表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラビッツ  作者: 無傷な鏡
194/367

一九三 三人一緒なら大丈夫


「今はわからなくても、いつかきっとわかるわ」


 クミコはそれだけ言って微笑んだ。


「それよりさ、タケル兄ちゃんとアジ兄ちゃんとサスケ兄ちゃんは何をしにセントラルに向かったの?」


 ヘイタは西地区治安部隊の三分の一が、セントラルへ向かった本当の理由を知らなかった。


 ムサシやタケルからはサムイコク全体での訓練だと聞かされていたが、ヘイタはそれを信じていなかった。


 クミコはその理由を伝えようかどうか迷う。


 クミコは考え、そして、口を開いた。


「奉仕者たちが爬神様に食べられてるって話あったでしょ」


 クミコはそんな風に話を切り出した。


「うん。あの逃亡者がどうとかとかっていう話のときに聞いた」


 ヘイタはそう答え、答えながらピンと来た。


「それと関係があるってこと?」


 ヘイタは尋ね、クミコが勘の良いヘイタに、


「そうよ」


 と応えて微笑むと、


「まさか、奉仕者を救うためにリザド・シ・リザドに行くわけじゃないよね」


 ヘイタは冗談っぽくそう言って、クミコを悪戯っぽく見るのだった。


「ヘイタ、さすがね。まだどうなるかわからないけど、お兄様たちはそのつもりよ」


 クミコはヘイタに感心した。


 でも、ヘイタはあくまで冗談のつもりだったので、


「えーっ!」


 目が飛び出るほど驚いた。


 奉仕者を救いに行くってことは、爬神様とケンカをするということにならないか。


「リザド・シ・リザドに行ったら、爬神様とケンカにならない?」


 ヘイタが恐る恐る尋ねると、クミコは少し考える風にしてから、


「そうね。そのときはケンカになるかも知れないわね」


 と、落ち着いた口調で答えた。


 爬神様とケンカになるかも知れないと聞いて、


「それじゃ、兎人と一緒じゃないか!」


 ヘイタは声を荒げる。


 そんなヘイタに、


「そうね」


 クミコはそう相槌を打って穏やかに頷き、


「爬神様に滅ぼされちゃうよ!」


 ヘイタが(おび)えた目をしても、


「その心配はないわ」


 そう言って動じなかった。


 そのクミコの態度にヘイタは首を傾げる。


「どうして?」


 ヘイタがその理由を尋ねると、


「お兄様が奉仕者を救い出したいと思っているのは間違いないわ。でも本当にそうするかは、爬神様と霊兎さんたちとのケンカ次第なの。霊兎さんたちが勝つと思ったら、そのときは霊兎さんたちと一緒に爬神様と戦って、奉仕者たちを救い出すことになると思うけど、そうじゃなかったら諦めるはずよ。お兄様が私たちを危険な目に合わせることはないわ」


 クミコはそう答えてヘイタの不安を払拭した。


「それなら安心だね」


 ヘイタは胸を撫で下ろし、


「そう、何も心配いらないわ」


 クミコは笑顔で相槌を打つ。


 しかし、クミコにはわかっていた。


 タケルは父ムサシには状況を見て爬神様につくか霊兎族につくか判断すると伝えてはいるが、タケルは間違いなく最初っから霊兎族につくつもりだということを。霊兎族が不利ならなおさら霊兎族と共に戦う想いを強くするということを。


 だからこそ、クミコは心配だった。


 クミコはその不安な胸の内をヘイタにはみせない。


「無理に奉仕者を救ってサムイコクが滅ぼされたら意味ないもんね」


 ヘイタはそう言って一人頷く。


 そう言うヘイタをクミコは複雑な思いで見つめる。


「ヘイタは奉仕者たちが爬神様に食べられるのは可哀想だって、言ってなかったっけ?」


 クミコが尋ねると、


「もちろん可哀想だと思うけど、国が滅びるくらいなら、奉仕者たちが食べられるのは仕方ないよね」


 ヘイタはあっさりとそう答えた。


 ヘイタのその考え方は元老家の人間として至極真っ当で正しい考え方だとクミコは思う。


「そっかぁ」


 クミコがため息交じりに相槌を打つと、


「お姉ちゃんはそう思わないの?」


 ヘイタは首を傾げるのだった。


「そうね、ヘイタの言ってることは正しいと思うわ」


 クミコがそう答えると、


「へへへ」


 ヘイタは嬉しそうに笑う。


 ヘイタの考えはムサシやトノジの考えと同じで、セジも同じ様なことを言っていた。


 国を治める立場の人間として、それは正しい考えなのだ。


 だからこそ、クミコは思う。


 タケル、アジ、サスケ、この三人は特別な存在なのだと。


 だからこそ、クミコは不安に襲われるのだ。


 タケル、アジ、サスケの三人は、たとえ命を捨てることになったとしても、自分の正義を貫こうとするんじゃないか。


 クミコは祈る。


 三人が無事帰ってきますように・・・


 そしてアジを想い、切なさで胸が苦しくなる。


 もちろん、クミコはアジが無事に帰ってくることを信じて疑わない。


 だって、アジは約束したのだから。


 しかし、


—絶対に生きて帰ってくるから。


 優しく微笑むアジのその言葉が、なぜだがクミコを不安にさせるのだった。


「お姉ちゃん」


 ヘイタの呼ぶ声にクミコは我に返る。


「なに?」


 クミコが視線を向けると、


「セジ兄ちゃんはなんで一緒に行かなかったんだろうね」


 いつも一緒にいる四人なのに、セジだけがウオチに残ったことを、ヘイタは不思議に思った。


「セジはトノジおじさんのお手伝いをしないといけないから」


 クミコはそう応えながら、


 本当ならアジが残るはずだったのに・・・


 と、ちょっぴり思ってしまう。


 しかし、タケルと共にリザド・シ・リザドへ向かうことを決めたのはアジ自身だ。


 だからセジを悪く思うことは間違っている。


 それがわかっているからこそ、


 セジがアジを押しのけて遠征に参加してくれてたら・・・


 とも思ってしまう。


 そして、クミコはそう思ってしまう自分が嫌になるのだった。


「セジ兄ちゃんはトノジおじさんのお気に入りだもんね」


 ヘイタはそう言って笑う。


「あら、どうしてそう思うの?」


 クミコが首を傾げて聞き返すと、


「だって、話すときのおじさんの顔が全然違うんだもん。アジ兄ちゃんと話すときはいつも怒ってるように見えるんだ。でも、セジ兄ちゃんと話すときは機嫌良さそうにしてるよ」


 ヘイタはその場面を思い出すようにして答えた。


「それはヘイタの気のせいでしょ」


 クミコは笑って相手にしない。


 たとえそうだとしても、家を継ぐアジと家を出るセジとではトノジおじさんの態度が違っていたとしてもおかしくはないよね。家を継ぐ人間に厳しく当たるのは当然だろうし・・・


 クミコはそんな風に考える。


「気のせいかなぁ」


 ヘイタは納得できない顔でそう呟き、


「気のせいよ」


 クミコはそう言って笑う。


 さわさわ・・・


 風が二人を優しく撫でていく。


 ヘイタは両手を突き上げて伸びをすると、


「まぁ、でも、みんな無事に帰ってくるといいね」


 そう言って「ふぅー」と大きく息を吐く。


「みんな元気に帰ってくるわ」


 クミコは笑顔で応え、


「そうだね、三人一緒なら大丈夫だね」


 ヘイタが明るくそう返すと、クミコの気持ちも明るくなるのだった。


 三人一緒なら大丈夫・・・


 たしかにそうだと思った。


「うん。三人一緒なら大丈夫」


 クミコは自分に言い聞かせるようにその言葉を繰り返し、微笑むのだった。


 晴れた空には雲が浮かんでいて、風に乗ってのんびりと流れていく。


 遠くに見えるゴーゴイ山脈の向こう側で、今、激しい戦闘が行われているとは想像もできないことだった。


 目の前のイスタルの光景も、いくつか煙が立ち上って見えるだけで、そこで戦闘が起こっているとは思えないくらい穏やかに見える。


 世界は、とても静かだった。


 私は夢を見ているのかしら・・・


 クミコはふとそんなことを思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ