振り絞って跳び上がると、
「食らえええ!」
ゴリキ・ド・ゴリキの眉間に向かって剣を振り下ろした。
「食らうか!」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう叫び、剣を振り下ろした体勢からラウルに向かって思いっきり剣を振り上げた。
ガッギーンッ!
剣と剣が激しくぶつかり、ゴリキ・ド・ゴリキは仰け反って後ろに倒れ、ラウルは横に飛ばされた。
ズダァンッ!
ゴリキ・ド・ゴリキは仰向けに倒れ、一瞬頭が真っ白になるが、恐怖の感覚に突き動かされて直ぐに立ち上がると、銀色の霊兎を探した。
ザザーッ!
ラウルは地面を滑るように着地すると、急いでゴリキ・ド・ゴリキの背後に回り込み、その首の付け根を目がけて跳び上がった。
「うおおお!」
ラウルの剣がゴリキ・ド・ゴリキの急所を捉える。
「ギエエエ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは背後に感じる激しい殺気に向かって、無我夢中で柄頭をぶつけるように剣を振り抜いた。
ドゴッ!
剣の柄頭はラウルの右脇腹を捉え、
「ぐあっ」
ラウルは弾き飛ばされた。
ドサッ!
ラウルは背中から地面に叩きつけられ、その場にうずくまる。
「うう・・」
強烈に脇腹を打たれたうえに、背中を強く地面に打ったため、ラウルはその衝撃と痛みで息ができなかった。
息が・・・
ラウルは必死に呼吸のタイミングを探す。
「手こずらせやがって・・」
ゴリキ・ド・ゴリキはゆっくりとラウルの前に立った。
「ぶはぁ!」
ラウルは呼吸を取り戻し大きく息を吸うと、剣を地面に突き立て、それを支えに起き上がろうとするが、疲れと痛みでふらふらとして、前につんのめって倒れてしまう。
「お前を簡単に殺すのはもったいない」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう言って薄ら笑いを浮かべると、
ズダンッ!
ラウルの背中を踏みつけた。
「うぁああああ!」
ラウルは悲鳴を上げ、ぐったりとして動かなくなる。
シール・・・
薄れゆく意識の中で、ラウルの目に浮かぶのはシールの温かな眼差しだった。
「シール・・・」
ラウルはそう呟いて目頭を熱くする。
俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない・・・
ラウルはぐっと腹に力を入れ、頭を振り、意識をはっきりとさせる。
「シールを・・・ドラゴンの餌にするわけにはいかないんだ・・・」
ラウルはそう声を絞り出しながら、剣の柄をぎゅっと握った。
「何をボソボソ言っている!」
ゴリキ・ド・ゴリキは踏みつけにしたラウルを、
ズドンッ!
今度は思いっきり蹴り上げた。
「うぐぁっ」
横っ腹を蹴り上げられ、ラウルは宙を舞う。
ドサッ!
ゴロゴロ・・・
ラウルは地面に叩きつけられて転がると、
「こんなところで死ねるか・・・」
そう言いながら、気力を振り絞りふらふらと立ち上がる。
ラウルを支えているのは、シールへの想いだけだった。
そのラウルの姿を見て、ゴリキ・ド・ゴリキはニタリと笑う。
「狂人の子よ、お前も父親と同じようにその首を落としてやろう」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう言うと、ラウルの首を目がけて剣を振った。
ブォン!
ラウルは必死に後ろに跳び、ゴリキ・ド・ゴリキの太刀を躱すが、
ヒュッ!
かすかにその刃先がラウルの胸を掠めた。
「くっ」
ラウルの服が裂け、胸から血が流れ出す。
さらにラウルは着地の際、足を滑らせて仰向けに倒れ、
カシャンッ!
その手から剣を落としてしまうのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ラウルは大の字になって空を見上げていた。
空は青く清々しく見える。
シール・・・
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
諦めてたまるか・・・
ラウルは歯を食いしばると、四つん這いになって剣を拾いに行くが、体は重く、その動きは鈍い。
「終わりだ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは一歩踏みだし、ラウルに向かって剣を振り上げた。
ラウルはボンヤリとゴリキ・ド・ゴリキを見上げる。
「死ね!」
ゴリキ・ド・ゴリキは剣を振り下ろす。
終わりか・・・
ラウルの心は不思議な静寂に包まれていた。
ゴリキ・ド・ゴリキの動きがスローモーションのようにゆっくりと見える。
そのとき、
「ぬぉおおおおお!」
雄叫びが聞こえ、
ズドォーンッ!
ゴリキ・ド・ゴリキは何者かに猛烈な体当りを食らわされて体がぐらつき、
ブォン!
その太刀は空を斬るのだった。
「なっ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは転倒しそうになるのを踏ん張ってこらえ、地面に手をついて片膝立ちになる。
ゴリキ・ド・ゴリキは何が起こったのかわからなかった。
何だ今のは・・・
ゴリキ・ド・ゴリキが顔を上げると、そこに黒緑色の霊兎が立っていた。